7.お肉が食べたい
「姫様、お召し替えはどうされますか?」
「うーん、適当でいいわ。今日はわたしのお世話係の人が来るんでしょ? 問題があったら、その人に着替えさせてもらえばいいし」
次の日、わたしは自室で朝食をとった後、マイアに着替えさせてもらった。服装一つとっても、この国のしきたりとかいろいろあるんだろうけど、それはそうした事に詳しい人に任せればいい。
それより問題は、朝食だ。
「量も少なすぎるし、何より、肉がない……」
「たしかに。兎の餌かと思いましたわ」
わたしの感想に、マイアも頷いて言った。
石の国の民は、みなこんなに小食なのだろうか?
数種類のパンに卵料理、スープにサラダ、デザートにお茶で終わりだなんて。肉を食べないだなんて、どうかしている。
「……ベルガー王国では、肉より魚のほうが好まれているのかな? たしかに、ベルガー王国は冬でも雪に閉ざされない不凍港を持っているけど、それほど海産物の流通量は多くなかったと思うんだけど」
「どうなんでしょう。でも、朝食には魚もありませんでしたよ」
「そうだね。肉も魚もなかったね……」
わたしはため息をついた。
ひょっとして、貴族派の連中が、食事でも嫌がらせをしているんだろうか。
でも普通、襲撃を計画するくらいの過激派なら、朝食から肉を抜くとかの地味な嫌がらせじゃなくて、毒殺とか、もっとこう、直接的な行動をとるんじゃなかろうか。
「もうさ、王都近郊の森にでも行って、なんか仕留めて来るしかないかな?」
「そうですわねえ。ただ、もうすぐカーチェ様のお世話係の方がいらっしゃるはずです。その方に事情をお伺いしてから、お決めになられたほうがよろしいのでは?」
「世話係かあ。どんな人だろう」
クラウス卿が手配したのだから、国王派、それもかなりサムエリ公爵家と密接な繋がりを持つ人物だろう。どんな人なのか気になる。
マイアとあれこれ話していると、昨日クラウス卿から紹介された、セレス・ダルシアが先触れとして部屋を訪れた。
「殿下、失礼いたします。サムエリ公爵閣下と、殿下のお世話係に任じられたロウィーナ男爵夫人がお見えです。お通ししてもよろしいでしょうか?」
セレスの言葉に、わたしは頷いた。
「はい、通してください」
石の都って、まどろっこしい。
先触れを告げるセレスを見ながら、わたしは文化の違いを痛感していた。
草原でも、もちろん客の訪れを告げる先触れはいる。でもそれは、到着まで何日もかかるような遠方からの客を知らせる場合がほとんどで、日常的な訪問にいちいち先触れなんか出さない。たとえ王族であっても、来たぞ、おう待ってた、の二言で終わりだ。
いつかわたしも、石の都の流儀に慣れるんだろうか。
……いや、わたしがベルガー王国の女王になるなら、わたしがやりやすいようにしきたりを変えてしまうほうが早いかもしれない。
「殿下、失礼いたします。殿下のお世話係として、ロウィーナ男爵夫人ライラ・マクシリティ殿をご紹介いたします」
クラウス卿は部屋に入ると、膝を折り、言った。
昨日と同じような黒っぽい地味な服装をしているけれど、やっぱりクラウス卿は素敵だった。でも、わたしはクラウス卿より、その背後に控えているロウィーナ男爵夫人に目を奪われた。
「初めまして、殿下」
ロウィーナ男爵夫人は、わたしの前に進み出ると、ふわりと腰を落として礼をした。
やわらかそうな干し草色の巻き毛に、大きな若葉色の瞳をしている。軽やかで優雅で……、まるで、妖精のようだった。
「ライラ・マクシリティと申します。殿下におかれましては、ご機嫌うるわしゅう……」
「ローナ男爵夫人……、ラーラ・マクシーテ?」
うまく発音できないのがもどかしい。
わたしはロウィーナ男爵夫人の許に駆け寄ると、ガッとその手をつかんだ。
「……えっ?」
クラウス卿が驚いたような声を上げる。それを無視し、わたしはロウィーナ男爵夫人に高らかに告げた。
「ローナ男爵夫人! わたしの愛人になってください!」
「まあ」
ロウィーナ男爵夫人が、驚いたようにその大きな緑の瞳を見開いた。可愛い。可愛い!
「お願いします!」
わたしはバッと頭を下げた。
こんなに可愛い人が、石の都にいたなんて!
なんてことだろう。クラウス卿も素敵だけど、この女性は可愛くって綺麗で、まるで妖精みたいだ。……なんとしても愛人にしたい!
「まあ、姫様。良かったですわねえ」
マイアがにこにこしている。
昨日の事でマイアはわたしを心配していたから、さっそくわたしに二人目の愛人候補ができたことを、喜んでくれているんだろう。
「あの、ありがとうございます、殿下。とても光栄なお申し出ですわ」
ロウィーナ男爵夫人がにっこり笑って言った。わたしはぎゅうっと男爵夫人の手を握り、勢い込んで言った。
「愛人になってくれますか!?」
「そうですわねえ、どういたしましょう」
ロウィーナ男爵夫人は思わせぶりに小首を傾げ、わたしを見た。
「ああ、ローナ男爵夫人、お願いです! あなたは可愛らしく、妖精のようです! あなたが愛人になってくれるなら、なんでもします! わたしにできる事なら、なんでも!」
「……えっ、で、殿下、あの、殿下……、ちょっ……、あの、お待ちください!」
クラウス卿が慌てたように言った。
「殿下、その……、ええと、ロウィーナ男爵夫人には、夫がいます!」
「夫?」
わたしはクラウス卿とロウィーナ男爵夫人を見比べた。
そっか。言われてみれば、男爵夫人という肩書なんだから、夫がいて当然だ。
「それでは、ローナ男爵夫人のご夫君に、許可を取る必要がありますね!」
「殿下!」
クラウス卿が叫んだ。
「そんな……、殿下、いったいどう……、なぜ」
「クラース卿?」
取り乱すクラウス卿に、わたしは首を傾げた。
「どうしましたか、クラース卿?」
「……どう……、どう、とは」
クラウス卿はうろうろと視線をさまよわせてから、意を決したように口を開いた。
「殿下、殿下は昨日……、私に、愛人になってほしいと、そう仰せでは」
「はい」
わたしは頷いた。
「クラース卿にも、愛人になってほしいです」
わたしの返事に、クラウス卿は眉根を寄せた。
「私にも? にも、とは……、殿下は、私とロウィーナ男爵夫人、二人とも愛人にしたいと、そう望まれているのですか?」
「はい、そうです!」
元気よく答えると、クラウス卿が絶句した。
「……あのう……」
わたしとクラウス卿に挟まれたロウィーナ男爵夫人が、遠慮がちに口を挟んだ。
「おそらく、殿下とサムエリ公爵閣下との間には、草原の文化的慣習に関して、いくつか齟齬があるのではないかと思われますわ。よければご説明いたしますので……」
ロウィーナ男爵夫人の言葉に、わたしは重大な問題を思い出した。
「文化的慣習! ああ、そうだ、ローナ男爵夫人、わたしもそれについて、教えてほしいことがありました!」
「まあ、どんなことでしょう? わたくしでわかることでしたら、何なりと」
優しく微笑むロウィーナ男爵夫人に、わたしは勢い込んで言った。
「ベルガー王国の朝食に、肉が出ないのは何故ですか!? これも文化的慣習の違いなのですか!? それとも、ひょっとして、これは嫌がらせなのでしょうか!?」
クラウス卿とロウィーナ男爵夫人が、一瞬、動きを止めた。
驚いたのだろうか。
でも、これは重要な問題だ。
わたしは熱のこもった眼差しでロウィーナ男爵夫人を見た。
愛人問題はともかく、肉のない食事なんて耐えられない。なんとか解決しないと!




