16 やっぱり主人公マイカはキャラ変でもしたの?
「こんにちは、セルリアーナ様! 今日もお天気で洗濯日和ですね!」
(名前を呼んでも良い関係性でも無いけれど……この天真爛漫さ、主人公にだけ許される絶対領域のようね)
庭園の噴水前で、ゲーム内ではセルリアーナが癇癪を起こして主人公を突き飛ばし、びしょ濡れにさせると言う小エピソードがある。
(元ゲームプレイヤーとして、こんな意地悪良く思い付くな……と逆に感心したくらいだったわね)
セルリアーナの意地悪な振る舞いは何百ともあり、中には暴漢を雇用して襲わせてみたり、自宅に窃盗を入れたりと様々だ。
学院内ではお気に入りの刺繍ハンカチを踏み付けたり、葡萄ジュースをかけて嘲笑ったり、稚拙な物から大掛かりな物とバリエーション豊かで天晴れである。
また状況証拠しか掴ませないから、姑息で狡猾な悪女は物理攻撃も強いので、特に授業中はやりたい放題だ。魔力を込めた武器で模擬訓練を行えば、忽ち暴虐の限りを尽くす。
つまり、第二王子殿下に群がる虫を徹底的に排除するのだ。物理的に。
重要事項はここである。
魔力操作に長けたセルリアーナはハンデの一つで、魔力制御腕輪を学院から配給されるが、それすら上回る膨大な魔力量を敢えて隠している。
だから余計に拍車を掛けて、暴走するのだ。
「あーあ! 詰まらないわ! こんなにも手加減をしているのに、わたくしってば……これ以上どう力を抜けばよろしいのか分かりかねますわ」
「あらあら、拉げた羽虫の様に這い蹲ってらして! 御手は貸さずとも、御自身で立ち上がれなければ殿下の隣でぺちゃくちゃ無駄話するお時間すら惜しいと言うことですわよ?」
「頭が高いのよ、羽を捥いであげるのも優しさってものですわよね……、さあ腕を差し出して下さる? 人間の骨はまだ折った経験が無いのよわたくし、良い経験になるわ」
最後は決まって「わたくし、ハンデを学院公認で身に付けておりますのに、言い掛かりはよしてよ?」の決まり文句で締め括る。
素晴らしい。これぞ用意された悪役令嬢である。
さて、噴水エピソードに差し掛かるのは悪役令嬢の印象付けでゲーム内にも必要な工程の一つだった。
「あら……チャンベラさん。ごきげんよう」
「いつも休み時間は直ぐ居なくなっちゃうから、てっきり居心地が悪くて外の空気を吸いたいのかと思って」
(軽くディスってるわね……居場所無いから教室外で避難していると言っているのと同じじゃない)
「そうね。賑やかな場所はあまり得意でないのよ、わたくし。軽く新鮮な空気を感じに外へ赴くのも悪くないと思って」
「そうだったんですね! 私がアルベルノ殿下やオースティン達と仲良くしているから、居づらかったんじゃないか……なんて、そんなことないですもんね! なんたってセルリアーナ様は高貴な御方ですから偏狭な御考えとはかけ離れてるでしょうし」
(心が貧しいと言いたいのね。平民の裕福で無い自分より、と。その平民が侯爵令嬢よりも優位な立場で寵愛を一身に受けている……か)
ゲームで激昂したセルリアーナが、噴水に突き飛ばしたのは語られなかった事実が隠されていたら?
そう考えたら、画面越しで悪女だと根強い印象を付けるきっかけがあるなら納得だった。傍観するゲームプレイヤーだった自分はもういない。
セルリアーナに転生したのならば、悪意を持った相手に対して暴力だけで対抗しては思う壺だ。
「……チャンベラさん。わたくし、貴女とは特別親しい間柄で無くってよ」
「同級生でしょう? 此処は貴族も平民も同等の立場で学業に励むのが校則ですよ。だから────」
「最低限のマナーは守って頂きたいですわね。暗黙の了解と言うものも、存在することを」
「それでも誰も口にしないですよ? 皆んなと仲良くして何が悪いのですか? 学友と切磋琢磨して青春を過ごしたら犯罪でしょうか」
(正論の様に耳障り無く入って来るけれど、実は滅茶苦茶な理論で貴族制度を無視している)
「だから仲良くしましょうよ、セルリアーナ様!」
(でも、此処はマイカちゃんの為に用意されたシンデレラ物語。全部この出鱈目が正しいとされるのね……)
セルリアーナは目前にある黒を白に出来る力の持つマイカに無意識に慄いた。
それは貴族社会で揺るぎ無く起こる国策への崩壊を示唆するものにも思えてしまったからだ。
元々の器が、そう背筋を凍らせて怒りの矛先を今にも向けようとしている。
だから敢えて冷静になる。
「……その御提案、謹んでお断り致しますわ。お話に付き合わせてしまいましたね、それではこれで」
「え?! ちょ、どうしてですか? 私、セルリアーナ様と仲良く────」
この憤りは、セルリアーナと転生前の自分二人分の物だろう。
何を根拠に、仲良くしたいだ?
彼女の周囲は異常だ。全部狂っている。試験に赤点で落第対象なのに、補習に加えて再試験。
成績免除にも程がある。光魔法の担い手はそんなに偉いのか。
国家を転覆させるだけの力を持っているのは、セルリアーナだけではないのに。
握り拳を作るのを制御して、踵を返す。優雅に歩かねば狼狽を悟らたら、それこそマイカに主導権を握られる。
すると、背後から盛大な水飛沫が飛び散った音がした。
「────チャンベラさん? 貴女、どうし……」
「滑ったみたいで、手を貸して下さいいい、お水吸って溺れちゃいそうなんです」
セルリアーナは戸惑った。手を貸しても突き飛ばしたと難癖を付けられるし、手を貸さなければ無慈悲な悪女のイメージが強まる。
過去の悪行に相まって、印象操作をされたセルリアーナは謹慎処分の実績も輝きを放っている。
何をしても不利な状況下で、セルリアーナは仕方無く手を伸ばした。袖が濡れようと、もう関係無かった。
彼女が後でどう風潮しても、見て見ぬふりをしてまでは悪名を消したくもない。
「どうしたんだ、マイカ!」
「デイヴィス……ッ、わたし……っ、うう、冷たいよお」
「エスメラルディ侯爵令嬢! これは一体何の真似だ! 彼女を突き飛ばしたんだろう?!」
状況証拠で判断してしまうくらいには、親密度はかなり高いようだ。もう此処まで来たら、冷静沈着に対処せざるを得ない。
(ああ! もう! やっぱりこの子とんでもない子じゃない!)
セルリアーナをドンと強い力で退かして、マイカを引き上げたデイヴィスの腕の中で啜り泣く彼女の涙は完璧悲劇のヒロインだった。女の涙に弱いのは、どの時代の男性も一緒である。
「貴族令嬢である貴女は、弱者を痛ぶるのがそんなにお好きか!」
「やめてデイヴィス! 私が悪いの……」
「マイカは悪くない、ずっと目の敵にされて辛かっただろ。もう俺が来たから……もう、大丈夫だから」
デイヴィスが悪役令嬢から助け出すスチルに見覚えがあった。これか。当事者からしたら、二人の恋の試練に邪魔者を使った茶番劇である。
(はあ、駄目だこれは)




