22 代役の二人
「そもそも俺の監視対象が……こうも自ら近付いて来るなんて、過去に一例も無いぞ」
「え?」
そうだった、暴君悪役令嬢とはこのセルリアーナである。
王家を散々困らせた挙句、婚約者に近付く害虫は悉く徹底的にしばき上げて、捻り潰していたやばい女だった。
「近い方が観察し易いでしょう?」
王家が危惧していたのは、暴君令嬢である第二王子の婚約者だ。常に纏わりついていたから、ヒロインだと勘違いしていた。
王命で渋々、こんな貴族令嬢や生徒を引っ掻き回すのもカリュプスは気苦労しているであろう。
カリュプスと時間共有を出来る、即ち同じ空気を吸える待遇はこの世の何処を探しても監視対象で無ければ、存在しないだろう。
ましてや生存して且つ合法的ならば、この方法しか手段は無い。
(合法的にカリュプス様と時間共有出来るのは監視対象者の醍醐味よ、て言うか強み? まあどちらでも私には美味しい立場かしら)
実際は王家の尊厳や粗暴さが露呈される要素を集めるためである。
それが、ストーキングしなくなって、更には監視対象に悉く見破られる(好きすぎて行動パターンを予測出来るチートスキル)ので、混乱したらしい。
「聞いていた人物像と、この数ヶ月で大いにかけ離れていたな」
「あー……もうやめたのです、全部。わたくしに振り向いてくださらぬ人を追い掛けるのは、もう疲れました」
(だって、あんな自分の立場すっとぼけた浮気男追っ掛け回すよりも有意義な推し活で人生捧げたいじゃない)
「あんなに御熱心だったのに?」
「ですから、あの二人の恋路をハンカチ噛み締めて見守ることに」
(まあ熱上げてたのは否定しかねますが、もう私は殿下どうでも良いので。何んならマイカさんじゃなくて、キャサリン様に差し上げた方が侯爵家としても未来明るいわね)
「……好きじゃないのか?」
少し残念そうに、悲壮感を滲ませつつセルリアーナは風に靡いたマゼンタカラーの髪を耳にかけた。
(寧ろ私以外の御令嬢とラブラブハピエン迎えて下さいと大声で叫びたい手前、侯爵家の者として大々的に言ったらそれこそ問題になりかねませんし……)
「不毛な恋なんて、貴族に生まれたわたくしにとって政略結婚は避けては通れません。私の代役なんて幾らでも用意されますから」
「……代役、か」
王家の婚姻政策にとやかく言うつもりは無いが、セルリアーナの代わりは引くて数多だ。
だからキャサリンを推薦し、バーン侯爵家に恩を売れた功績は今後優位に働く為にも鍵となるだろう。
貴族同士の駆け引きは意外にも陰湿で狡猾的だ。セルリアーナはげんなりしている。
こんな茶番をとっとと終わらせたいのにマイカがああも宣戦布告して喧嘩売って来たので、やられっぱなしもエスメラルディ侯爵家として黙ってられないのである。
(カリュプス様の前で、しおらしい演技するのも心苦しい……間接的に最早見破って頂きたいわ)
するとカリュプスはポケットから剥き出し保存食とは打って変わって、別の可愛らしい青いリボンが結ばれた菓子袋を取り出した。
リボンを解くと、そこには前世で見掛けたお菓子に似ている。様々な彩り豊かなパステルカラーが広がっており、セルリアーナは思わず口元に手のひらを覆って感激した。
「これでも食え。辛気臭い顔見ると調子狂う」
「星屑の砂糖? ええっ?! 王都で大人気な手に入らないお菓子ですわよ?」
(金平糖みたいだわ。可愛くて食べるのが勿体無いくらい)
サファイアブルーの目を輝かせて、セルリアーナは前世で金平糖に似た形状の星屑の砂糖をお言葉に甘えて一粒摘んだ。
「流行には疎いが、食って英気を養えよ。まあザラメと似た物だから、あまり……新鮮味はないだろうが」
口に含むと、苺の香りがいっぱいに膨らむ。王都で貴族令嬢達が一度で良いから食べてみたい菓子の代表格に選ばれるだけある。幸せの味がキャッチフレーズなのも罪深い。
「甘くてシャリシャリしていて、仄かに苺の香りがします」
「お気に召して頂き光栄です、レディー?」
長い髪に唇を落とされて、セルリアーナは一瞬フリーズした。
(は???? 何が起こったの?? バグか? は?)
次の瞬間、体勢が崩れて身体を支える木からずり落ちそうになった。
「ばか、何落ちそうに……」
あまりの華麗なるカウンターで、木から落ちそうになるが、セルリアーナは体幹あるのでぐるんと周る。
(ボーナススチルでも食らったの私? え?)
そのまま何事も無く、定位置に戻って優雅にスターシュガーを摘みながらカリュプスへ柔らかく微笑んだ。
混乱していてもセルリアーナの鉄壁な表情筋は崩れない。発狂しがちの推し追っ掛けオタクには有り難い。
「口が蕩けてしまうほど美味しくて、感動のあまり……つい、おほほ」
「急性的な意識消失や、支離滅裂な発狂乱。言動は魔力過多が要因か? 本当にお前、医者の診察は定期的に受けているだろうな?」
「いやあまあ、何分、解明されてません領域なもので。わたくしもなるべく感情を二極化させて、制御しておりますの」
これは事実だ。セルリアーナは原来メンタルが正常ならば暴発するリスクはない。
だが振り幅が傾けば怒りや悲しみに飲み込まれる。喜怒哀楽で魔力制御が鍵になっているらしい。
それ故に感情を殺しコントロールする手法や前世のアンガーマネージメントの様なセラピーや教育を重点的に受けている。
「……王命とは言え、魔力供給の業務に色々あるんだろうがきちんと休める時に────。いや、俺が言えた立場でも無い、が」
「わたくしが潰れようと、代わりは幾らでも────」
「お前の代わりがいる訳ないだろう?!」
珍しく、彼はセルリアーナに声を張った。鋭い声音が切羽詰まった様な、そんな不安かすらを含んでいた。
(どうしてカリュプス様がそんな、傷付いたお顔をしていらっしゃるのかしら……)
セルリアーナはきょとんと目を丸くした。
悪役令嬢は基本、主人公であるヒロインを虐め抜いてヒーローが救済し成敗される役割を持つ。挙げ句の果ては断罪され全てを失って絶望に落とされる悪女だ。
「…………カリュプス様?」
怖がっている様子にも見えたのは、気のせいだったのだろうか。
いや、セルリアーナの方が婚約破棄され、断罪後の処遇は全て今の下準備に賭かっている。
爵位剥奪に親族全員の処刑や、セルリアーナの公開処刑。斬首なんて血生臭い嫌な最期や前線に駆り出され魔力過多を人々の生活環境に役立てるのとは真反対な使われ方をする。
(そんなの御免よ、誰が……こんな結末を認めるものですか)
人間を殺戮する使い捨ての兵器に仕立て上げられるなんて、結末を回避する為の茶番劇。セルリアーナは他人から見たら滑稽だろうが。
「思ったより大きな声が出てしまった、悪かった……。だが、そんなこと言うなよ。俺の仕事を職務放棄させた挙句、お前の退屈凌ぎを手伝ってるんだから」
(怖がってるのは、私の方だわ。全部失いたくないくせに、カリュプス様にも幸せになって欲しいだなんて。強欲ね)
「カリュプス様が心配する様なことは決してありませんわ。貴方様を悲しませることは絶対にしません」
「何を根拠に……そもそも、その台詞を言う相手を間違えているぞ」
「いいえ、合っております。だってカリュプス様はわたくしの退屈凌ぎを手伝ってらっしゃるのでしょう? 職務怠慢にはさせませんわ」
セルリアーナの掌に菓子袋を逆さまにすると、スターシュガーは、菓子袋からばらばらと溢れんばかりに覆い尽くした。
顎で「お前の分だ」と言わんばかりに強引に渡して来たので、セルリアーナは思わず笑みが溢れた。不安や憤りも複雑な感情は全部、カリュプスが拭い去ってくれる。
(この時間を壊されたくないないなあ……)
セルリアーナは一気に淑女あるまじき動作で、両手いっぱいのスターシュガーに顔を盛大に埋めて食べ尽くした。
(カリュプス様を悲しませる奴は私が許さん、成敗しなければこの世界に転生した意味無し。オタクならば推しの幸せ守らねばならん、これ生命賭けた使命である)
若干引き気味であろうと思っていたカリュプスだが、笑いの壺に嵌ったのか声無き爆笑で腹を暫く抱えていたのを横目に焼き尽くしたのであった。




