46.結界魔法
クラウス卿は、唖然としてわたしを見た。
そんなに変なこと言ったかなあ。
マイアを見ると、「そうですわね、姫様がご結婚なされば、バルドール様もあきらめざるを得ませんものね」と納得している。
「あの……、サムエリ公爵閣下」
ロウィーナ男爵夫人が、遠慮がちに言った。
「その、陛下には今はまだ、ご結婚に耐えられるほどの体力がおありにならないかと。少なくとも、せめてバルコニーにお立ちになれるくらいに回復されるまでは。それまでは、お待ちいただかないと」
「そう……、ですね。そう、今すぐは無理だ……」
クラウス卿は、自分に言い聞かせるように言うと、大きく息を吐いた。
「だが、そんな悠長なことを言っていては、戦が始まってしまうぞ」
ヘルムートが不満そうに言う。うん、それはその通りだと思う。バルドを、ラジラスの氏族を貴族派の戦力から削ぐだけでも、だいぶやりやすくなる。そういう意味でも、結婚を急いだほうがいいと思うんだけど。
「……ひとまず、私は陛下にお会いして事の次第を報告いたし上げます。それから、……どうするかを決めます」
「サムエリ公がそれでいいなら、私にも異論はない」
遅いと思うが、と言いつつもヘルムートは頷いた。
「かしこまりました。それではわたくしのほうも、ギルドと商会に連絡し、準備を整えておきます」
ロウィーナ男爵夫人もそう言った。
「じゃ、わたしはバルドと話します!」
張り切ってわたしも言ったが、即座に却下された。
「絶対駄目です! 何をおっしゃるのですか!」
クラウス卿が目を吊り上げて怒っている。
「相手は反乱軍に与しているのです! いかに草原では裏切り行為に当たらぬと言っても、危険すぎます!」
「サミーリ公爵様、お言葉ですが、バルド様はカーチェ様に、傷一つつけるようなことなどなさいませんわ」
マイアがキリッと言ったが、
「駄目です!」
クラウス卿は頑固にくり返した。
「そのようなこと、絶対に認められません!」
クラウス卿の強情な態度に、わたしとマイアは目を見交わした。
うーん、これは、こっそりやるしかないか。
「殿下、その従兄殿と連絡をとるような真似は「あっ、ハイ、わかりました。連絡しません」
押しかぶせるように言うと、クラウス卿は顔をしかめてわたしを見た。
「……本当ですか?」
「うん、ほんとほんと。クラース卿がするなって言うなら、バルドとは連絡とりません」
つまり、バルド以外の人間と連絡をとればいいんだよね!
にこにこしてクラウス卿を見ると、すごく疑わしそうな目でじっと見られた。
「……ヘルムート卿、しばらくの間、殿下の警備を一段階引き上げたものにしていただけますか」
「わかった」
ふーん。なんか魔法を使うのかな。この前、マイアに使ったみたいな、本人には気づかれない魔法とか?
でも、それならそれでやりようはある。魔法嫌いの草原の民が、全力で魔法を排除しようとすれば、どうなるか。
草原の民の底力を、舐めないでもらおう! ハハハ!
そういう訳で、魔術師の塔から出る頃には、すっかり夜も更けていた。
ヘルムートとロウィーナ男爵夫人、クラウス卿は、それぞれ王都内の屋敷に帰り、わたしとマイアは王宮の部屋に戻った。
「あー、疲れた。あの部屋、重力おかしくなかった?」
「そうですわねえ。床に引っ張られるような感じがいたしましたわ」
やっぱり魔法ってサイテーだよね~、と話しながら部屋に戻ると、セレスが待っていてくれた。
「あ、セレース、クラース卿が帰ってきてたよ」
「はい、先ほど知らせを受け取りました」
「無事で、怪我もしてないよ。良かったねえ」
「……はい。お気遣いいただき、ありがとうございます」
セレスがやわらかく微笑んでいる。そうしていると、ほんとにクラウス卿によく似ている。
「セレースはいいなー、クラース卿に似てるって言われたら、嬉しいでしょ? わたしなんか、ヘルムットーに似てるって言われるんだよ! もう最悪!」
わたしの言葉に、セレスがゴフッと咳き込んだ。
「まあ、それは本当にひどい話ですわねえ。わたしでしたら、そんなことを言った相手に決闘を申し込みますわ」
「できないよ……、言ったのローナ男爵夫人だもん」
そういえばそうでしたわね、とマイアが哀れみの眼差しをわたしに向けた。ツラい。
魔術師め。今、こうしている間にも、わたしとマイアに何の魔法をかけているのか知らないが、思い通りにはさせないぞ。
わたしは、さりげなくマイアに言った。
「今日はいろいろあって、疲れた。懐かしい人々の話を聞きたいが、とりあえずは体を清めたい」
「……ああ、なるほど」
マイアもピンときたみたいで、セレスを振り返って言った。
「セレース様、遅くに申し訳ないのですが、湯あみの用意をお願いできますか?」
「かしこまりました、お待ちくださいませ」
セレスが部屋を出ていくなり、マイアがわたしに顔を寄せてささやいた。
「姫様、それでは今、ラジラスの氏族に連絡を?」
「うん。まずは、正攻法でいってみよう。結界を張り直されるとしても、一時しのぎのものになるだろうから、そこを狙えばいけると思う。……まず最初に、ここの結界魔法をぜんぶ壊さないと。わたしは部屋の中央を砕くから、マイアは四隅をやって」
湯あみの準備には時間がかかる。結界を壊し、ラジラスの氏族に連絡をとっても、十分間に合うだろう。
「かしこまりました。では、この短剣をお使いください」
マイアが腰に佩いていた二振りの短剣のうち、一本をわたしに渡した。
わたしは部屋の中央に立ち、短剣を構えた。
「ハッ!」
力を込め、床に剣を突き立てる。パリッと音をたてて、何かが砕ける感触がした。
よし!
「マイア、できたよ!」
「ぬ……」
マイアが部屋の隅で、同じように剣を突き立て、顔をしかめている。
「どう?」
「……わたしでは無理なようです。以前より力が強まっています」
マイアが悔しそうに言う。たしかにさっき、部屋の中央で魔法を砕いた時も感じたけど、昨日までの結界に比べて段違いに力が強くなっている。
ヘルムートが魔術師の塔を出てから、すぐに結界魔法を強化したのかもしれない。遠隔でここまで魔法を強化できるなんて、やっぱり宮廷魔術師団長っていう肩書は伊達じゃないんだな。
「わかった、じゃ、一緒にやろっか」
わたしは、マイアの手に自分の手を重ね、二人の力を合わせて四隅の魔法を砕いていった。
魔法はたしかに厄介だが、場所を限定したものなら、こうやって砕くことができる。ふたたび結界を張り直すにしても、こうして根っこから砕いておけば、すぐには同じ強度で張り直すことはできないだろう。
「よし、終わった。……じゃ、マイア、お願い」
四隅の結界魔法を砕き終わったら、後は草原の民の力を使うことができる。
「姫様、じつは草原から、新しい弓を持ってきたんです。それを試してもいいですか?」
マイアがうきうきした様子で言った。
「いいよ」
わたしが頷くと、マイアは走って控室に飛び込んだ。
遠方と連絡を取る方法はいろいろあるが、一番手っ取り早いのは、武器で道を開き、空間を繋げるやり方だ。マイアは、新しく手に入れた武器を試したくてうずうずしてるみたいだから、ちょうどいいだろう。
……新しい武器か。いいなあ。わたしの弓矢は自慢の逸品だし、これ以外を使うつもりはないけど、剣はあと何振りか欲しいと思っている。
ラジラスの氏族と連絡がとれたら、おねだりしてみようかなあ、と思っていると、
ふぉん、とバルコニーに面した窓から、なんかイヤな気配がした。
振り返ると、バルコニーに黄金の光が渦を巻き、魔法の濃い気配をまき散らしていた。
わたしは魔法に疎いけど、さすがにこれはわかる。
これは、転移魔法の光だ。
結界魔法を砕いたとたん、これか。
いったい誰がやって来たんだ、と窓を開けると、それと同時に転移の光がおさまった。もう見慣れた姿が、月明かりを背にしてバルコニーに立っている。
「……殿下」
転移魔法で現れたのは、さっきまで一緒にいたクラウス卿だった。




