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可愛くて強い私の陛下、一生お守りいたします  作者: 倉本縞


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50/60

50.馬乳酒

「……もう私が口を挟んだところで何がどうなるとも思わんが、一つだけ教えてくれ」

 わたしの部屋にやってきたヘルムートは、神妙な顔つきで言った。


「殿下はいったい、ハロルドとサムエリ公、どちらを選ぶつもりなのだ? ていうか、この複雑極まるドロドロ愛憎劇に、ライラを巻き込むのだけは勘弁してほしいのだが」

「なに言ってるの、ヘルムットー?」


 ヘルムートはしかめっ面で言った。

「おまえ、知らんのか。……もう宮廷中で噂になっているぞ。レーマン侯爵家の青い宝石を身に着け、ハロルドとダンスをしたにもかかわらず、昨夜は、その……、サムエリ公が殿下の許を訪れたと」

 ヘルムートの言葉に、わたしとマイアは顔を見合わせた。

「たしかに昨夜、サミーリ公爵様がいらっしゃいましたけど」

「来たの、ずいぶん遅い時間だったよねー」

「そうなのか!?」

 ヘルムートは仰天してわたしを見た。


「え、待て。サムエリ公は、殿下の部屋の結界が壊れたから、様子を見に行ったんだよな?」

「夜這いに来たって、クラース卿がそう言ったよ」

「えええ!?」

 ヘルムートが飛び上がり、わたしとマイアから一歩、後ずさった。


「えっ、え……、そそれで、どうなっ……、いや、待て、待て待て心の準備が」

「それがねー、クラース卿、簡易結界を張ったら、すぐ帰っちゃったんだけど」

「あっ、あー、そうか、そうだよな」

 あーびっくりした、と息をついたヘルムートだが、

「でも、帰る時、『誰の夜這いにも応じるな』って念押しされたの。クラース卿って嫉妬深いのかな」

 ヒィッとヘルムートが悲鳴を上げ、両頬に手を当てた。


「ええ!? そ、そんな……、殿下はまだ、十六歳だよな!?」

「もうすぐ十七歳だよ!」

「それにしたって!」

 ヘルムートは頭を抱え、叫んだ。


「最近の宮廷はどうなっておるのだ! いや、ハロルドは昔からだが……、まさかサムエリ公まで! 私が十六歳の頃なんて、魔術書だけが友達だった! 誰かとまともに話をすることすら、稀だったのに!」

 ずるい! と叫ぶヘルムートに、わたしとマイアは首を傾げた。


「えー、誰とも話さないって、なんでそんなことになったの? 地下にでも潜ってたの、ヘルムットー?」

「たしかに謎ですわね。誰かに監禁でもされていたのですか?」

 十六歳なら、誰かを口説いたり口説かれたりしてるよね、とわたしとマイアが言うと、


「おまえらなんか滅びろ! 爆発してしまえ! 大っ嫌い!」

 なぜかヘルムートが絶叫し、拗ねてしまった。

 別にヘルムートが機嫌を損ねても問題ないけど、マイアとクラウス卿がいなくて寂しかった時、ヘルムートが慰めてくれたんだっけ、とわたしは思い出した。


「セレース、悪いけどローナ男爵夫人を呼んできてくれる?」

 わたしはセレスを使いに出し、マイアは控室から馬乳酒を入れた革の水筒を持ってきて、ヘルムートに渡した。

「どうぞ、ヘルムットー様。草原土産の馬乳酒ですわ」

「さっぱりしておいしいよ!」


 ヘルムートは荒ぶるのをやめ、渡された革の水筒をしげしげと眺めた。

「あ、ありがとう……」

 ちょっと照れくさそうに礼を言うと、ヘルムートはソファに座り、革の水筒に口をつけた。次の瞬間、

「すっぱ!」

 ヘルムートが座ったまま、飛び上がった。

「すっぱ! にが! ななんだこれ!?」

「馬乳酒だよ。おいしくない?」

 咳き込むヘルムートから、わたしは革の水筒を受け取り、一口飲んでみた。

 口に広がる爽やかな酸味と苦み。懐かしい味だ。


「うん、おいしい」

 マイアも一口飲み、頷いた。

「いつもの味ですわね。ヘルムットー様、お気に召さなかったのでしょうか」

 わたしとマイアに見つめられ、ヘルムートは、咳き込みながら「ええ……?」とうろたえたような表情になった。


「い、一応聞くが、これは嫌がらせでは……、なさそうだな、うん」

 ヘルムートはもごもごと口ごもりながら言った。

「そ、その、せっかくの土産にこんなことを言うのは失礼かもしれんが、私は酸っぱいものが苦手で……」

「えー、ヘルムットー、いつも飲んでるお茶だって酸っぱいじゃん」

「あれは酸っぱいとは言わない! 後味爽やかスッキリ酸味と言うのだ!」


 ヘルムートが謎のこだわりを滔々とまくしたてている間に、セレスがロウィーナ男爵夫人を連れてきてくれた。

「まあ、ヘルムート様。また殿下にご迷惑をおかけしていたのですか?」

「ちっ、ちがあう! これは、あれだ、さっき殿下に酸っぱくて苦いやつを飲まされて」

「馬乳酒だよ。ローナ男爵夫人も飲みますか?」

 マイアから革の水筒を渡されたロウィーナ男爵夫人に、ヘルムートが慌てて立ち上がった。


「待てライラ! それ、ほんとに酸っぱいぞ!」

 こく、とロウィーナ男爵夫人の喉が上下する。

「あああ、大丈夫かライラ!? 酸っぱいし苦いだろ!」

 大丈夫? 大丈夫? とロウィーナ男爵夫人の周りをぐるぐる回るヘルムートに、わたしは半ばあきれて言った。


「馬乳酒は、草原では赤子でも飲んでるぞ。そんなに大騒ぎしなくても」

「だってほんとに酸っぱかった!」

「……懐かしい味ですわ」

 水筒から口を離し、ロウィーナ男爵夫人がにっこり笑って言った。


「子どもの頃、父から草原のお土産に、馬乳酒をもらったことがあります。肉料理の後などにいただくと、口の中がさっぱりしますわよね」

「うん! そう、そう!」

「二日酔いの時にお飲みになってもよろしいかと思いますよ!」

 ロウィーナ男爵夫人とわたしとマイアが盛り上がっていると、「ウソだろ……」とヘルムートが引きつった表情を浮かべた。


「慣れるとこの酸味や苦みがクセになりますわよ」

「慣れない!」

 即答するヘルムートに、ロウィーナ男爵夫人がくすくす笑った。仲いいんだなあ。


「まったく、草原には驚かされることばかりだ」

「ええ、嬉しい驚きですわね」

「嬉しいっていうか……」

 ヘルムートは微妙な表情になり、部屋を見回すとため息をついた。

「さて、結界を張り直すか。まったく、よくもここまで粉々にしてくれたものだ」


「あ、ヘルムットー、待って」

 ちょうどいい。ロウィーナ男爵夫人もいることだし、とわたしは口を開いた。

「ねー、ローナ男爵夫人、お願いがあるんですけど」

「なんでございましょう、殿下」

「無茶なことは言うなよ」

 ロウィーナ男爵夫人とヘルムートに見つめられ、わたしは言った。


「昨夜、ラジラスの氏族と連絡をとったんです。それで、そのうちバルドから、三年前の事件について情報がもらえると思うんですけど」

「……は?」

 ヘルムートが目を丸くしてわたしを見た。ロウィーナ男爵夫人も驚いたような表情を浮かべている。


「それで、バルドと会う場所を提供してもらえればなって思って」

「ハァアア!?」


 ヘルムートがうるさい。

 わたしは顔をしかめ、ロウィーナ男爵夫人の返事を待った。


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