45.結婚しよう
「サムエリ公爵閣下、ご説明いたしました通り、殿下とそのお従兄様とは、何もなかったわけですから」
「何もなかったで済まされる問題ではありません! まだ十五歳の殿下に、そのような不埒な振る舞いを! よくも!」
「サムエリ公爵閣下……」
あの後、ロウィーナ男爵夫人がクラウス卿に詳しく説明してくれたんだけど、クラウス卿の怒りはおさまらなかった。
「しかも、貴族派に与してこの国の反乱に手を貸すなどと! 内政干渉に留まらぬ、明確な主権の侵害です! いかに殿下の従兄殿といっても」
「クラース卿」
わたしはクラウス卿の袖を引き、目を合わせた。
クラウス卿の瞳は、いつか見た時と同じ、燃え盛る炎のような輝きを放っていた。
怒るとクラウス卿は、こんな綺麗な瞳になるんだなあ、と思って見つめていると、
「……あの、なんでしょうか、殿下……」
「あ、ごめんなさい」
じっと見つめていたら、クラウス卿が困ったような表情になった。
「クラース卿、とっても目が綺麗だから、見惚れていました」
「は!?」
正直に伝えると、クラウス卿は飛び上がり、わたしから顔を背けた。なんか、耳まで真っ赤になってる。
「な、……なにを」
「クラース卿? 怒りました?」
「……怒っては……」
クラウス卿は消えそうな声で言うと、うろうろと視線をさまよわせた。
「クラース卿?」
わたしはテーブルから降りて、クラウス卿に近づいた。でも、顔を覗き込もうとすると、クラウス卿がくるっと背を向けてしまう。
「やっぱり怒ってるんですか?」
「ちが……、あの、ま、待って……、少しお待ちください!」
クラウス卿は悲鳴のように言うと、胸を押さえ、大きく息を吐いた。
「……サムエリ公、何をやっているのだ?」
ヘルムートが不思議そうに言う。
ロウィーナ男爵夫人が、「ヘルムート様!」とたしなめるように言ったけど、わたしも不思議だ。クラウス卿、どうしたんだろう。本当に謎に満ちた人だ。
ふう、と息を吐くと、クラウス卿は自分に言い聞かせるように言った。
「ともかく、……ともかく、これで反乱に関与する勢力が明確になりました。……陛下のお話とも辻褄があいます。三年前のあの日、たしかマクシリティ侯爵領から珍しい香料が王宮へ納められたと記憶しております。香料自体には何の問題もなかったため、見過ごしていましたが、つまり問題は香料ではなく、それを運んだ者にあったのでしょう」
「香料か」
ヘルムートが顎に手を当て、思案するような表情を浮かべた。
「三年前に捕まったやつらは、どれも末端の、事情を知らぬ者ばかりだった。マクシリティ侯爵領には、不凍港がある。……兄は、そこから暗殺に関わった者を……、恐らくは直接、兄と言葉を交わした者を逃がしたのだろう。港……、香料か。南方の少数民族あたりだろうな」
「嘘か真かわかりませんが、南方には暗殺者専用のギルドもあるとか。……ライラ殿、何かご存じでしょうか?」
クラウス卿の質問に、ヘルムートは顔をしかめた。
「ライラにそのような物騒な質問をするのは、控えていただこう。必要なら私が調べる」
「わたくしは大丈夫ですわ、ヘルムート様。どのみちわたくしとて、国王派と見なされておりますもの」
ロウィーナ男爵夫人はやんわりと反論したが、ヘルムートは頑固に首を振った。
「駄目だ。……殿下の世話係であることと、三年前のあの茶会について調べることでは、危険の度合いが違う。そのようなこと、絶対に認められん」
「そうですね。これは私の配慮が足りませんでした。申し訳ありません」
クラウス卿は素直に謝った。
わたしもロウィーナ男爵夫人を危険にさらしたくはない。ここはヘルムートに同意しておこう。
「じゃあ、わたしが暗殺者ギルドについて調べます!」
はい! と手を挙げて言ったが、ヘルムートはふんと鼻を鳴らし、クラウス卿は困ったように眉を下げた。
「……殿下、お気持ちはありがたいのですが、殿下が動いてはあまりに目立ちすぎます」
「大丈夫です! バルドに聞きます!」
わたしの返事に、クラウス卿は目を丸くした。
「バルド? ……え? あの、反乱に関与した不埒者のことですか?」
「はい! バルドなら、反乱に関わってるから、暗殺についても調べられるでしょ?」
「そ……、ですが、どうやってそやつと……、殿下の従兄殿と連絡をとるのです」
わたしはマイアを振り返った。
「ラジラスの氏族となら、いつでも連絡をとることができます。……バルドール様も、姫様が頼むと仰せなら、言うことを聞くでしょう」
「どうしてですか。彼は殿下を裏切り、反乱に与したというのに」
クラウス卿の言葉に、わたしとマイアは顔を見合わせた。
こういうところ、草原とベルガー王国の考え方って違うんだなーって実感する。
なんて説明しよう、と困っていたら、
「サムエリ公爵閣下、それは草原独自の倫理観と申しますか……、おそらく殿下のお従兄、バルドール様は、殿下を裏切ったなどとは、露ほども思っていらっしゃいませんわ」
「どういうことです」
クラウス卿は顔をしかめ、言った。
「貴族派に力を貸し、反乱に与するということは、つまりは殿下に弓引く行為です。実際に殿下と剣を交えるかどうかはともかく、これは重大な裏切りではありませんか」
「……バルドール様は、殿下を草原に連れて帰るために、貴族派に力を貸したのでしょう。つまり、バルドール様の目的は、殿下を手に入れること。殿下を裏切ることではありませんわ」
当たってます? と聞かれ、わたしは、うんうんと頷いた。ロウィーナ男爵夫人は、本当に草原のことをよくわかっている。
だがクラウス卿は、激怒した様子で言った。
「なんという愚かな! 殿下を手に入れるために反乱に与するだと!? それで殿下が大人しく己のものになるとでも思っているのか!」
「手に入るかどうかはともかく、それは草原では特に裏切りにはあたりませんので」
「だからと言って……!」
クラウス卿はくるりとわたしを振り返った。
「殿下!」
「えっ、はい」
「殿下は、そのバルドとかいう愚か者に、少しでもお心を残していらっしゃるのですか!?」
クラウス卿の目が、またキラキラと輝いている。なんで怒ってるのかわからないけど、すごく綺麗だ。
わたしはうっとりとその瞳に見惚れながら答えた。
「心……、はぜんぜん残してないですけど」
「けど!? なんですか、やはり未練があるとおっしゃるのですか!?」
わたしは少し、考えた。
未練というか……、なんて言えばいいんだろう。うまく説明できるかな。
「バルドはわたしの従兄だから、できれば殺したくないんです。……ていうか、殺す必要もないと思って」
「なぜ!」
クラウス卿が、ぐっとわたしに顔を近づけた。暗褐色の瞳の奥が、熾火のように燃えて揺らめいている。なんて美しい瞳だろう。
「バルドは、わたしが結婚すればあきらめるはずです。彼はわたしを妻にしたいのであって、わたしの愛人になりたいわけではありませんから」
クラウス卿が息を呑んだ。
「つまり、わたしが早く結婚すればいいだけなんです。レーギョン様もおっしゃっていましたが、わたし、なるべく早く陛下と結婚しようと思います」




