9.ドレスを作ろう
「ところで殿下、この衣装は、たいそう格式高いものではありませんか? それこそ、国王陛下に謁見を賜る際にお召しになるような……」
「はい、今日はこれから、レーギョン様のところへご挨拶に伺おうと思って!」
張り切って告げると、ロウィーナ男爵夫人は、ちょっと困ったような表情になった。
「まあ、そうなんですのね。……あの、陛下は本日、あまりお顔の色も優れず、伏せったままでおられるとお聞きいたしました。ご挨拶は、明日にされたほうがよろしいかと」
「え!」
わたしはショックを受け、固まった。
昨日も寝台に伏せっていたのに、それ以上に体調が悪いなんて。
もうじき死んでしまうだろう、とはわかっているけど、でも、もし今日そうなってしまったら、どうしよう。
「あの、殿下、大丈夫ですわ。最近の陛下はお顔の色もよく、体調もずいぶんと回復されたと伺っております。昨日は殿下とお会いになられ、たいそうお喜びのご様子だったとか。そのせいで、少々お疲れになられたようです。明日にはまた、お会いすることがかないますわ」
「そうなんですか……」
レギオン様、ほんとに弱いんだな……。わたしと会っただけで、疲れて体調が悪くなっちゃうなんて。
勢いよく抱き着いたりしたら、それだけで死んじゃうかもしれない。気をつけないと。
「殿下、もしよろしければ、ベルガー王国のドレスもお召しになりませんか?」
ロウィーナ男爵夫人が、しょんぼりしたわたしを慰めるように、やさしく言った。そして、さりげなくわたしの服の襟元を引き上げ、ささっと帯を結び直してくれた。
「ドレス?」
「ええ、せっかく殿下にベルガー王国にいらしていただいたのですもの。ぜひこちらのドレスもお召しになっていただきたいのです」
わたしはロウィーナ男爵夫人を見た。
ロウィーナ男爵夫人は、胴回りをきゅっと絞り、裾にかけてふわりと広がったドレスを着ている。たしかに可愛いし、夫人によく似合っていると思うけど、なんか窮屈そうだ。
「大丈夫ですわ、殿下」
ロウィーナ男爵夫人が、わたしの表情を見て言った。
「お任せいただければ、締め付けがなく動きやすい、殿下の魅力を引き出すようなドレスを作ってみせますわ。いかがでしょう?」
ベルガー王国風のドレスかあ。
わたしはマイアを振り返り、尋ねた。
「どう思う、マイア? わたし、ベルガー王国のドレスって似合うかな?」
「ええ、もちろん!」
マイアは満面の笑みでわたしを見た。
「姫様なら、ベルガー王国のドレスもきっとお似合いです。王国一の美姫となられますわ!」
「そうかな? クラース卿もそう思いますか?」
「えっ!? ……ああ、ええ、はい」
クラウス卿はこちらを見ないまま、慌てたように言った。
「その、とにかく服……、何か着ていただければ、それで」
「……閣下、もうこちらをご覧になっても大丈夫です。殿下は服を着ておられますから」
ロウィーナ男爵夫人が、クラウス卿を哀れむように見て言った。
「さあ、ではこちらに御用商人をお呼びいたしますわね。どのような布地、色、デザインがよろしいかしら……、楽しみですわね!」
弾むような声で言われ、わたしも笑顔になった。
うん、せっかくベルガー王国に来たんだから、ベルガー王国の服も着たほうがいいよね。
ロウィーナ男爵夫人のうきうきした様子に、わたしもつられて楽しみになってきた。
「へー。それじゃ、ローナ男爵夫人の弟さんが、ベーチェリ商会の当主なんですね」
商人が来るまでの間、わたしはロウィーナ男爵夫人とお茶を飲みながら待つことにした。クラウス卿は仕事があるということで帰ってしまった。残念だ。
「ええ、弟が当主となり、わたくしが補佐を務めさせていただいております。……草原の方とも、わが商会はお取引があるんですのよ」
「そうなんですか。マイア、知ってる?」
隣に座るマイアに聞くと、
「ええ、ベーチェリ商会の名はわたしも聞き及んでおります。ルコルダル王家とのお取引もあったかと思いますが」
その言葉に、ロウィーナ男爵夫人は花が咲くような笑みを浮かべた。
「光栄ですわ。……もう何年もかけて、ようやく草原の幻とも呼ばれる王家、ルコルダルの皆さまとの縁に恵まれましたこと、わがベルチェリ商会の誉れにございます」
「まぼろし?」
わたしは首をひねった。
「父上もわたしもリーチェも、いつも草原にいるけど」
「ええ、ルコルダル王家の皆さまは、常に草原におられます。……ですが、草原は広うございますもの。王族の皆さまが、草原のどこに、いついらっしゃるか、それは草原の神のみがご存じのこと。昨日は草原の南、レグシャの泉におられたかと思えば、今日は北の氷原にまで狩りに出ておられる。……ルコルダル王家の皆さまと縁を結ぶのは不可能に近いと、そう言われるのもあながち間違いではないと思いますわ」
「へー。そんな風に思われてるんですね! でも草原にいれば、だいたい何となくわかりますよ、誰がどこにいるのかって。それに、クラース卿もよく、父上に会いにきてたみたいだし」
わたしの言葉に、ロウィーナ男爵夫人は目を伏せた。
「それは恐らく、サムエリ公爵家独自の連絡方法をお使いなのだと思いますわ。サムエリ公爵閣下は、ベルガー王家の姫君を曾祖母にいただいておられます。同じく現ベルガー王の伯父にあたられるオーラング様を、カーチェ様のお母上は、王配として迎えられました。そのご縁で、サムエリ公爵家はルコルダル王家と繋がりをお持ちなのでしょう」
ふうん、とわたしは頷いた。マイアもにこにこしてロウィーナ男爵夫人の話を聞いている。
「ローナ男爵夫人は、物知りなんですね!」
「さあ、どうでしょう。わたくしはただ単に、商いで人と関わる機会が多いというだけですから。……ああ、御用商人が参ったようですわ。こちらのお部屋に入れてもよろしゅうございますか? それとも殿下が控えの間にいらっしゃいます?」
「どっちでもいいですよ!」
わたしが返事をすると、ロウィーナ男爵夫人は部屋の隅に行き、テーブルに置かれた小さな半円の置物をポンと押した。
そして、パンパンと手を叩くと、控えの間に向かって声を張った。
「それでは皆さん、こちらへどうぞ! カーチェ・ルコルダル殿下にご挨拶を!」
「ローナ男爵夫人、その丸いの、なんなんですか?」
「ああ、これは」
ロウィーナ男爵夫人は、なぜか照れたように頬を染め、言った。
「これは、その、宮廷魔術師団長が作成された、結界魔道具ですの。このように手で押すだけで、部屋の結界を張ったり解いたりできます。……とても優れた魔道具ですわ」
「へー」
わたしは立ち上がり、ロウィーナ男爵夫人の隣に行って、その魔道具を見た。
「こんな魔道具、草原にはありません! ……まあ、あっても使わないと思いますが」
「そうですわねえ、草原では結界を張ろうなどと考える者はおりませんからねえ」
マイアも頷いて言った。
「ええ、草原ではあまり、会話を秘密にしたり、居所を仕切ったりといったことがありませんものね。……ベルガー王国には、いろいろと秘密が多うございますから」
ロウィーナ男爵夫人が、くすっと笑った。
秘密が多い……、それはわたしも聞いたことがある!
ベルガー王国の二つ名はたくさんあって、神秘の国、石の国、秘密の国、……それから、魔法の国、だっけ。
「魔道具は、使っても平気なんだけどなあ」
わたしのつぶやきに、ロウィーナ男爵夫人が困ったような表情になった。
「ああ……、ルコルダル王家の皆さまは、あまり魔法をお好きではないと伺っております」
「好きじゃないっていうか、もう、大っ嫌いです!」
「そうですわ、王家の方々ばかりではなく、草原の民全員が、魔法を嫌っておりますわ!」
わたしとマイアが力強く言った。
「そ……、そう、なんですのね。ええと……、あ、布地商がきておりますわ、いくつか見本を並べさせましょう」
ロウィーナ男爵夫人はそう言うと、部屋に入ってきた商人のもとにそそくさと向かった。
そちらを見ると、丁寧に巻かれた布地の山が目に飛び込んできた。
「すごい。ツヤツヤしてる!」
「これは絹ですわ。夜の催しに最適ですわよ。夜はどうしても昼間に比べて照度が低くなりますけれど、絹なら地模様を浮き上がらせるような織り方もできますから、見栄えがよろしいかと」
部屋の中央にある大きなテーブルの上に、商人たちが、斜めに重ねるようにして布地の束を積み上げてゆく。
持ってきた布地をすべて積み上げると、商人たちはわたしの前にひざまずいた。一番前の商人が、うやうやしい口調で言う。
「はるか遠き東方の地、風吹きわたる草原よりお越しの姫君、カーチェ・ルコルダル殿下にご挨拶申し上げます。わたくしめは石の国、ベルガー王国にて商いをいたす者、アーサー・フランケルと申します。姫君ご所望の品をなんなりとお申しつけくださいませ」
草原風の挨拶に、わたしは嬉しくなって言った。
「それではアーサー・フランケル、汝に申しつけよう! 我は、我が身にまとうベルガー王国のドレスを所望する! 見事作り上げれば褒美は望みのままぞ! したが、しくじれば汝が命はなきものと知れ!」
草原での問答形式にのっとった答えを意気揚々と返すと、
「ははっ!」
アーサーという商人が、かしこまって頭を下げた。
「殿下が袖を通されるドレスを任せていただき、光栄の至りにございます。必ずやお気に召すものをお作りいたしますこと、ここにお誓い申し上げます」
「どんなドレスがよろしいかしら」
「姫様、楽しみですわねえ」
ロウィーナ男爵夫人とマイアが、楽しそうに言う。
うん、わたしも楽しみ!




