56.求婚
「殿下、ご説明が遅れて申し訳ありません」
イライラするわたしに気づいて、クラウス卿が困ったような表情で謝罪した。
「けっして殿下を蔑ろにしたわけではないのです。ただ、陛下のご病状を鑑みるに、今はなるべくご容態を悪化させぬよう……」
「ああ、違うんです、レーギョン様にお会いできないことについては納得しているし、ぜんぜん怒ってなんかいません。ただ、この場所がイヤなだけです!」
わたしは声を張り上げた。
「なんでまた、魔術師の塔に来なくちゃならないんですか!?」
ヘルムートとクラウス卿が、レギオン様へ三年前の事件と呪術との関わりについて奏上した後、どういう結論を出したのか、それを説明する場を設けてくれたのだが、それが何故か魔術師の塔、またもやヘルムートの執務室だったのだ。
「私だって、魔術の素晴らしさを理解せぬやつを魔術師の塔に入れたくなどない。……が、仕方なかろう! おまえが私の結界を粉々にしてくれたおかげで、新しい結界がまだ根付かんのだ! 恨むなら己を恨め!」
ふんっとヘルムートがそっぽを向いた。
「結界……」
「ヘルムート卿の話によれば、殿下はあの夜、結界魔法のみならず、その素地となる魔術の土台まで破壊されていたとのこと。……道理で簡易結界すら、なかなか張れなかったわけです」
クラウス卿がちらりとわたしを見て、ため息をついた。
とりあえずお座り下さい、とソファを指し示されたが、この前と同じ、黒くてイヤ~な空気がただよっている。絶対座りたくない! と思っていたら、
「どうぞ、殿下」
クラウス卿はマントを脱ぐと、ソファの上にさっと広げてわたしを見た。
「これならば大丈夫でしょうか?」
「クラース卿、すごい!」
わたしは驚いてソファを見た。クラウス卿のマントがかけられた部分は、黒くない。キラキラ光っている。
「マントの上は、綺麗です!」
ヘルムートが苦々しい表情で言った。
「きさま、まるでこのソファが汚れているような言いようだな?」
「……実際、少々汚れているようですが……」
クラウス卿のつぶやきに、ヘルムートは鋭い視線を向けた。
「何か言ったか、サムエリ公!?」
「いえ、何も」
わたしとクラウス卿は並んでソファに座り、ヘルムートはこの前と同じく、執務机の椅子に座った。
「……殿下、先ほどの話の続きですが」
隣に座ったクラウス卿は、じっとわたしを見つめて言った。
「殿下が結界を破壊された夜、殿下は草原の……、ラジラスの氏族と連絡をとられたのだとか」
「あっ、うん……、それは、えっと、はい……」
なんだかクラウス卿から静かな怒りを感じ、わたしは首をすくめた。
「ラジラスの……、バルドール殿、でしたか。殿下のお従兄の。連絡を取られた後、その方と秘密裡に会い、国王派へ寝返らせたとも伺いました」
「寝返ったっていうか、バルドは元々、貴族派でもないし」
「……そうでしたね。彼はただ、殿下を手に入れんが為に、この石の国までやって来たのでしたね」
なんだろう。別にクラウス卿は声を荒げているわけでも、わたしを責めているわけでもない。
なのに、なんか、なんか……。
わたしは、執務机に突っ伏すようにして存在感を消しているヘルムートを見た。
「ヘルムットー、何とか言ってよ」
「何とかって、なにを!?」
ヘルムートは椅子に座ったまま飛び上がった。
「頼むから、そういうゴタゴタに私を巻き込まんでくれ! バルドール殿について、私に何を言えと!? 私は、ハロルドっぽいやつは苦手なんだ!」
クラウス卿は、ちらりとヘルムートを見て言った。
「……なるほど。バルドール殿は、レーマン侯爵家のハロルド殿に似ていらっしゃるのですね」
「えー、ぜんぜん似てないよ!」
「ああ、そっくりだった」
わたしとヘルムートの声が重なり、わたしたちは顔を見合わせた。
「なに言ってるの、ヘルムットー。バルドは軸が真っ直ぐだし、草原でも一、二を争う強い戦士だよ。髪も目も黒いし、肌は浅黒いし、どこもヘロードには似てないと思うけど」
「いーや、そっくりだった!」
ヘルムートは首を横に振り、断言した。
「あの、息をするように女を褒め、口説くところ! それがまた、妙に様になっているところ! いつでもどこでも、絶対女にモテるところ! 何もかもがそっくり双子!」
大嫌い! と憎々しげに叫ぶヘルムートに、クラウス卿の眉間の皺が深くなった。
「……そうですか。つまりバルドール殿は、殿下を口説かれた、と。そういうことなのですね?」
なんか圧を感じる。わたしはしぶしぶ頷いた。
「口説かれましたけど……」
「けど?」
「ちゃんと断りました! もう草原に戻るつもりはないって!」
クラウス卿はじっとわたしを見つめた。
「なぜですか? ……私が殿下を草原から連れ出したのは、殿下をベルガー王国の女王にするためでした。しかし、レギオン様が元通りのお体となり、王となられる可能性が出てきた以上、殿下は……」
「クラース卿」
わたしはクラウス卿の言葉をさえぎり、言った。
「あのね、わたし、なんで父上はわたしをベルガー王国へ嫁がせたのか、ずっと考えていたんです」
バルドの言葉で気づいたことがある。
父は恐らく、ベルガー王国と軍事同盟を結ぶためにわたしを嫁がせたわけではない。わたしがベルガー王家の瞳を持っているから、王族としての権利、そしてクラウス卿の思惑を鑑みた上で、わたしをベルガー王国へと送り出したのだ。
「父上はたぶん、わたしがベルガー王国の王位を望むとわかっていたんです。だから、クラース卿の言う通り、わたしをベルガー王国へ嫁がせた」
「……そうです。私はエルドリッド王に、カーチェ様をベルガー王国の女王としたいと、そう告げました。しかし……」
クラウス卿は言葉を切り、わたしを見た。どこか苦しそうなその眼差しに、わたしの胸も苦しくなるような気がした。
こんな気持ちは初めてだ、とわたしは思った。
この想いがなんなのか、自分でもわからない。父上やリーチェに抱く想いではない。マイアやバルドに向ける想いとも違う。
「クラース卿」
わたしはクラウス卿の瞳を見つめ、言った。
「わたしはベルガー王国にきて、愛人にしたいと思う人が、二人もできました。剣の主もできました。……今のわたしは、女王になりたいからこの国にいるわけではありません。わたしはもう、石の国の民となりました。大切な人ができたから、ここにいるんです」
「殿下……」
「しかし、どのみちしばらくは、わたしが女王となる必要があるでしょう? レギオン様のお体が治るまで、どのくらい時間がかかるかはわかりませんが」
「……サムエリ公爵家は、神聖帝国とも繋がりがあります。呪術を使える者も知っている。……たしかに解呪できれば、陛下のお体は元通りとなるでしょう。しかし、それには時間がかかる。おそらく数年ほどは」
「ならばその間、わたしが女王となってこの国を治めます。レーギョン様が戻られるまで、この国の玉座を守ります。レーギョン様さえお許しくださるなら、わたしはそうしたいです」
クラウス卿はわたしを見つめ、大きく息をついた。
「陛下も私どもも、それが一番望ましいと考えております。……が、それでよろしいのですか? バルドール殿は、殿下とともに草原へ帰ることを望まれたのでしょう? ……今ならば、彼とともに草原へ帰ることができる」
「クラース卿は、そうしてほしいんですか? わたしに、帰ってほしい?」
「まさか!」
クラウス卿は大声を上げ、そして顔を歪めた。
「クラース卿は、わたしにどうして欲しいんですか? 正直に言ってください。最初、クラース卿はわたしに、この国の女王になってほしいって言いましたよね。でも今はどうなんですか? わたしに、草原へ帰ってほしいんですか?」
「私は……」
クラウス卿はためらい、そして吐き出すように言った。
「私は殿下に、草原へ帰ってほしくなどない……、絶対に嫌です!」
「クラース卿」
「殿下を妻にと望む男と、一緒に草原へ帰るなどと! 嫌です、そんな……、絶対に嫌だ!」
クラウス卿はわたしの足元にひざまずき、わたしの手を取って懇願した。
「お願いです、殿下。どこにも行かないでください。誰とも結婚しないでください。……本当は、ライラ殿を愛人にと望んでほしくもない。私以外を、望んでほしくないのです」
「えええ!?」
叫び声がしたので横を見ると、ヘルムートが執務机の後ろの窓に張りつき、驚愕していた。
「ほ、本気か、サムエリ公……。いや、まあ、ライラを愛人にというのは、私も反対だが」
「ヘルムットー、ちょっと黙ってて」
わたしは視線を戻し、クラウス卿を見下ろした。
クラウス卿は顔を赤く染め、泣きそうな表情でわたしを見上げている。
「わかりました、クラース卿」
わたしは頷き、力強く言った。
「それなら、わたしと結婚しましょう、クラース卿!」




