15 推し以外は皆んな芋
いつの間にか、目の前には三人の攻略者とその他大勢に囲まれるマイカだ。小柄だから男性数人に埋もれて見えるが、あのアホ毛みたいな良く分からない触角紛いな髪で判別している。
(うーん、他の攻略者達がいても全く……ときめかないし、何なら皆さん芋に見えるわね)
ぴょんぴょん跳ねて、萌え袖に上目遣いと少女漫画で絶対落とせない相手はいない最強武器を駆使するなんて。
やはり主人公、男性を虜にするのが早い。
(しかし、私はあの一言も二言も多い嫌味は許してないわよ! 私は根に持つタイプなので!)
エスメラルディ侯爵家の血を引く者は全員サファイアの瞳を持つ。だからセルリアーナだけで無く、侯爵家への暴言に近いのだ。
心が狭くなったのかしら、とすら思った。
天真爛漫で誰からも愛される主人公はどんな失敗をしても助けてもらえる。
悪役令嬢セルリアーナには存在しない救済措置。侯爵家に生まれ落ち、未来の王子妃として友達とも遊べず毎日勉強と魔力操作の鍛錬。
「……エスメラルディ侯爵令嬢、あれに関わるな」
「はえ?」
暗い顔を微かにしてしまって俯いたからか、カリュプスが今呼んでくれた気がするが幻聴ではないようだ。録音機器ってどうしてこの世界線に無いのか不思議で仕方が無い。
「王族直系血筋の正統派第二王子を籠絡させようとする、あの横恋慕女も対象だ。お前もまだ外していないからな、前科がある」
セルリアーナが監視対象なのは正規ルートなんだよねええええええ残念賞⭐︎となるところだが、推しにとっては一大事である。
(え? てことは? マイカさんも監視対象なのか?)
そんな展開は認めていない。どうして婚約破棄からの断罪ルートで、王家は二人の仲は公認だったはずだ。
だから侯爵家の抗議も虚しく散ったし、暴挙に出たのは今なら頷ける。
それが王家転覆だなんだと難癖付けて、エスメラルディ侯爵家を魔力を封じ込める魔封じの首輪を全員に着けた結末は忘れていない。
うまーく婚約破棄をして、両親にも根回しして王都から離れた領地で推しとの思い出に耽る余生を過ごそうと思ったのに。
王命から第二王子の周囲を飛び回る人間を監視する任命に就くカリュプスが、マイカを「監視対象者」として認識するのは些か波紋が広がりそうだ。
「上が悪と決め付けた物が、悪になる。俺はその摂理に従うだけだ」
覆った瞬間、矛先は変わる。
ゲーム内では主人公が持つ光属性の金ピカ特性を神聖視していたが、セルリアーナの横暴縦横無尽なる婚約者に近付く令嬢は死に値する並の効力は無に等しい。
(ちゃん付け出来るほど、着々と私を陥れようとしている彼女に敬意は払えないわ)
だから、どんなことが起ころうが主人公に優位なターンが回る仕様があるのが、セルリアーナの天変地異ばりの行動で均衡が揺らぎつつあるのか。
王家の皆様、王子妃に相応しい人材はマイカ様であり、セルリアーナではない。断じて。
強いて言うなら、ゲームシステムが強行突破するのでセルリアーナの頑張りは好感度ポイントすら入らないので。
(これは良いと捉えるべきか、悪い状況下であるのか……どう転んでもおかしくはないわね)
セルリアーナが絶句していると、推しは垂れた前髪を鬱陶しそうにかき上げた。
全ての仕草をこの目に焼き付けておきたい。曇り無き眼で、耳かっぽじって傾ける。カリュプスの発言は一字一句記憶したいのだ。
「俺のことは何も聞かないんだな。やばいだろ学院に侵入して内部事情探るコソ泥と同じだぞ? 少し危機感を持ってくれ」
(それは貴方様の方よ! その美貌と低い艶やかな声音はどんな令嬢でもイチコロ! ノックダウンさせる凶器なのだから!!)
「カリュプス様が王家と親交を持つ、高貴な御方であることは存じ上げております。それに、王命であれば尚更疑う余地は御座いませんわ」
「は?」
この見てくれで? と言いたげな怪訝そうな顔で、カリュプスは凝視した。
「所作は粗雑に見せておりますが、貴方様はわたくしが怪我をしない様に最近は屋根の上や高い木にはいらっしゃらない」
カリュプスが身を置くのはセルリアーナよりも雲の上の存在である高位貴族だ。紳士としての振る舞いは、染み付いているので決して拭えないものだ。
「それに、制服が汚れぬ様にハンカチを貸して下さるし」
「あのなあ……」
深く溜息を漏らした推しは、セクシー過ぎて思わず吐いた空気を吸いたい心境に苛まれたが、グッと堪える。
貴族令嬢としての威厳が試されているが正直な話、カリュプスを前にしていたらプライドも家柄とかどうでも良い。
「俺は……悪い大人だぞ。それも、お前に害を為す錆びた弾丸を持つ」
「ふふ、それならわたくしも同類ですわ。何処にいらっしゃっても、わたくしは貴方を見付けますこと」
「王子妃候補はこんな訓練も受けるとは聞いたことがない……」
暗殺や猟師の心得的は大体取得しているのが強みである。獲物を狙い定める為に、どんな悪状況だろうとも一発で仕留める冷血で忍耐強い精神が必要であることも。
それはカリュプスのことをもっと知りたくて前世のわたくしが文献やら海外ドラマやら、本を読み漁ったからだ。
「うふ」
「おい、誤魔化すなよ」
「秘密の多いご令嬢の方が魅力的では?」
「俺の隠密スキルも、この顔を認識されるのも王家のが暫定的に認めたからか? お前と会う度に俺は混乱するし、潜伏先を当てられる度に愕然とする」
(やはり隠密と認識阻害スキルか。けれども、どうしてセルリアーナには効果無いのかしら? 愛の力とか? まさかね……)
「ええとですね、これにはふかーい理由があって……」
「魔力操作で感知していると言い訳するか? 俺は気配を消すのは死人よりも上手いんだぞ」
「あ、愛の力……?」
(いや、事実私でも証明しようが無いので……。でもカリュプス様への愛は本当よ)
「……愛を語るには、その肩書きは随分と軽々しいが」
「カリュプス様と一分一秒早く会いたいからですよ。淑女に言わせないで下さいますか?」
「ふ、馬鹿言え……」
偶にこうして、笑ってくれる様になったのも好きだ。この笑顔に弱い。ドキドキと胸が高まって、自制心が無くなりそうだ。
セルリアーナはこの推しへ恋情を抱いているなど、まだ自覚していなかった。憧憬と恋を混同させていたからだ。




