47.究極の選択
転移魔法の残滓なのか、小さな光がクラウス卿にまとわりついている。
「殿下、ヘルムート卿から王宮の結界が破られたと知らせが入り、急ぎ転移いたしました。賊……、ではなさそうですね」
バルコニーから部屋の中を一瞥し、クラウス卿はあきれたように言った。
「塔から戻るなり、結界魔法を破壊されるとは、一体どういうおつもりですか。殿下が魔法を嫌っておられるのは存じております。ですが、結界は殿下の安全のために」
ああー、これは長くなりそうだぞ、とわたしが内心、頭を抱えていると、
「何者!」
隣の控室から戻ってきたマイアが、弓に矢をつがえて言った。
「……あ、いや、マイア殿、これは」
「サミーリ公爵! このような夜更けに姫様の寝所に何用ですか! 夜討ちならば容赦しませんぞ!」
意気揚々とマイアが言う。ちょっと嬉しそうだ。新しい弓を使いたくてうずうずしてるんだろうなあ、とわたしはわかるけど、クラウス卿は慌てたように言った。
「違います、断じてそのような」
「じゃ、夜這い?」
わたしの問いに、クラウス卿はぎょっとしたような表情になった。
「違います!」
その答えに、マイアが弓を構え直した。
「ならば、やはり夜討ち」
「その二択しかないのですか!」
クラウス卿が悲鳴のように言った。
どっちだどっちだ、とわたしたちに詰め寄られたクラウス卿は、夜目にもわかるほど汗をかきながら、絞り出すように言った。
「よ、……夜這いで……」
「まったく、それならそうと早くおっしゃればよろしいのに」
はた迷惑な、とマイアは残念そうに弓を下ろした。クラウス卿はバルコニーの床に両手をつき、がっくりとうなだれている。
「クラース卿、お茶でも飲みますか?」
「……いえ、簡易結界だけ張り終えたら、帰ります」
クラウス卿はよろよろと立ち上がると、わたしの後について部屋に入った。マイアは弓を片付けるため、いったん控室に戻った。
「……いったい、どうやってヘルムート卿の結界を、これほど粉々に破壊されたのです」
あきれたように言われ、わたしは胸を張って答えた。
「秘密です! でも、草原の民なら、だいたいみんなできますよ!」
「……草原の民が持つという力ですね。ですが、殿下ほどの力の持ち主は、なかなかいらっしゃらないでしょう」
困ったものだ、と言いながら、クラウス卿は優しく微笑んだ。
「クラース卿、教えてほしいことがあるんですけど」
「なんでしょう。私でわかることでしたら、何なりと」
クラウス卿は片膝をつき、部屋の隅に透明な魔石を置くと、その上に手をかざした。
魔石はクラウス卿の魔力を受けて、ぼうっと淡い光を放っている。
「夜会で、なんであんなに怒ってたんですか?」
わたしの質問に、クラウス卿はぴくっと手を揺らした。その拍子に透明な魔石が光を失い、白っぽく色を変えた。
「……これは失敗ですね」
クラウス卿はつぶやくように言うと、上着のポケットからもう一つ、魔石を取り出した。
ふたたび魔石を床に置いたクラウス卿は、隣に座るわたしに視線を向けた。
「今夜……、殿下が、レーマン侯爵家の夜会に出かけたと、そう報告を受けました」
「はい」
「ロウィーナ男爵夫人と……、ハロルド殿が一緒だったと、そう聞いて」
うん、とわたしが頷くと、
「なぜハロルド殿が一緒なのかと、そう思いました。ベルチェリ伯爵家の夜会でも、殿下はハロルド殿を気にかけていらした。あのように失礼な態度を取ったハロルドに、なぜ……」
気にかけたっていうか、あまりにもバランスがおかしいから、気になってしかたなかっただけなんだけど。
「今夜、殿下は……、殿下とハロルド殿は、仲睦まじく踊っておられた。ハロルド殿の腕の中で、顔を寄せあって、まるで……」
「まるで?」
「………………」
クラウス卿は黙り込み、ため息をついた。また一つ、魔石が白く変色し、光を失った。
「……殿下」
「はい」
「結婚なさるのですか?」
わたしは少し驚いてクラウス卿を見た。まるで責めるようなその声に、懇願の色が混じっていたからだ。
「え? クラース卿は、わたしに結婚してほしいんですよね?」
「違います、……いえ、そうです。私はあなたに結婚してほしい。この国の女王となってほしい。でなければ……」
「復讐ができない」
わたしが言うと、クラウス卿が顔を歪めた。
「そうです。復讐のために、私はあなたを利用している。ですが……」
「クラース卿」
「私がなぜ怒っていたのかと、そうお聞きになりましたね。……私は本当なら明日、王都に戻るはずでした。でも、少しでも早く帰りたくて、あなたにお会いしたくて……、それなのに、いざ帰ってみると、あなたはハロルドの腕の中にいる。楽しそうに見つめあって、……どうにかなりそうだった。腹が立って、いてもたってもいられなくて、自分がどうしてしまったのかと……」
はあ、と吐息をこぼし、クラウス卿はわたしを見つめた。
「殿下、私は」
クラウス卿が何か言いかけた時、部屋の扉が開いた。
「お待たせいたしました、殿下。湯あみの準備が……」
セレスがこちらを見て、クラウス卿の姿に驚いたように動きを止めた。
「……え?」
「あ、セレース。クラース卿、夜這いしに来たんだって」
「っ、殿下!」
クラウス卿が慌てたように立ち上がった。
「え、え? よ……、夜這い?」
「違う!」
クラウス卿が否定している。……けど、夜這いって言ったの、クラウス卿なのになー。




