55.王の器
「俺はいったん戻り、俺についてきた部の民に、事の次第を説明するとしよう」
バルドは立ち上がり、言った。
バルドによれば、ラジラスの氏族の半分、バルドに忠誠を誓う血気盛んな戦士たちが、王都に潜んでいるという。彼らはとにかく戦闘が大好きだから、その相手が誰であれ、忠誠を誓うバルドが命じるなら喜んで戦うだろう。
バルドはニヤッと笑って言った。
「やつらはおまえを好いている。おまえの下で、おまえの敵と戦えるとなれば、さぞ喜ぶだろう」
「わたしもラジラスの皆に会えるのは嬉しい。……いつ頃、会えるかな」
「戦闘が始まれば、すぐにでも。俺はおまえの一の戦士として、おまえの為に戦う」
「わたしの一の戦士は、マイアだから、それはダメ」
わたしの返事に、バルドは舌打ちした。
「マイア……、あの女戦士か。あいつ、俺がおまえに夜這いした時、俺に矢を射掛けたやつだな」
「ただの威嚇じゃん」
「いや、当たったぞ」
「かすり傷でしょ」
バルドはため息をついた。
「……わかった。ならば、カーチェ、俺はおまえの婿として、おまえのために戦う」
「婿もダメ」
「なぜ?」
バルドは体を屈め、ソファに座るわたしに顔を近づけた。
「おまえはベルガー王国の王位を継ぐために、結婚するつもりだったのだろう? だがベルガー国王が生き永らえる可能性があるなら、おまえは『カーチェ・ベルガー』にならぬほうがいい」
わたしはうっと言葉に詰まった。
たしかにバルドの言う通りだ。レギオン様が健康を取り戻し、王として国を治めることができるようになるなら、わたしは『ベルガー』にならぬほうがいい。『ルコルダル』のままで一時的に王位を預かり、やがて正式な王であるレギオン・ベルガーに王位を返上する。それが一番、余計な火種を生まぬやり方だ。
「でも、だからってバルドと結婚はできない」
「どうしてだ?」
わたしはバルドの目を見て、はっきり言った。
「わたしは、バルドを愛していない」
「かまわんさ」
バルドはわたしの顎に手をかけると、ちゅっとこめかみに口づけた。
「俺はおまえを愛している。それで十分だ」
ヒィイイ! と悲鳴が聞こえ、わたしとバルドは向かいのソファを見た。
ヘルムートが両手で口を覆い、かたかた震えている。
「な、ななな……、ひ、人前でなんという破廉恥な……ッ! きききさまら、慎みを持て、慎みをッ! 目のやり場に困るだろうが!」
「勝手に困っていろ」
ふん、と鼻を鳴らし、バルドはロウィーナ男爵夫人を見た。
ロウィーナ男爵夫人は、輝く笑顔でわたしたちを見つめている。
「……ローナ男爵夫人、麗しき神秘の国のご婦人よ。忌まわしき魔術の黒き手から逃れたいと願うなら、いつでも俺を頼ってくれてかまわん」
「まあ、ご親切に、ありがとうございます。……でも、ヘルムート様の手は、忌まわしくなどございませんわ。ヘルムート様は、たいそうお優しく、お強く、頼りになるお方です。逃げたいと思ったことなど、一度もございませんわ」
「ライラ……!」
ヘルムートが感動したように両手を組み、目をキラキラさせている。
わたしとバルドは、「えええ……」とドン引きしてロウィーナ男爵夫人を見た。
うーん。ロウィーナ男爵夫人は、他のすべてにおいて完璧だけど、ヘルムートに関することになると、とたんに……、なんていうか、おかしくなってしまうようだ。
「誰にでも欠点はある、ということか。残念だな……」
バルドがしみじみと言った。うん、わたしもそう思う。
バルドがギルドを後にし、わたし、ロウィーナ男爵夫人、ヘルムートの三人だけになった。
ヘルムートはため息をついて言った。
「サルトゥーベ伯のこともそうだが、ラジラスの氏族がこちら側に寝返ったことも併せて、陛下とサムエリ公に、報告せねばならんな」
「わたしも一緒に行っていい?」
わたしが言うと、ヘルムートは難しい顔で少し考えた。
「一度に大勢で押しかけるのは、陛下のお体に障る。ここで陛下に万が一のことがあってはならん。おまえは待つのだ」
「……わかった」
しぶしぶ頷くわたしを、ロウィーナ男爵夫人が慰めてくれた。
「殿下、少しの辛抱ですわ。陛下のお体の、回復の道筋が見えたのです。あと少し、お待ちいただければ、きっと何もかもが良くなりますわ」
たしかに、この前お会いした時、レーギョン様は体を起こすことすら難しいようだった。せっかく回復の望みが見えた矢先に、もしもの事があれば悔やんでも悔やみきれない。
「でも、後でわたしにもちゃんと教えてよ。レーギョン様が何て言ったのか、それと、わたしは何をすればいいのか」
「それは、むろん」
ヘルムートは頷いた。
「陛下が元のお体を取り戻すには、解呪のために神聖帝国へいらしていただく必要があるだろう。しかし、その間、玉座を空位にはできん。おまえを王となさねばならんが……」
ヘルムートは言い淀んだ。
「わかってる。わたしが成るのは、あくまでレーギョン様が戻られるまでの間の、仮の女王だ」
「……すまん」
申し訳なさそうにヘルムートが言った。
「誠に勝手な話だと、私でもそう思う。おまえをわざわざ草原から引っ張りだして、その上で、繋ぎの王となれなどと……」
「ヘルムットー」
わたしはヘルムートの言葉をさえぎり、言った。
「ヘルムットー、わたしはレーギョン様に剣を捧げた。レーギョン様の命が助かるなら、なんでもする。それでレーギョン様のお役に立つなら、喜んで仮の女王となろう。……誰にも、何も謝られる必要などない。わたしは、礼を言いたいくらいだ」
わたしの返事を聞き、ヘルムートはつくづくとわたしを見た。
「……おまえには、まあ、いろいろ奇天烈なところはあるが、やはりなんというか、王家の瞳を持っているだけのことはあるな。レギオン様にも思ったことだが……、おまえもまた、王の器であるのだろうな」




