51.再会
「へー、ここが魔術師ギルド!」
「おい、大声を出すな。一応、おまえの身分は伏せてある。注目を集めるようなことはするな」
ヘルムートが周囲をうかがい、小声で言う。
「そうは申しましても、ここはベルチェリ家の敷地内ですし、それほど警戒する必要もないかと思いますわ」
ロウィーナ男爵夫人が言ったが、ヘルムートの表情は険しいままだ。
先日、ロウィーナ男爵夫人に、バルドと面会する手筈を整えてくれるよう、頼んだのだが、ヘルムートは大反対だった。危険だという理由のほか、
「そ、それに、そのバルドとかいうやつ! 絶対、草原のハロルドみたいなやつだろ! そんなの、ライラに近づけたくない!」
「ヘルムート様……」
あきれたようにロウィーナ男爵夫人がヘルムートを見たが、ヘルムートは「絶対ダメ!」と言い張っている。
「バルドはヘロードとはぜんぜん違うよ。バルドは軸が真っ直ぐだし、とっても強いもん」
「もっとダメだ!」
ヘルムートが吼えたが、
「ヘルムート様、そのような心配は無用ですわ」
ロウィーナ男爵夫人が、落ち着き払って言った。
「バルドール様は、殿下を追ってベルガー王国にいらっしゃるほど、殿下に熱烈に恋焦がれていらっしゃいます。それなのに、いきなり初対面のわたくしに言い寄られるような、そのような振る舞いをされるとは思えません」
「そ、それはそうだが……」
うーん、それはどうだろう。わたしを妻に、と望んでいるのは確かだろうけど、ロウィーナ男爵夫人を見たら、愛人にって望むんじゃないかな。
だけどこれは、ヘルムートには言わないほうがいいだろう。ただでさえロウィーナ男爵夫人に関する心の狭さ選手権があったら、優勝間違いなしのヘルムートに、これ以上余計なことを言って問題をややこしくしたくない。
結局、ヘルムートもバルドとの面会に立ち会う、ということで一件落着した。
バルドと会う場所は、人目につきにくく、かつ融通が利きやすいということで、ロウィーナ男爵夫人がマスターを務める魔術師ギルドに決まったのだった。
わたしは重たいフードを少し持ち上げ、目の前の建物を眺めた。
二階建てで、しっかりした造りだが、それほど大きくはない。隣のベルチェリ商会本部の建物に比べると、その半分もないだろう。装飾もなく、ただ入り口に魔法を象徴する龍を模した、黒い鉄製の吊り看板が掛けられているだけだ。
「どうぞ、お入りください、……カタリナ様」
ロウィーナ男爵夫人の呼びかけに、わたしはちょっとくすぐったい気持ちで頷いた。
「はい! ……偽名なんて使うの初めて! なんかワクワクします!」
「おまえはまったく……」
偽名の意味がないだろう、とつぶやきつつ、ヘルムートも続いてギルドに入った。
ギルド自体は草原でも見たことがある。建物の内部は、草原のものとあまり変わりはなかった。コの字型の受付があり、その正面に長椅子がいくつか、奥には軽食を提供するスペースがある。部屋の両端には、ベルガー王国の紋章が刺繍されたタペストリーが天井から吊るされていた。受付の後ろにある階段を上った先にあるのが、ギルドマスターの執務室だろう。
けっこうな人数がいるにもかかわらず、ギルド内はしんと静まり返っていた。ほとんどの人が真っ黒なローブを着て深くフードを下げ、顔を隠している。
「……ここにいる人って、みんな静かなヘルムットーみたいだね」
わたしの言葉に、ロウィーナ男爵夫人が噴き出した。ヘルムートは憮然としている。
「マスター、お客様がお待ちです」
奥から、やはり真っ黒なローブを纏った人が現れ、ロウィーナ男爵夫人に頭を下げて言った。
「例の、狼の紋章をお持ちで」
「そうですか」
ロウィーナ男爵夫人が頷いた。
「ご苦労。こちらが呼ぶまで、執務室には人を近づけないように。……カタリナ様、こちらへどうぞ」
キリッとした表情で対応しているロウィーナ男爵夫人に、わたしはちょっとドキドキした。
「かっこいい……」
思わずつぶやくと、隣でうんうん、とヘルムートが頷いた。
「……お客様は、カタリナ様がおっしゃった通り、狼の紋章の指輪をお持ちでした」
「狼? ルコルダル王家の紋章は鷲だろう」
ヘルムートが訝しそうな表情になった。
「ルコルダルは鷲、ラジラスは狼だよ。バルドはラジラスの次期族長だからね」
階段を上りきった先に、大きな扉があった。ロウィーナ男爵夫人が扉を開け、わたしに頷きかけた。
「どうぞ、カタリナ様」
部屋に入ると、ソファの前に立っていた人物が顔を上げ、こちらを見た。全身を覆い隠すような黒いローブを着ているが、間違いない。
「バルド!」
わたしの声に、バルドが目を見開いた。
「カーチェ!」
バルドは床を蹴り、わたしの前に飛んできた。ぎゅううっ、とすごい力で抱きしめられる。
「まあ!」
ロウィーナ男爵夫人の弾んだ声が聞こえた。「ウヘァ……」という、ヘルムートのイヤそうな声も。
バルド、相変わらず力が強い。なんとか手を伸ばし、バルドの顔を隠すフードに手をかけると、バルドが頭を振ってフードを外した。黒いクーフィーヤで頭を覆い、黄金の耳飾りをつけているのがわかる。浅黒い肌に吊り上がった大きな黒い瞳、頑固そうに引き結ばれた唇も、記憶の通りだ。
「バルド! 久しぶり!」
笑って言うと、バルドは眉根を寄せ、わたしを抱きしめる力をさらに強くした。
「カーチェ」
「痛いって、力入れすぎだよ!」
押し返そうとしても、抱きしめる腕はちっともゆるまない。
バルドはわたしの首に顔を擦りつけるようにして言った。
「会いたかった。カーチェ、俺の命」
「まあ……、まああ……!」
なぜかロウィーナ男爵夫人が喜んでいる。ヘルムートは「ケッ、草原のハロルドめ」と毒づいているけど。




