49.バラの花束
父上のおかげで、無事、ラジラスの氏族と連絡がとれた。
『おお、これが名高い”オーラングの遠見”ですか。はるか遠き石の国におられるカーチェ様と、こうして言葉を交わせるとは。神秘の国の手妻には、驚かされますな』
通信魔道具の前に現れたラジラスの長、バルドの父親は、穏やかな笑顔でわたしを見た。
以前会った時に比べ、顔に刻まれた皺が深くなり、白髪が増えたのがわかる。
『あの愚か者が、カーチェ様にご迷惑をおかけして……』
ラジラスの長が深々と頭を下げたので、わたしは慌てて言った。
「ううん、まだ何も迷惑はかけられてないから、謝らないで!」
『しかしあのバカは、以前、カーチェ様に妻問いを断られたというに、しょうこりもなく……』
苦々しい表情のラジラスの長に、わたしはちょっときまり悪くなって頭をかいた。
「あの時はごめんね、バルドのこと刺しちゃって」
『何をおっしゃるか。あのようなバカ息子、全身切り刻んでやればよろしかったのです。カーチェ様の手にかかるなら、息子も本望でしょう』
「えええ……」
ラジラスの長は、相変わらずだなあ。
過激な言葉に、わたしが若干、引いていると、
『バルドにカーチェ様のお言葉をお伝えいたしましょう。三年前、ベルガー王国であった、王太后およびサミーリ公爵夫人暗殺事件に関わった者、……暗殺者ギルドについて調べるように、と』
「うん。それから、できればわたしのことはあきらめて、草原に帰ってほしいんだけど」
『それは無理ですな』
ラジラスの長が、あっさり言った。
『あれは愚かですが、それでも草原の男には違いない。これと心に決めた女をあきらめるなど、あり得ません』
そりゃそうですわね、と後ろでマイアが頷いている。うん……、それはわたしもわかってるけど。
『お詫びと言ってはなんですが、息子に何か、武器でも贈るようお伝えしますか?』
「えっ、いいの!?」
わたしは飛び上がって喜んだ。
『もちろんです。何がよろしいですかな』
「剣! 剣がいい! 小さめで、いつでも身につけていられるような」
ベルガー王国風のドレスは美しいが、長剣を腰に下げると動きづらくなる。わたしは普段、身長の低さをカバーできるような少し長めの湾刀、ベルガー王国で言うところのサーベルを使用しているが、ベルガー王国のドレスを着用している時は、剣も変えたほうがいいと思ったのだ。
『かしこまりました。小さく携帯しやすく、威力の高い剣、ですな』
自分で言っておいてなんだけど、かなり無茶な注文だ。でもラジラスの長は、にっこりと笑って言った。
『バカ息子にしかとお伝えいたしましょう。……情報と剣、この二つを手土産に、カーチェ様の許に伺うようにと』
「ありがとう! よろしく頼む!」
『いいえ、カーチェ様は我ら草原の姫君。たとえ石の国に嫁がれたとて、それは変わりませぬ。姫のお役に立てたとあれば、ラジラスの誉れにございます』
そう言うとラジラスの長は、ふたたび深々と頭を下げた。
翌日は、朝早くからクラウス卿の訪れを受けた。
「……殿下、昨夜は大変失礼いたしました」
謝罪とともにバラの花束を渡され、わたしはびっくりした。
「すごい! 大きな花がこんなにいっぱい!」
「……あの、殿下のお好きな花がわからなかったので、バラにしてみたのですが……、よろしければ殿下のお好きな花を教えていただけないでしょうか。次はその花を持ってまいりますので」
おずおずと言われ、わたしは少し、考えた。
花かあ……。正直、花の名前にはくわしくない。草原でよく摘んでいた黄色の花も、なんていうのか知らないし。
でも、目の前でそわそわしているクラウス卿には、そう言えなかった。がっかりさせたくなかったのだ。
「……わたし、この花が好きです。バラですよね? これ」
さすがにバラは知っていたので、そう言うと、
「はい。……殿下のお好きな花は、バラなのですね」
よかった、と嬉しそうにクラウス卿が微笑んだ。
それを見て、わたしも嬉しくなった。バラは綺麗だしクラウス卿は喜んでいるし、よかったよかった。
「あら、サミーリ公爵様、ずいぶんお早いご訪問ですこと」
マイアが目を擦りながら控室から現れた。
「おはよう、マイア。疲れてるでしょ? まだ寝てても大丈夫だよ」
そう言ってから、わたしはハッと気づいてクラウス卿を見上げた。
昨夜はクラウス卿も、ずいぶん疲れてたみたいだけど、大丈夫なのかな。
「クラース卿、大丈夫ですか?」
わたしの質問に、クラウス卿は首を傾げた。
「大丈夫、とは? 私は別に、怪我などしておりませんが」
「でも、昨夜は疲れたでしょ? だいぶ遅い時間に夜這いにきたし、その後も」
がしゃん! と耳障りな音がして、そちらを振り返ると、バラを活けようとしたメイドが、花瓶を落としたようだった。
「ああ、破片で手を切らぬよう、気をつけて」
わたしが声をかけると、申し訳ありません! とメイドは頭を下げ、そそくさと部屋を出て行った。
「どうしたのかな? なんか慌ててたけど……、クラース卿?」
振り返ると、クラウス卿が壁に手をつき、うなだれていた。
「どうしましたか、クラース卿?」
「……いえ、何でもありません……」
そう言うけど、クラウス卿の顔色は冴えない。やっぱり疲れているんだろうか。
「……私は、これから陛下に視察の報告に伺います」
「あ、じゃあわたしも一緒に」
「駄目です」
クラウス卿がキッとわたしを睨んだ。
「これからヘルムート卿が、結界魔法を張り直すためにいらっしゃいます。今日はこちらで大人しくなさってください」
まあ、どうせ昨夜、ラジラスの長と連絡はとれている。結界を張り直されても問題はない。
「わかりました!」
元気よく返事をすると、胡乱な目で見られたが、それ以上は何も言われなかった。
メイドの代わりに、セレスがバラの花束を花瓶に活け、持ってきてくれた。
「このバラ、本当にありがとう、クラース卿! こんなにたくさん、綺麗な花をもらったのは、初めてです!」
「そ、……そうですか……」
クラウス卿が少し赤くなり、うつむいた。バラの花と同じ、淡い薄紅色に頬が染まっている。
わたしはなんとなく、昨夜、ハロルドからもらった宝石を思い出していた。
あの深い青も綺麗だったけど、こういう淡い薄紅色も、とても素敵だ。




