1 氷花の令嬢の中身は爆誕オタク
【あらすじ シュミレーション→シミュレーション、両手を挙げて→諸手を挙げて】「見て、氷花の令嬢よ」
「相変わらず凍てつく程の氷を纏った方ね」
「聞きましてよ? つい数日前に第二王子殿下へ五秒目があったからと、学院内で子爵令嬢の足を凍らせただとか」
「軽い凍傷で済んだものの、殿下がお止めしなかったらとんだ大惨事に」
「ああ怖い怖い、触れればどんなものも氷漬けにするエスメラルディ侯爵家の氷花」
「数々の愚行と傲慢で卑劣な振る舞いと所業は、次期王族の名に連なる者として、相応しく無い悪烈さ────セルリアーナ・エスメラルディ! 貴様と本日を持って、婚約破棄する!!」
学院で不祥事を起こして、謹慎処分を言い渡された悪役令嬢ことセルリアーナ・エスメラルディ。凍てつく氷魔法を操り、人々から畏怖される存在はある意味で名を轟かせていた。
(どんなに美しく家柄も良かろうと、恋は盲目なのかしら?)
元限界社畜OLの遠藤芹は百周したであろう乙女ゲーム『光の先に続く真愛』に転生したらしい。
極々一般的な家庭に育って、それなりにオタク活動に励み、退勤後は毎日ゲームに明け暮れていた恋人いない歴=年齢の喪女である。
だが、残業続きの後にむしゃくしゃして、ゲームをする為に栄養ドリンクと眠気覚ましを大量摂取して起動した途端。激しい頭痛に襲われて意識を失った。
すると、天蓋付きのベッドにいた。今に至る。
侍女がすっ飛んで来て謹慎処分をされた後、階段から転落し頭を強く打ったと説明されて、やっと置かれた状況を理解したのだ。
元プレイヤーとしては、攻略本も制作裏側の設定も読み込んだ側としては些か問題が多過ぎた。
事の顛末を理解するにも、あっさり飲み込みが良いのはやり込んだゲームだからか。いや、それにしては状況が悪過ぎる。
(モブスタートかな? それなら好都合なんだけど……)
見覚えのある景色には、回想シーンで羽枕を飛び散らしていたある令嬢が居た部屋。これはまさか、と鏡を覗き込む。
(ま、まじかあ……こういう転生物って、主人公スタートが王道なのに……)
サファイアの瞳と美貌が飛び込んできて、卒倒しそうになった。まさか、此処は私がいた現実世界では無いと言うことをより鮮明に、自覚させられたのだ。
『光の先に続く真愛』は発売当初から再販が追い付かぬくらい人気を誇る、恋愛シミュレーションゲームである。
主人公が五十年に一度に一人現れる稀に見る光属性で、治癒魔法が使える担い手であることから物語が進行する。
舞台は魔法が根付く世界線である、グランドル王国。上級貴族から成績優秀者の平民が門手を開く、王立高等学院に特待生として編入し、数々の壁を乗り越え攻略対象者と恋を育むのだ。
そんな中で、共通しているのは悪役の妨害である。
「動線に何故いらっしゃるの? この私が歩む道を塞ぐなんて、どんな神経してるのかしら。氷漬けにして差し上げましょうか、わたくしの温情で」
「あら失礼。汚い物は視界に映さない主義なの」
「平民の分際で、高貴なる殿下に御目を掛けて頂けると思ってらして?! わたくしこそ未来の王子妃としての相応しい人材であるのに、器量の無い愚図はお呼びじゃ無いのよ!!」
数々の暴言と貴族の肩書き、そして権力を振り翳す悪女。
それが悪役令嬢として主人公の前に立ちはだかり、陰湿な虐めや時には家族を巻き込んだ嫌がらせをするセルリアーナ・エスメラルディだ。今の体である。
(まさかこの私が……悪女に転生だ、なんて)
マゼンタカラーの縦に巻かれた長い艶やかな髪に、人を寄せ付けぬサファイアの切れ長の瞳。豊満でスタイルの良い身体に、誰もが羨む財力と家柄。
王家へ長きに渡り忠誠を誓う公爵家の次に、繋がりが濃いとされる名家はエスメラルディ侯爵家である。
財力も美貌も魔力量の膨大さに加えて、セルリアーナが誇る氷魔法は全てを凍て付く世界へと変貌させる程の威力だ。
攻撃魔法にも、盾としても頑丈で大気中の水分を魔力で氷結させるので永遠に魔力が枯渇せねば繰り出せる。最早、生きる戦力だ。
だが、未来の王子妃として王家を背負い、長年小競り合いをしてきた隣国と膠着状態から不可侵条約を締結してからは戦場へ赴くことも無くなった。
よって王国の生活エネルギーを魔力で補う五つの柱を支える栄誉を抜擢されたのが、エスメラルディ侯爵家だった。要するに膨大な内に秘める魔力過多を、資源として提供しているのだ。
その為多少の我儘は罷り通り、こうして暴悪なる令嬢として君臨したのであった。
そんな中、セルリアーナの立場を揺らがせる人物が現れた。颯爽と肩までのテラコッタオレンジヘアーに、零れ落ちそうな大きな眼を持つ、主人公マイカ・チャンベラだ。
(可愛さ爆裂主人公、マイカちゃんは特別なのよねー……あの可愛さったら……)
ゲーム内では主人公の光属性として特別扱いされる。何故ならば、回復魔法を使える担い手であり、治療院では人手も足りずグランドル王国の財産とも言われているからだ。
主人公は特待生として王立学院に入学すると、その天真爛漫で型破りな自由さに、多くの男性を魅了する。
そして、決まり文句として用意された主人公の為に作られたゲームは、身分の差のあるシンデレラストーリーがプレイヤーを待っている。
これが主人公補正。全部、主人公が幸せを掴む為に、悪役も悲劇もシステムに組み込まれている。
はあああと深い溜息を盛大に漏らした。セルリアーナの体はベッドに沈む。上質なベッドが今は憎い。
フッカフカのベッドに横たわって、それからスンと鼻を鳴らす。
(これって、ガチの死亡フラグしか立っておりませんよね????)
死んだ。死ぬ為の建前しか無い。
(死ぬ死ぬ死ぬ、こればっかりは死ぬってばああああ!!!!)
絶望に伏して、枕を抱えて悶えた。もう死を回避する為の手段なんて無い。と思ったら。
始まりました。推しの為ならば我が道を行く悪役令嬢と、王家お抱えの暗躍者でヒロインにストーキングされる不憫(?)なヒーローの話です。テンション爆上げ、そして権力駆使して推し活奮闘するぶっ飛んだ物理的にも最強ヒロインをお楽しみ下さいませ。
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