98 真愛なる代償の種明かしは厳粛に
「声を荒げないで下さらない? 耳障りで場の空気が白けますわ殿方達。アルベルノ第二王子殿下、その宣言は……撤回は為されないと言うことでしょうか?」
キャサリン・バーンへ「成金風情が」と悪態を吐いた小判鮫達へセルリアーナは睨み付けてやると、押し黙った。
キャサリンが後釜になってくれなければ、負け戦でもあった。あくまで断罪されるのはセルリアーナで、予後を決めるのは「婚約者である立場」からの縁談が白紙になる運び。
そのステータスを先にかなぐり捨ててやれば良い。
「婚約者候補だなんて、王家の体裁であり仕方が無く召し上げてやった。つまり褒章だ。栄誉あることを踏み躙る様な貴様等では無く、俺は真実の愛を知った。だから────」
「アルベルノ!! もう良いッ!! 我が息子ながら、呆れ返るわ。勝手によもやこの様な騒動を起こすとは」
「な…………父上ッ! 彼女は稀代の光魔法の担い手。きっと我がグランドル王国を聖なる導き手として繁栄を────」
言い掛けたアルベルノの形の良い唇が、わなわなと慄いた。
黒い霧がサァッと風と共に舞い、人の姿が現れる。彼の登場で、空気は一変した。
「此処に王家宛に記した改竄も不可能な、正当なる書簡がある。その眼は御飾りで無ければ、この封蝋は見覚えが嫌と言うほど……。ああ、公務もせず徘徊していた者には身近とは程遠い物か」
「……御主は、何故此処に」
国王陛下は立派な顎髭を触って、心底驚いた顔をした。その低く、艶のある声音は数日前に聞いたばかりだ。
「これはエスメラルディ侯爵家の無実が示された報告書だ」
バサリと改竄不可能な魔法陣入りの、分厚い報告書を提出した人物は、国王陛下が着座する二階に聳えた特別な来賓席から、ふわりと降り立った。
「ふざけるな! そんなもの出鱈目だ!! この悪女め、王族たる私の身辺を掻き回して姑息なことを!!!!」
アルベルノの怒りの矛先は身辺調査の報告書を依頼したと誤解したセルリアーナに向けられ、拳を振り翳した。
より心象を悪くなる愚行を助長させておくのも、セルリアーナが生き残る希望的観測値を上げる。迫り来る拳を平然と受け入れようと、涼しい顔をしていると。
「────高貴なる王族の振る舞いは、無辜の民の模範であるはずなのに聞いて呆れる」
ざわざわ、と周囲の喧騒が際立つとアルベルノは後ろに慄き、顔を真っ青にして悲鳴を上げた。振り翳された拳は強く叩き落とされ、アルベルノが王族侮辱罪だと喚き散らすかと思えば。
まるで化け物を見たかの様に、信じられぬと言いたげな形相だ。
「うわ、うわああああ災厄を齎す、……ッああ! そんなはずは、伝承は……ッ!!」
「なに? なんのこと?」
「普通の方にしか……誰かしら?」
認識出来る者と、そうで無い者の差が激しいのは魔力量やカリュプスへ選ばれた人物以外に分かれるらしい。
多くの人間はカリュプスを纏う彼を、認識阻害魔法の影響範囲内にいる。
「まさか、まさか! 本当に……っ覆い隠す銃口は存在したのか……?!」
ブワリと変わる髪色に、アルベルノ殿下は阿鼻叫喚とも言える声で喚いた。
勿論、ただ殿下が狂乱したのでは無いかとしか、周囲は認識阻害が働いているのでよく分かっていない。分かる人間にしか見えない仕組みだ。
「だ、だめです……貴方様が出てしまったら!」
「何を────」
「ラルシュ・ベンブルクの名の下に、彼者は提示された報告書記載の第一から第百五十四文全てにおいて、数々の高慢卑劣な行いは一切の事実無根であり、また王家転覆を企てる謀略者では無いことを示す」
「ベンブルク公爵家にはその様な者はいないぞ、貴様何者だ?! 証拠は全て揃っているんだぞ?! 第二王子であるアルベルノ様や、私以外の証人である臣下達に偽証があったと?!」
すると、席を立った国王陛下はラルシュを二階席から見下ろした。杖状が床を叩かれ、その厳格たる主君が認めた者に、誰もが目を見張った。
王家が放った弾丸は、封蝋が魔力によって解除されると強張ったままの形相であるオースティンは片眼鏡が割れそうな衝撃が走ったのか。汗がぶわりと毛穴から吹き出して、額から大粒の水を流した。
『マイカ、可哀想なマイカ……。この破られた教科書も、その泥塗れの靴も全部、あの女がやったんだな?』
(あら、最高のタイミングで再生されるなんて)
『ごめんなさい、でも私が悪いんです……ッ! 私が光魔法の担い手で優遇されたのが、目に余るって……無相応な力は平民が持つべきじゃ無いって』
『なんだと? あの忌々しい女め、陰湿な虐めをするとは』
『アルベルノ様は……将来、あの方と生涯を遂げられるのですね……。私は、今もこうして何も出来ず耐え忍ぶしか無い平民でしかありませんから……』
『平民だろうと、私の眼にはいつだって君しか映っていないんだ……信じてくれないか』
『……じゃあ、婚約者のセルリアーナ様じゃ無くて、私を……選んで、下さるのですか?』
『当たり前だろう?! あんな愛想も無く紅紫の冷厳だろうと、子爵家上がりの婿入り侯爵の魔力量しか利が無い女なんざ、いっそ私の前から消えて欲しいよ』
『…………本当? アルベルノ様、私……ッ』
『真実の愛は階級制度の障害すら、超えられる。私はそう信じている!』
『アルベルノ様……ッ!!』
『愛している、マイカ……。私の愛しい恋人、王子妃になるのは君以外いないんだ……』




