96 断罪イベントの幕開け
断罪イベントが遂行される。
「エスメラルディ侯爵、並びに侯爵家息女セルリアーナ様の御入場です」
司会進行役が続々と学友達を案内し、会場は徐々に人が溢れて行った。
婚約者のいるはずのセルリアーナが、父親と登場するのは意外だったようだ。豆鉄砲を食らった鳩の様にぽかんと口を開けている。
「見て、氷花の令嬢よ」
「相変わらず凍てつく程の氷を纏った方ね」
「聞きましてよ? つい数日前に第二王子殿下へ五秒目があったからと、学院内で子爵令嬢の足を凍らせただとか」
「軽い凍傷で済んだものの、殿下がお止めしなかったらとんだ大惨事に」
「ああ怖い怖い、触れればどんなものも氷漬けにするエスメラルディ侯爵家の氷花」
悪役令嬢セルリアーナが断罪される前触れが、ゲーム内と同じ台詞で場内は占める。小声であろうと、多くの人間がヒソヒソと内緒話をすれば火種も大きくなるものだ。
「随分と王立学院の品性は下がったものだな?」
「ひ、ヒイッ!!」
一つ異なるのは、親バカの父にエスコートされたことである。短髪で清潔感のある家庭持ちの父は、意外にも眉目秀麗である故に恋心を寄せる女性も多い。
その最中、冷血なる凍て付くサファイアの瞳が大人気無く、軽口を囁く彼等に向けられる。父の周りだけに起こる吹雪は、場をその名の通り凍らせた。
マゼンタカラーの髪は父から受け継いだが、セルリアーナは彼が在学中の異名を轟かせたのもやっと理解した。
紅紫の冷厳と、王立学院主席卒を盾にして、十数年前に卒業した身でありながら娘と参列するなんて。中々出来ることでは無い。
「お父様、わたくしの晴れ舞台ですわよ?」
「……娘がいる手前、穢らわしい血で彩るのは別の機会でも良いか。救われたな、貴様」
「お、お許し……を……ッ!! ひぃいいっ!!」
腰を抜かした男子生徒は床を這いずって、泣け無しの力で逃げ出した。
「あの家門は確か、最近図に乗ってる男爵家か。まあ良い。もう報告に挙げたから、パーティー後は帰る場所を無くした迷子になっているだろう。安心しなさいセーナ」
「ええと……報告って、リアタイ(リアルタイム)で……?」
「何処かの諜報員達と比較されても足元には及ばない、なんて言わせないくらいうちの影達は優秀さ。怖いかい?」
「いいえ、御父様。子女誘拐事件での、首謀者の手掛かりとなる蜥蜴の一部でしょう?」
ヒロイン誘拐事件の首謀者は未だに解決していない。実行犯はラルシュのお陰で全員捕縛し、裁判にかけられ終身刑や懲罰対象者の収容先の鉱山地帯にて強制労働等、各自裁きを受けた様だ。
「そうだ。一筋縄ではいかないが、実行犯を捕まえた手柄は有用活用出来るだろう」
ただ、裏で手を引く者が何人かおり、下級貴族も絡んでいることが明白となり、その容疑がかけられたのが先程腰抜かした男爵令息でもある。
(マイカさんが痺れを切らして仕組んだ、とすれば短絡的……。あの腹黒彼女がそう自白するとは限らないし、考え過ぎ……かしら)
邪魔する者は誰であろうと殺す。────死んでもらう、とマイカがパニック状態で口にした言葉が、脳裏にこびり付いたままだ。
「見て! 第二王子殿下アルベルノ様のお隣!」
「平民のマイカ・チャンベラじゃない」
セルリアーナは好奇心が混じった声が飛び交って、我に返った。
(ああ、やっぱり……ゲームと同じだわ)
ゲーム内でセルリアーナを破滅に追い込んだ二人が堂々と腕を組んで登場したからだ。薔薇の花弁とオーケストラの演奏が行われ、流石は王族の華やかな喜劇的な演出の幕開けである。
「婚約者のエスメラルディ侯爵令嬢は、最早殿下の寵愛を完全に失ったと言うことね」
「あんな熱烈な愛情表現をしていれば、打つては無いと見せ付けてるんだろうな」
「確かに婚約者のエスメラルディ侯爵令嬢とは冷えた関係性なのは存じ上げておりましたが、平民の純朴な心根に動かされたのでしょう」
「ふふふ、何せあの凍て付くサファイアを持つ氷花の令嬢では殿下は雪解けをご覧になれなかったのですから……」
マイカが頬を染めて、アルベルノ殿下の腕にねっとりと絡めている。想い人の瞳や髪色をドレスや装飾品として身に付けることで、繋がりの強さをアピール出来るが、正にヒロインは「逆ハーレムルート」を選んだらしい。
ぞろぞろとマイカに恋情を抱く攻略者が駆け寄り、両手に花状態だ。
本命は第二王子殿下アルベルノであるからか、鮮やかなリボンや宝石が散りばめられた金色のドレスに、エメラルドの宝石が耳朶を煌めかせる。首元も鮮やかで可憐な花をモチーフにしたネックレスで、全てアルベルノが用意した物だと窺える。
(さぞ脳内は二人共お花畑なのでしょうね)
婚約者を押し除けて、マイカに贈り物をしたなんて王家は光魔法の担い手に対して寛容な処遇だと別の意味で印象が強まる瞬間だった。
流石に平民のマイカが一生身に付ける機会の無いはずの上等品が我が物顔で闊歩していれば、両親に当たる国王陛下や王妃殿下も眉間に皺を寄せて苦言を呈したい雰囲気であった。




