43.魔術師の塔
王宮に着くと、ヘルムートは魔術師の塔へわたしたちを連れていった。
正直、魔術師ばっかりの場所になんて行きたくなかったけど、文句を言ってる場合じゃなさそうだと思ったわたしは、しかたなく黙ってついていった。
ヘルムートは怖い顔をしてるし、ロウィーナ男爵夫人も緊張した様子だ。
クラウス卿は……、なんだか、迷っているような表情だった。わたしと目が合うと、困ったように眉を下げる。
どうしたんだろう、と思ったけど、さっきみたいに怒っているよりは、ずっといい。
「……ヘルムットー、なんかここ、空気が淀んでない?」
わたしは塔の階段をのぼりながら、前を歩くヘルムートに言った。
「ん? 定期的に出入りの業者に清掃してもらっているはずだが」
そういうんじゃなくて、なんか……。空気が黒いって言ったら変だけど、なんかどよーんとしてて、肩に荷物を乗せられたような感じがする。
イヤ~な空気の中、ヘルムートは塔の最上階まで階段を上った。そして長い廊下を抜けると、ひと際目立って黒い部屋の前に立った。
「ヤだ! この部屋、入りたくない!」
わたしが言うと、ヘルムートは、はあ、とため息をついた。
「主従そろって同じことを言うのだな、まったく」
主従……、それって、
「マイアが戻ってるの!?」
「部屋の中にいるぞ」
ヘルムートの言葉に、わたしは両手で口を覆った。
なんてこと!
「こんな部屋の中に!? 可哀そう!」
叫ぶわたしを、ヘルムートが射殺すような目で見た。
「失礼なやつだな! ここは私の執務室だ! 先週、ちゃんと掃除もした!」
「今週はまだされていませんの?」
ロウィーナ男爵夫人の冷静な突っ込みに、ヘルムートは視線を逸らした。
「んん、その、まあ……、いろいろと忙しくて。……ほら、さっさと入れ!」
ヘルムートは、扉の外に立ったまま動こうとしないわたしを、ぐいぐい押して部屋の中に入れた。
うう……、空気が重い! 黒い! 息がしづらい!
「姫様!」
マイアの声に、わたしはさっと目を走らせた。
本棚の横の椅子に、ぐったりした様子で座っていたマイアが、わたしを見て飛びあがった。
「マイア!」
わたしはマイアに駆け寄ると、ぎゅうぎゅう抱きしめた。マイアも、力いっぱいわたしを抱きしめ返す。
「マイア、大丈夫? この部屋、ひどくない?」
「ひどいですけど、大丈夫ですわ、姫様!」
「きさまら、失礼すぎるだろう……」
ヘルムートが地を這うような声で言った。
「言っておくが、王宮の中でここが一番安全なんだぞ! 盗聴の心配もないし、対暗殺者の仕掛けもバッチリだからな!」
「わたしは別に聞かれて困ることなんてないし、暗殺者は返り討ちにしてやるもん」
わたしが言い返すと、そうですわよねえ、とマイアが相槌を打ってくれた。が、
「……戦の話は、貴族派に聞かれたくはあるまい」
ヘルムートは低く言うと、書類がうず高く積み上げられた執務机の椅子に座った。
「おまえらも適当に座ってくれ」
適当と言われても。
なんかそこら中に書類が散乱しているし、空気は黒くて重いし、どこに座ればいいかわからないんだけど。
「……ヘルムート様、本当に先週、掃除をされましたの?」
「ん、ん……、もしかしたら、先々週だったかも」
「……だから執務室にも清掃業者を頼んだほうがいいと、以前から申し上げていますのに」
「いや、でも、業者はな、以前、必要な書類まで捨てたうえ、目の玉が飛び出るような高額な請求書をよこされたことがあってな」
視線をさまよわせて言い訳するヘルムートに、ロウィーナ男爵夫人がため息をついた。
しかたないので、わたしとマイアは、執務机の向かいに置いてある大きなテーブルから書類をのけて、そこに座った。
テーブルに座るんですか? という視線をクラウス卿から向けられたが、ソファにはなんかイヤな感じの黒い靄がただよってるから、絶対そこには座りたくない。
ロウィーナ男爵夫人とクラウス卿は、きちんと背筋を伸ばしてソファに座った。すごい。わたしには無理。
「先日、殿下から連絡のあった、三年前の件だが。……おそらくあれには、私の実家、マクシリティ侯爵家がかかわっている」
前置きもなしに、いきなりヘルムートが言った。
三年前……、あの茶会か。
レギオン様が、唯一、覚えていたことを教えてくださった。蝶を追って四阿を出た時、知らない匂いがした、と。
クラウス卿は、ヘルムートの言葉にも驚いた様子はみせなかった。ただ深いため息をつき、言った。
「それについては、私も考えました。しかし、マクシリティ侯爵家は中立派です。むしろ、貴族派筆頭であったレーマン侯爵家のほうが可能性は高いと思われますが」
「私もそう思っていた、……昨日まではな」
ヘルムートは苦々しい口調で言った。
「だが、考えてみればおかしいではないか? たしかに三年前、宮廷ではレーマン侯爵家を筆頭とする貴族派が、専横の限りを尽くしていた。しかし、王を亡きものにせんとするような、そこまでの下剋上をもくろんでいたとは思えん。……やろうと思えばできただろう。だが、それならなぜもっと早く、レーマン侯爵家は動かなかったのだ? 現王が即位された時、……先代の王が身まかられた折、あれこそ千載一遇のチャンスだったはずだ」
クラウス卿はヘルムートの視線を受け、厳しい表情になった。
「レーマン侯爵は、たしかに理念も信条もない、利権に群がるハエのようなやつだ。が、国王を弑そうとするほどの度胸はない。ハロルドも同じだ。……殿下が輿入れされた際、襲撃を受けたと聞いているが、あれとてレーマン侯爵家が関わっているという確たる証拠はないだろう」
「あれは間違いなく、レーマン侯爵家の仕業です」
押し殺した声で、クラウス卿が言った。
「わざわざ殿下の護衛を第一騎士団から第三騎士団へ変更したのも、レーマン侯爵家が横やりを入れたからです。草原からベルガー王国へ入る、もっとも警備の薄い瞬間を狙って……」
「それとて、どこまで真剣に殿下を害そうとしていたのか、疑わしいものだ」
ヘルムートが鋭く言った。
「本当に殿下を弑すつもりがあったのなら、もっと手練れの者を雇ったはずだ。……あれは、ただの脅しにすぎんと私は考えている」
「脅し? やつらは、魔術師まで雇って襲撃してきたというのに! 殿下が魔法を無効化する手段をお持ちでなければ、今頃どうなっていたか!」
クラウス卿は激しく言った。
うーん。もしあの時、響き矢がなかったら、どうなっていたか、かあ。
たしかに苦戦したかもしれないけど、死ぬようなことはなかったんじゃないかなあ。あの襲撃犯、みんな弱かったし。
「殿下の襲撃はともかく、三年前の茶会は……、あれはたしかにマクシリティ侯爵家、現当主が首謀者だ」
ヘルムートが静かに言った。
「根拠は?」
クラウス卿が聞くと、
「……マクシリティ侯爵家先代当主が……、私の父親が認めた。現当主である私の兄が、国王弑逆をたくらんだのだと」
ヘルムートが答え、執務室に沈黙が落ちた。




