53.みんな魔術師が嫌い
「バルドール様、……失礼してバルド様と呼ばせていただきますわ」
「ああ。俺はあなたを何と呼べばいいだろうか?」
「どうぞ殿下と同じように」
「わかった。ローナ男爵夫人、あなたはカーチェの愛人候補だ。これからよろしく頼む」
バルドが目を細めてロウィーナ男爵夫人を見つめた。これはだいぶバルドの気に入ったようだ、と思い、わたしはバルドに声をかけた。
「バルド! ローナ男爵夫人、素敵でしょ!」
「ああ」
バルドは頷き、ニッと笑った。
「おまえの気持ちがわかったぞ」
「ねー!」
「ねー、じゃない!」
ヘルムートが怒ったように言った。
「バルドール・ラジラス殿! 一つ伺いたいのだが!」
「……なんだ。聞いてやる、言ってみろ」
バルドの尊大な態度に、ヘルムートのこめかみがピキッと引きつったが、すーはーと深呼吸してヘルムートは言った。
「バルドール殿は、殿下の欲する情報を手に入れたと言うが。……その情報の出処はどこだ。まずはそこを明らかにしていただきたい」
「いいだろう」
バルドは頷き、ロウィーナ男爵夫人に手を差し出した。
「どうぞ座ってくれ、ローナ男爵夫人」
「まあ、ありがとうございます」
にこにこしながらロウィーナ男爵夫人がヘルムートの隣に腰を下ろした。
バルドとロウィーナ男爵夫人の和やかな雰囲気に、ヘルムートがショックを受けている。
「ライラ……」
ヘルムートが捨てられた子犬のような目でロウィーナ男爵夫人を見つめると、ロウィーナ男爵夫人は優しく言った。
「ヘルムート様、お茶のおかわりはいかが?」
バルドはわたしの隣に腰を下ろすと、感心したように言った。
「ふうん。さすがおまえが愛人にと言うだけはあるな。姿だけでなく、心映えも素晴らしい方のようだ」
「そうでしょ、そうでしょ!」
わたしは嬉しくなって言った。
ロウィーナ男爵夫人は、聡明で魅力的なうえ、とても優しい。欠点といえば、夫が魔術師なことくらいだ。
「……もう一人の愛人候補は、どんなやつだ? 男だと聞いているが」
「うん。クラース卿っていってね、とても綺麗な人だよ。草原の男とはぜんぜん違うの。戦うことは好きじゃないんだって。変わってるよね。一緒にいると、面白くて楽しいんだ。それでね……」
わたしは少し、考えた。
クラウス卿について説明するのは、少し難しい。自分の気持ちがよくわからないからだ。
一緒にいて楽しいし、大好きだと思う気持ちは本当だけど、それだけじゃない。クラウス卿を見ていると、自分でもよくわからない気持ちになる。胸の奥がぎゅっとなって、どこか痛いような、ふわふわするような……。これはいったい、何なんだろう。
「……まあいい」
考え込むわたしを見て、少しおもしろくなさそうにバルドが言った。
「おまえが愛人にと望むなら、一緒に草原に連れていけばいいだけだ」
「もー、草原には帰らないって言ってるでしょ!」
バルドはわたしの抗議を気にした風もなく、落ち着き払ってお茶を飲むと、ヘルムートとロウィーナ男爵夫人を見た。
「……情報の出処が知りたいとのことだったな。俺が話した相手は、ベルガー王国のエリース・マクシーテだ。俺の目的は、カーチェを草原に連れ帰ること。それを阻む国王派とは戦うが、カーチェには傷一つつけぬ。また、貴族派の傭兵代わりにもならぬ。……そう約束した」
「エリアスと……」
ヘルムートが眉根を寄せた。
「よくエリアスがそれで納得したな。……草原の戦士の戦いぶりは、ベルガー王国でも有名だ。エリアスなら、己の戦力としたがったのではないか?」
「俺は誰の命令も聞くつもりはない。……カーチェが望むなら別だが」
バルドはちらりとわたしを見た。
「どうだ? おまえが望むなら、俺はおまえの手足となって戦う。ベルガー王国の女王となりたいなら、俺がおまえの敵すべてを討ち滅ぼしてやろう」
「代わりに、妻になれって言うんでしょ。ヤだよ」
即、断ると、バルドがハハッと楽しそうに笑った。
「それでこそ俺のカーチェだ」
「バルドのものじゃないってば」
わたしはバルドの胸をぼすっと叩いて言った。
「……それで? 三年前の茶会について、誰が詳細を知ってたんだ? 教えてくれ、バルド。レーギョン様はわたしの剣の主だ。主を害したやつを、許すつもりはない」
「ああ」
バルドは頷き、向かいに座るヘルムートをちらりと見た。
「エリース・マクシーテは、おまえの家族か?」
「……血は繋がっているが、家族だったことはない」
ヘルムートはぽつりと答えた。
「そうか」
バルドは頷き、言った。
「反乱をくわだてたのはエリース・マクシーテだが、三年前の暗殺事件に関しては、主犯は別にいる。……というか、エリース・マクシーテは元々、ベルガー国王を暗殺するつもりはなかったようだな」
「なんだと」
ヘルムートは、思わず、といったように腰を浮かした。
「エリアスでなければ、いったい誰が。……暗殺事件の直後、主要な街道は封鎖された。にもかかわらず、暗殺事件の黒幕の行方は杳として知れなかった。陸路を避け、海に出るにしても、北方の港は雪に閉ざされて使えない。領地に不凍港を持つのはマクシリティ侯爵家だけだ。暗殺に関わった人物を逃がすには、マクシリティ侯爵領を通るしかない」
「どうやらエリース・マクシーテは、一杯食わされたようだな。彼は国王を退位させ、己の傀儡を王とすることを望んでいたが、国王弑逆までは考えていなかったようだ。……事ここに至っては、もはや引き返すこともできず、反乱の旗頭として持ち上げられてしまったというのが真相のようだ」
「……なんと……」
ヘルムートは呻くように言い、机を叩いた。
「いったい、誰が兄を騙したというのだ!?」
「三年前の暗殺を、実質的に取り仕切っていたのは、サートーベ伯とかいう男だ。ネスト―・サートーベだったか」
「……ネストリ・サルトゥーベ。ハロルドの妹の夫だ」
ヘルムートは吐き捨てるように言った。
「サルトゥーベ伯は……、やつはそもそも、レーマン侯爵の腰巾着だったはずだ。なぜ、あやつがマクシリティ侯爵を騙してまで、国王弑逆などたくらんだのだ」
「そこまでは知らぬ。だが、レーマン侯爵が怖気づいた、という話は、暗殺事件を調べていく上で何度か聞いた。おおかた、そのレーマン侯爵に話を持ちかけて断られたのではないか? それでエリース・マクシーテに近づいたのだろう」
「サルトゥーベ伯は、兄を騙したのか。国王暗殺などという大逆を、兄に押しつけて……」
呻くように言うヘルムートを、バルドはじっと見つめた。
「どちらにせよ、エリース・マクシーテが反乱の首謀者であることに違いはない。ヘルムットー・マクシーテ。……おまえは、自分の兄からカーチェを守り、戦うつもりはあるのか?」
ロウィーナ男爵夫人が、心配そうな目をヘルムートに向けた。
わたしはバルドに言った。
「バルド、わたしは自分の身は自分で守る。ヘルムットーが誰と戦うかは、ヘルムットーの決めることだ」
「……俺は、いつ裏切るかわからぬやつを、おまえの側に置いておきたくないだけだ」
バルドの言葉に、ヘルムートがハッと嘲るように笑った。
「これは、私も見くびられたものだ。……私は、殿下を王とすべく全力を尽くすと誓った。魔術師が誓いを破ることはない。殿下を裏切るなど、無用な心配だ」
だがバルドはその返事を聞くと、ぎょっとしたような表情になった。
「魔術師!? こいつ、魔術師か!? 道理でイヤな感じがすると思った!」
ああ……、うん。たしかにヘルムートは魔術師だし、イヤな感じがするってところは全面同意だけど……。
でも、それでもヘルムートは、いいやつだ。うまく説明できないけど。
バルドはイヤそうな顔をしてヘルムートを見てるし、ヘルムートはヘルムートで、「なんて失礼なやつだ、やっぱりこいつ嫌い!」と荒ぶっている。
この二人、相性悪そうだなー。




