54.呪術
ヘルムートとバルドに直接会話をさせると、ケンカして収拾がつかなくなりそうだ。
自分で聞いたほうが早いと思い、わたしはバルドに言った。
「バルド、そのサートーベ伯は、どこの暗殺者ギルドに仕事を依頼したのかわかる?」
「どこのギルドかまでは調べられなかった。……だが実行犯は南方の人間だ。呪術を使うとか……」
肩をすくめるバルドに、ヘルムートが大声を上げた。
「呪術! そうか、わかったぞ!」
ヘルムートは立ち上がり、ロウィーナ男爵夫人に一気にまくし立てた。
「ライラ、陛下の暗殺には呪術が使われている! だから治癒魔法がうまく作用しなかったのだ!」
「ヘルムート様」
ロウィーナ男爵夫人は、目を丸くしてヘルムートを見た。
「そうか、呪術か! ……ああ、なぜ気づかなかったのだ! だから毒が抜けても陛下の容態は悪化の一途をたどったのだ! ……元々、陛下はお体が弱かった。毒のせいで体力が落ち、それで治癒を受け入れる力がなくなったのだと考えられていたが、どうにも腑に落ちなかったのだ。……そうか、呪術、それで!」
ロウィーナ男爵夫人がハッとしたようにヘルムートを見た。
「呪術ということは、解呪ができれば、陛下は回復されますの?」
「ヘルムットー! それほんと!?」
わたしとロウィーナ男爵夫人に迫られ、ヘルムートは考え込んだ。
「まだわからん。……私は呪術に関しては素人で、簡単な呪いを二、三使える程度だ。解呪はできん」
呪いのグッズならたくさん持っているのだが、と残念そうにヘルムートは言った。
「解呪できないって……、できないで済まさないでよ! 誰かいないの、レーギョン様を治せる人!」
わたしは立ち上がり、床を踏み鳴らした。
いま、王城の部屋で苦しんでいるレギオン様を思い、わたしは胸が苦しくなった。
レギオン様は、もうじき死んでしまうとあきらめていた。
でも、もしかしたら。
「解呪……、神聖帝国の術師なら、あるいは」
ヘルムートの言葉に、わたしは必死になって、神聖帝国について知っていることを思い出そうとした。
神聖帝国。ベルガー王国の南に位置する、かつて大陸を席巻した魔法使いの末裔が治める国だ。昔の勢いは見る影もなく、今はベルガー王国に朝貢する南方の小国群の一つにすぎない。だが、神聖帝国は学問の都として名高く、他国の王侯貴族が競って留学し、大陸の文化の粋と謳われている。形式にすぎないが、大陸で唯一の皇帝を戴く国でもある。
嘘か本当か知らないが、初代皇帝は海の向こうの人間だったという。その伝承を裏付けるように、神聖帝国には通常の魔法とは違う、呪術と呼ばれる力を振るう人間がいるらしい。
今までは何の興味もなかったことだが……。
「ヘルムットー! 神聖帝国の人間なら、レーギョン様を治せるの!?」
「……可能性はある。というか、神聖帝国の術師にできぬなら、他の誰にもできぬだろう」
「それなら、今すぐその術師? とかいうやつを攫ってくる!」
踵を返し、扉に向かおうとしたわたしに、
「待て! 少し落ち着け!」
ヘルムートは慌てて言った。
「神聖帝国では、術師の存在は秘匿されている。なんの伝手もないおまえが、いきなり行ったところで、術師を攫うどころか見つけることもできんだろう」
「じゃ、どうすればいいの。言ってよ、なんでもするから!」
わたしが泣きそうになると、ヘルムートはぎょっとしたように言った。
「待て、待て待て、泣くな……、ちょ、泣かないでくれ! ラ、ライラ、どうしよう……」
「……殿下」
ロウィーナ男爵夫人が後ろから、優しくわたしを抱きしめた。
「大丈夫ですわ。安心なさって、殿下。必ずヘルムート様が、レギオン様をお救いする術を見つけてくださいますから」
「……ほんと?」
「ええ。ヘルムート様は、誰よりも優秀で頼りになるお方ですもの」
ロウィーナ男爵夫人に褒められ、ヘルムートがグフッと気持ち悪く笑った。
「んん、いや……、まあ、その、なんだ……、ん、私に任せるがいい」
「……こいつに任せて大丈夫なのか?」
バルドが半信半疑……というか、全疑の表情でヘルムートを見ている。が、
「うん。信じる」
わたしは目元を擦り、頷いた。
「ヘルムットーは、ローナ男爵夫人の夫だもん。わたしも、大丈夫だって信じてる」
「は!?」
バルドが驚愕の表情を浮かべ、ヘルムートとロウィーナ男爵夫人を交互に見やった。
「夫……、夫!? 魔術師が!? なぜ!」
なぜと言われても。
「わたしも謎なんだよね……」
失礼なやつらだな! とヘルムートが怒ったが、声はどこか浮かれている。ロウィーナ男爵夫人に褒められたからだろう。
とにかく、レギオン様を助けられるなら、なんでもいい。今はヘルムートに頼るしかないが、もし必要なら自分の命も差し出す覚悟で、できることを探そう。
「……バルド、ありがとう」
バルドの前に片膝をつき、わたしは頭を下げた。
「カーチェ」
「バルドが教えてくれた情報のおかげで、レーギョン様が助かる可能性が見えた。……この恩は忘れない」
バルドはしばらく黙っていたが、やがてため息をついた。
「石の国の王のために、おまえが頭を下げるとは。……おまえは、もう石の国の人間となったのだな」
「うん」
「エルドリッド王は言っていた。カーチェはベルガー王家の瞳を持つ人間だから、一度はベルガー王国を訪れなければならぬ、と。……その上で、石の国の女王となることを望むなら、それがカーチェの天命だと」
バルドはわたしを見つめ、はっきりと言った。
「おまえが石の国の人間となるなら、俺もそうしよう。ベルガー王国に留まり、この国の民として生きる」
「ええ!?」
わたしではなく、ヘルムートが驚きの声を上げた。
「ちょっと待て、おまえは貴族派に与しているのではなかったか!?」
「俺の目的はカーチェを草原に連れ戻すことだ。……が、カーチェが石の国の人間となるなら、俺もそうする。それ以外、カーチェの側にいる手段がないなら、仕方ない」
「えええ!?」
大声を上げるヘルムートを、バルドはイヤそうな顔で見た。
「いちいちうるさいやつだな……」
「うるさくて悪かったな!」
「ヘルムート様、バルド様も。……バルド様が石の国の民として、殿下のお力になって下さるなら、心強いことですわ。我々は味方ということになりますからね」
ロウィーナ男爵夫人の言葉に、ヘルムートとバルドは顔を見合わせ、互いにすっごくイヤそうな顔になった。
……うん、味方だとしても、この二人は連携して戦わせたりしないほうがいいだろうな。




