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17 必ずわたくしが悪者になろうが、悪女にも譲れない時がある





 ぐすぐすとしゃくり上げて泣くマイカに、自分のジャケットを羽織らせるデイヴィスはじろりとセルリアーナを見上げた。


「これは王立学院、兼ねて王宮にも報告を挙げさせて頂く。流石の国王陛下や学院長からの良い御返事は期待しない方が────」


「────わたくし、セルリアーナ・エスメラルディは誓って彼女を突き飛ばしたりしておりません」


「はあ? この期に及んで何を?!」


「ですから、誤解だと申し上げております。彼女と別れた後、噴水に落下したらしく水に濡れてらしたので、手を貸したまでです」


「嘘しゃあしゃあと何を────」


「ですから、報告書を提出して下さい。わたくしは無実ですし、異議申し立てを提出しますので」


(王宮には、彼がわたくしを見張って下さっているから問題無し……。そして第三者の目撃情報もあるし謹慎処分にもならないわね)


 今日一度も会えていないが、セルリアーナとマイカを監視するカリュプスが何処かに身を潜めているはずだ。


 風評被害は火消しに時間はかかるだろうが、今更悪名高いセルリアーナである。事実を知っている人間が惑わされなければそれで良い。


「行こう、マイカ。女の子なんだから体を冷やしたら良くないから」


「うん…………」


 お嫁様抱っこをされたマイカと、颯爽と現れたヒーロー紛いな勘違い野郎は立ち去った。

 セルリアーナは袖口が随分と濡れ、スカートの裾もじたばた手足で暴れ回ったマイカの所為で風邪を引きそうだ。


 ぐしゅ、とくしゃみを堪え切れなくてその場でする。


 この出来レースに抗う代償ばかり払って、惨めな気分にもなる。どうせ此処は主人公が幸福になる為に、用意された物語だ。


 そこで無相応に悪役令嬢が死を回避しようなんて、烏滸がましいのかもしれない。

 つくづく、貧乏籤を引かされた気がする。嘆いても仕方が無いので、セルリアーナは生きる糧のことを多く考える様にした。


「はは、半分濡れ鼠だな」


 気配を消して華麗に登場した彼は、相変わらずセルリアーナを対等に扱ってくれる。

 こうして軽口を叩くくらいには、最初ほどの警戒心も薄れている様にも感じ取れる。殺気も向けず、ただ気紛れに手を差し出してくれるのだ。


「あらカリュプス様。ごきげんよう! 先程までいらっしゃってると信じてましたわ!」


(やっぱりいらしていたのね、良かったわ。それにしても相変わらず美しい……はあ)


「何が王宮に報告書を挙げるだ。馬鹿だなアイツは。学生の分際で、親が貴族だから何しても良いって勘違いしているな」


 デイヴィスは侯爵家であり、騎士団長の第二子息だ。肩書きも申し分無いが、あくまでも爵位を持つのは父親である。

 その点を履き違えているのは、まだ彼が十代の若者であるからだろう。


「ふふ、青臭いんでしょう彼。好きな女性を助けたい一心ですから」


「替えの服は無いのか?」


「家か王宮に帰ればありますので、取り敢えず医務室へ行ってお借りしようかと」


 冷たい噴水の飛沫は、制服の裾が濡れて寒さを覚えた。

 セルリアーナは身震いをして、早く医務室で服を乾かしてもらうか、替えの服を持って来るよう侍女に頼むか考えていると。


「貸してやる」


「え?」


 ばさ、と着ていた外套をセルリアーナに掛けてくれた。大きくて裾は引き摺る。


 初めて並んだが、カリュプスは背が高い。すらりと伸びた手足の長さに、服の上からでも分かる引き締まった肢体。レザー素材の手袋を脱ぐと、彼はセルリアーナの濡れた前髪を分けてくれる。


 ぽたりと滴る水が頬を伝う。大きく武骨な指先が優しく、顎先を撫でて雫を掬ってくれた。目が合うとドキリと鼓動が高鳴って、熱い。


「体冷やすと良くないんだっけ?」


 悪戯っ子の様な顔で、笑うカリュプスが側に居てくれるだけで安心感が強かった。

 監視対象であるならば無実を証明する手立てになるが、そんなことを弾いても。


「あー! ブライアント侯爵令息を真似しないで下さい!」


「真似云々はともかくとして、人前に出るならこのままじゃ良くないだろうに」


 ふわりと土や木の自然な香りはやけに、セルリアーナを落ち着かせた。心地良い。


 王都で流行する薔薇や麝香鹿(ジャコウジカ)のムスクの香水よりも。セルリアーナの心の安寧をまるで作り出してくれる。


「気が利かなかったな。貴族令嬢に着せる物じゃ────」


「このままで良いです」


「いや…………」


「これが良いです」


「そうか…………」


 何か言いたげな顔だったが、そっぽを向いてカリュプスは早く行くぞと医務室に繋がる別棟入り口まで付いて来てくれた。


 洗って返すと頑なに返す問題無い攻防戦に勝利して、セルリアーナは外套をギュッと抱き締めた。


「じゃあ風邪は引くなよ、俺の移動距離が長くなるから」


「一言……多いところも、わたくし気に入ってますのよ」


 サッと居なくなる瞬間、耳元がやや赤らんでいたのは気の所為だろう。彼はそんなことでは照れたりはしないだろうから。








 カリュプスはその後忠実に監視対象の動向調査書を各位に提出してくれたらしい。


(お菓子とか好きかしら。今度御礼にクッキーとか作ったら召し上がって下さる……かな)


 結果としてデイヴィスとの親密度は上がり、セルリアーナの無実は晴れたので良しとしよう。







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