21 推しの為なら土の味も噛み締める
それでも脳裏に纏わり付くのは、カリュプスが味覚に何らかの障害がある生き方をしてきた事実に、ひどくショックを受けたことだった。
過酷な環境内で生に縋った代償を、払わされている。
(ずっと……味があやふやなのに、断らなかったのは彼の優しさなのだろう……)
カリュプスは、今までもセルリアーナが持ってきたサンドウィッチも嫌な顔一つせず食べていた。
ぼやけた味や、特に素人が作った物なんか味も素っ気もなかっただろうに。
「淑女教育を受けてるのに、顔に出やすいんだな。気にするなよ、痛覚も鈍くなきゃ仕事にならんから」
「……痛いことは、我慢してはならないのですよ」
「はは、普通ならな」
「カリュプス様にとってはそれが当たり前なのかもしれませんが……」
「これは、舌触りが何かザラっとしていて、甘いな。ザラメってやつは食感も楽しめるのか」
「あの」
「うん?」
「また作って来ても良いですか?」
「今更聞くなよ。俺は食事なんざ、生きる為にしか食って来てないのに、こうして餌付けをせっせとせっせとやってくるもんだから……。舌が覚えてしまったんだ、責任を持って頂きたい」
(カリュプス様の一つ一つの言葉に、わたくしが救われてばかりね……)
「あは、は。責任持って、その御役目を全うさせて頂きますね」
「……泣きそうな顔するなよ、こんなことで」
「あら、失礼……、ダメね。わたくしは失格だわ、淑女として」
笑顔を貼り付けているのに、眉が下がって今にも泣き出しそうな表情だったのか。カリュプスに取り繕っているのを数秒で悟られてしまう。
悲しくて、悔しくて。どうして人生の一部だった本名や素性すら知らぬ、推しがこんな悪辣な環境下にいたなんて。画面越しで、ずっと心に決めていたのに。
(もしも私だったら、絶対にこんな不幸を取り除いてやるって。温かい食事に、ふかふかの布団。優しい人々に囲まれた日常を送ってもらいたい。いつか生きててこんなにも楽しいことがあるんだって、知ってもらいたい……って)
競り落とした裏話設定を読み込んだ時、もう慟哭が自室に響いたと思う。隣室からドンッと苦情の一発が聞こえたが、もう布団に包まって彼の壮絶な過去を前にして涙が止まらなかった。
(これからの未来、彼にはカリュプスで在ることが存在意義だと思って欲しくない……)
ああやっぱり、この世界でも彼は知らないのだ。
家族から抱き締められたこともなく、ただ冷酷に仕事を遂行してグランドル王国に身を捧げている。
(こう思うのは、私が貴方を知った気でいて、本当は何も知らないからなの……?)
「はあ……ごめんなさい、もっと普段なら上手くやれるのに」
セルリアーナは目頭が熱くなって、マゼンタカラーの長い髪で顔を思わず隠した。この動揺をした顔を見られたくなかったからだ。
「俺の前で取り繕わなくたって良いだろう。貴族だの肩書きなんざ、どうだって。此処にはお前が大口開けて頬張っても咎める奴は居ない」
あまり自分自身のことを話したがらないカリュプスが、強制的に時間を共有する長さに比例してか。段々と打ち解けてくれている気がする。
(やっぱり優しい。本当にこの方は……心から幸せになって欲しいわ)
だから、味覚が鈍いことも吐露してくれたのだろう。
「ふふ、それは心強い御言葉……ですね」
「辛い、甘い、苦い、酸っぱいは分かる。ぼやける中途半端な味は好きじゃない」
「実は熟したフルーツを使った甘い物や、スパイシーな香辛料が使われたチキンがお好きですよね」
「俺に色々な物を食べさせるお前が悪い」
「普段はどうなさってらっしゃったのですか?」
「携行食だな。因みに口の中の水分はゴッソリ持っていかれるし、剥き出しだ。包紙剥がして音立ててみろ、それこそ恥晒しになる」
カリュプスが取り出した携帯食は、前世で文献やアニメで見た兵糧丸にも似ている色合いだ。
蕎麦粉や餅米など栄養素が豊富な物で作られた泥団子みたいな形状である。パサパサした食感で、味はしないらしい。
(……待って、これ食べていたの? 嘘でしょう?!)
古代中央アジアの遊牧民がクルトという乳製品を発酵させた物を乾燥させた栄養食もあるが共通点は栄養価が高く、長期保存が出来ることである。
がり、とカリュプスが齧って端っこを寄越した。綺麗な部分で口を付けていない辺りを渡してくれるのだから紳士である。
(カリュプス様の携行食や食事環境を知るのも、彼の幸福計画への第一歩となるのだから。セルリアーナ・エスメラルディ、いざ行かん!)
口に入れると、やっぱり美味しさは舌に乗らず正に栄養を摂取する為だけに特化した物だと感じた。
(ま、不味い。御世辞にも美味しいと言えない。味も素気もない以前に土だわ)
(飲み込まねば。流石だわ侯爵令嬢たるもの、平然を装わねばならない。それにしても何んて表現をすれば良いのかしら、困るわね……)
「え、これ?! あの、ミネラル成分を凝縮した自然食、と言う感じでしょうか?」
「上手いこと言いやがって。土食ったことないくせに、面白いなやっぱり」
ほら、とカリュプスが両手を差し出してきたので、懸命に咀嚼して飲み込もうとするセルリアーナは瞬きを数回した。
「あの?」
「不味いの体験したんだから、とっとと吐き出せよ此処に」
「いやいやいやいや何を仰るのですかカリュプス様、貴方様の手に咀嚼した物お出しするなど」
「そういうものなのか?」
何処からツッコミを入れれば良いか混乱する。木に隠れて吐き出せないだろうからと気を遣ってくれたのだろう。
しかし、推しの手を汚してまで飲み込めぬ物はきっと存在しないだろう。
(あの魚の発酵した缶詰よりマシと思えば……っ!)
前世で、世界一臭い食べ物を強行突破させられて、嗚咽混じりに目の前で掌を広げて無垢な眼差しを向ける推しがいても。絶対に飲み込んでみせる自信しかない。
「ふう、ぐうう、そういうものなのです……。それに、カリュプス様から貴重な携行食を頂いて、そんな非道な行いは致しません」
(これってなんの試練なのでしょうか? しかも首傾げて不思議そうにするカリュプス様純粋過ぎて駄目だわ、この純真さ守らねばなりませんわ……)




