57.結婚します
「えっ……」
クラウス卿は、虚を突かれたような表情でわたしを見上げた。
「けっこん」
「そうです!」
わたしが頷くと、
「……なんでそんな結論になるのだ!?」
横でヘルムートが唖然として言った。
「ベルガーの名を継げぬからといって、なぜサムエリになる必要が!?」
「違う! クラース卿が、ルコルダルになるの!」
わたしは胸を張って言った。
「わたしはルコルダルのまま女王になるから、クラース卿はクラース・ルコルダル王配殿下になる!」
ぽかんとしたままのヘルムートに、わたしは噛んで含めるように言った。
「レーギョン様が神聖帝国にいらっしゃる間、わたしは仮の女王とならねばならない。……が、いかに王家の瞳を持っているといっても、貴族たちの反発は必至だ。それを押さえ込むには、武力だけでは足りない。サムエリ公爵家の力が必要だ」
わたしは、ヘルムートと同じく、唖然とするクラウス卿を見た。
「……それに、クラース卿はわたしに、誰とも結婚してほしくないと言った。それなら、クラース卿とわたしが結婚すればいい」
「いや、だからと言ってそんな……」
ヘルムートが驚愕している。
わたしはソファを滑り降り、しゃがみ込んでクラウス卿と視線を合わせた。
「クラース卿、わたしと結婚してくれる?」
「けっこん」
「うん。……苦労させると思う。すぐ戦になるし、わたしが女王となっても、クラース卿に贅沢三昧はさせられない。女王でいられるのはほんの数年だから、家門の栄達も図れないでしょう」
「殿下……」
クラウス卿の声が震えている。
「それでも、わたしの夫になってほしい」
「殿下」
クラウス卿が手を伸ばし、わたしの手を握った。そのまま、手の甲に口づける。
「喜んで……。殿下、喜んで、お受けいたします」
ぽたぽたと手の甲に、クラウス卿の涙が落ちた。
「これほどの……、喜びは、ありません。家門の栄達など……、贅沢など、なにも、なにも……、いりません。殿下……」
「カーチェです」
わたしはクラウス卿の両頬を手で挟み、顔を上げさせた。涙に濡れた暗褐色の瞳が、きらきらと輝いている。
「夫婦なのだから、名前で呼んでください」
「でん……、……」
「クラース」
ちゅっとクラウス卿の唇に口づけると、「ぴゃああ!」と横から奇声が上がった。
「ヘルムットー、黙らぬと刺すぞ!」
横を見ぬまま鋭く言うと、むぐっと詰まったような音が聞こえた。
「クラース」
「……カ、カー……」
名前を口にするだけなんだけど、クラウス卿はすごく言いづらそうで、顔を真っ赤にしている。これは後回しにしよう、と思い、わたしは立ち上がった。
「よし、ではすぐに、レーギョン様の神聖帝国受け入れに向けて動いてください! クラース卿、サムエリ公爵家は、神聖帝国と繋がりがあるのですか?」
「えっ? あ、はい……、え?」
クラウス卿が目を白黒させている。
「……おまえ、切り替え早すぎだろう……」
ヘルムートが呻くように言った。が、
「レーギョン様のお体の状態は、一刻を争う。急がねばならない」
わたしの言葉に、クラウス卿がハッと表情を改めた。
「……そう、そうです。時間がない。急がねば」
クラウス卿は自分に言い聞かせるように言うと、ちょっとフラフラしながら立ち上がった。
「殿下、私はすぐに神聖帝国と連絡を取り、陛下の受け入れに向けて動くことにします。殿下はベルガー王国の女王として宣布を行うため、準備をしてください。具体的な流れについては、ライラ殿から詳細を説明してもらいます」
「ならば私は、レギオン陛下崩御の偽装をするか」
ヘルムートはさらりと言った。
「ヘルムート卿、それは……」
クラウス卿が言い淀んだ。だがヘルムートは、淡々と言った。
「そうするほかあるまい。ベルガー王国の王が、暗殺者の手によって呪いをかけられたと、国内外に発表するのか? そのために神聖帝国へ向かうと? ……そのようなことは出来ぬ。だからこそ、殿下も仮の女王となることを受け入れたというに」
「しかし、もし事が露見すれば、ヘルムート卿も罪に問われることになるでしょう」
「それが何だ」
ヘルムートはふん、鼻を鳴らし、偉そうにふんぞり返って言った。
「私は宮廷魔術師団長だ。就任の際、王国に忠誠を誓っている。その誓いに従う時が来たというだけだ。私は、誓いを守る」
クラウス卿はヘルムートに膝を折り、頭を下げた。
「……感謝いたします、ヘルムート卿」
「別に感謝されるようなことではない。私は自分の義務を果たすだけだ。……それに、アホな貴族どもに早々に見破られるような、そんなお粗末な偽装をこの私がすると思うのか」
失礼な、とつんとそっぽを向くヘルムートに、クラウス卿が苦笑した。
「……申し訳ありませんでした、ヘルムート卿。たしかにおっしゃる通りです。ベルガー王国の誇る宮廷魔術師団長に対して、失礼なことを申しました」
「ヘルムットー、ありがとう」
わたしも礼を言うと、ヘルムートは「別におまえらの為じゃないから!」と視線をさまよわせながら言った。
「クラース卿、お願いがあるんですけど」
わたしの言葉に、クラウス卿は嬉しそうな笑みを浮かべ、ぎゅっとわたしの手を握った。
「なんでしょう、でん……、カ、カーチェ……さま。私にできることでしたら、何でもいたします」
「ありがとう! じゃあ、ヘロードもここに呼んでもらっていいですか?」
「……え?」
クラウス卿が、笑顔のまま固まった。
「ヘロードにも、事情を説明して協力させたいんです」
「「……え?」」
ヘルムートまで固まっている。
「二人とも、しっかりして下さい! ヘロードはレーマン侯爵家の人間です! サートーベ伯爵は、ヘロードの妹の夫なのだから、その内情を探らせるのに、これ以上の適役はいないでしょう?」
「……それは……、そうかもしれませんが」
クラウス卿がイヤそうな顔をしている。
なんだろう。ヘルムートだけじゃなくて、クラウス卿までハロルドが苦手なんだろうか。
味方同士なのに、困ったなあ……。




