9 攻略対象者の悪役婚約者
自分は美しい透き通ったブルーアイは画面越しですら、見惚れていたが彼女にとっては氷花の令嬢を連想させる。
瞳と同じく心に血が通っていないと、揶揄されるのを嫌悪しているのだ。
(全く、人の容姿にケチ付ける人間の方がナンセンスだと思うけれど)
「騒々しいこと。はあ、毎日飽きもせず白昼堂々と婚約者のいらっしゃる殿方達は、可愛らしい桃を追い掛けてばっかりだなんて」
セルリアーナを撃破出来たと思ったのか、攻略者三人達は主人公を囲んでいなくなった。
婚約者である貴族令嬢達は、セルリアーナのこの一言で我を取り戻したのか、一斉に憤りを全面に出し始めた。先程までは顔を青褪めて、立っているのもやっとだったのに。
「私の視界外で愛を育んで頂けると、手間も省けるのですが。だって、貴族としてはあの振る舞いは些か……」
「あんな見せ付けるように腕を組んで行かれるなんて」
「し、しかも……チャンベラさん、私の婚約者ともですよ?!」
「……それに誤解を招かれても困りますし。他の方にも示しが付きませんわよね、皆さん?」
手を叩いて、騒然とした場を治めてから集まった生徒達を解散させる。
ギャラリーには退散してもらい、何気無く集まった二人は一向にセルリアーナから離れようとしない。
「エスメラルディ様、ありがとうございます」
「御礼を言われることは、わたくしはしていないですわ」
「いえ、あの状況で声を上げて下さったから、私達……貴族令嬢は惨めな気持ちにならずに済みました」
「確かに彼女の自由な振る舞いは、少し度が過ぎておりますね。誰かが悪者になってでも、わたくしはあの場を諌める必要がありましたの。逆に気を遣わせてしまいましたね」
「そんな…………っ」
「エスメラルディ様はなんて御心がお広いのでしょう……っ」
「このペルシャ伯爵が娘、ノエラ・ペルシャ。貴女様に感銘を受けました」
「わ、私……シュリシュナータ・ティモラスビーテ……と申します。ティモラスビーテ侯爵家の第二息女、として……あの」
「はっきり言いなさいよ柱の一員なくせに!」
「だ、だってえ……うう、あの……エスメラルディ様と取り敢えず、そのまずはランチでも……なんて」
ポニーテールの高慢な印象を受ける、ノエラ・ペルシャ。
ペルシャ伯爵家は大地に恵みを与える水や土魔法を宿す魔力保持者として、主に農林水産業が栄えた広大な領地を統治する柱の一家だ。騎士団に従属する予定の攻略者(筋肉バカ)の婚約者である。
(ペルシャ伯爵夫人は温厚で、社交界でもあまり目立った印象はないけれど……。孤児院や教会に寄付したり、生活困窮者に手を差し伸べる善良な女性だったわね)
次に土下座紛いな状態で制服の裾を完全に汚し、首を垂れるのはシュリシュナータ・ティモラスビーテだ。
彼女は丸眼鏡に重たい前髪をした、根暗な風貌だが家格はセルリアーナと同等の侯爵家である。
けれども彼女がセルリアーナを崇める理由の一つとして、エスメラルディ侯爵家はそもそもが高嶺の存在だ。
(彼女はインテリツンデレ眼鏡の婚約者ね。本の虫で、教室内でもかなり浮いている侯爵令嬢だと……周りが陰口叩いていたのを小耳に挟んだくらいかしら)
第二王子殿下と婚約関係で、且つ生活資源の魔力を供給させ循環する最も重要な支柱で負担の大きい、大黒柱を長年担っている。
これはエスメラルディ侯爵家が貴族を暗殺したり、国家転覆を図らなければほぼ崩されぬだけの基盤があった。
何かあれば全面戦争間違い無しで、機嫌を損ねれば魔力提供を拒否し、王国民のライフラインを著しく揺るがせるだけの実権と力がある。
(ただ、幼馴染ポジ攻略者の、昔結婚の約束した身分違いの子爵令嬢がいなかったのは痛手だわね)
マイカの幼馴染は平民で、近所に商店を細々としている。身分差や四つ上の歳上キャラクター設定で、兄と妹の様な関係性が恋を芽生えるのは必然とも言えよう。
好青年で孤児に読み書きを教えたりする、非の打ち所がない幼馴染は昔身分差の関係で泣く泣く道を違えた初恋の女性がいる。
それがマイカの友人である、子爵令嬢だ。名前は出て来ないので、モブ中のモブなのかもしれない。
そもそも攻略対象者の婚約者にも名前があるのは当たり前なことで、ゲーム内では出現しなくとも実際彼女達はこの世界で生きている。
現実を身に沁みて、セルリアーナは床に膝を付くシュリシュナータの手を取った。
「まずは親睦を深める為に、ランチでもいかが?」
「ぜ、ぜひお供させて下さい!」
「うわあい、あのお、ところでエスメラルディ様って良い匂いしますねえ」
「シュシュ!! アンタその発言はガチでまずいってば!!」
「そのガサツで男勝りな性格だから可愛げ無いって、言われたくせに……」
「カビ生えてそうな陰気な自生したキノコ令嬢よりはマシだわ」
「ううううあああああ私だって別に好きで婚約した訳じゃあないもんんんんんん本の虫で何が悪いのよおおおおおお」
「あたしだって女だろうと次期伯爵家当主になりたい夢があったのに、鼻で笑われて花嫁修行は? だぞ? マジであいつ百回股間蹴り飛ばして種死滅させてやりたいわクソクソクソ!!」
二人のぶっ飛んだ会話が、転生前に流行した恋愛リアリティーショーで繰り広げるドラマと同じで目が点になってしまった。
(フィクションドラマじゃない、生きた人間が此処にはいて……。私は心の何処かで他人行儀になっていたのね)
彼女達の口振りからして、例え婚約破棄になろうとも勇猛で自立心のある令嬢だ。果敢に立ち向かい、逆に成敗しそうな熱情を感じる。
これなら問題無いな、とセルリアーナは確信を持って二人をテラスに連れて行ったのだった。
色眼鏡無く、飛び交う信憑性の欠ける噂にも惑わされない公平な目を持つ人材を二人も引き入れられた功績は大きいだろう。
(でも、現実なのよ、私も……生きているのだから。セルリアーナとして────)
セルリアーナはすっかり、マイカのぶつけられた禁句を忘れて歩みを進めたのだった。




