42.仲直り?
わたしとヘルムートは、えっ、と驚いてクラウス卿を見た。
サムエリ公爵って、クラウス卿のことだから、つまり。
「クラース卿、プロポーズされたんですか!?」
「やめておけ! 何があってもそれだけは断ったほうがいい!」
わたしとヘルムートの言葉に、クラウス卿は小さくため息をついた。
「必要なら、誰とでも結婚いたします。……が、サルトゥーベ伯についての情報に、それほどの価値はない。おおよその調べはついています。それに、イザベラ殿を利用せずとも、どうやらレーマン侯爵家は、既に国王派に寝返ったようだ」
そう言うと、クラウス卿は冷たい視線をわたしに向けた。
「……どういう手段を用いたのかは存じませんが、ハロルド殿もレーマン侯爵も、殿下の犬となったようですね」
なんか、言葉が刺々しい気がするんだけど。
「犬って、……まあ、ヘロードはなんとなく犬っぽいな」
ハハッと笑うと、クラウス卿はわたしを睨みつけた。
「レーマン侯爵は、殿下の襲撃を計画した主犯であるとの疑いがあります。御身の安全のためにも、彼らを殿下のお側近くにおくことは危険です」
「それについては、わたくしのほうでも調べさせていただきました」
こほんと咳払いをし、ロウィーナ男爵夫人が言葉を挟んだ。
「レーマン侯爵は、風向きしだいでまた貴族派に寝返る危険性がありますが、ハロルド様については、その心配は無用かと存じます」
「なぜ言い切れるのです?」
クラウス卿が鋭く言ったが、
「その理由は、サムエリ公爵閣下もよくお分かりかと。……ハロルド様が殿下を見つめる目やその態度を見れば、誰でも分かりますわ」
ロウィーナ男爵夫人の言葉に、クラウス卿が沈黙した。
「え。……どういうことだ? 私にはわからんが」
「わたしもわからない」
わたしとヘルムートは顔を見合わせ、互いにイヤ~な顔になった。
ヤだなあ。ただでさえヘルムートと似てるって言われてショックなのに、こんなところまで一緒とか、不吉すぎる。
「……きさま、今なにか失礼なことを考えていたな?」
「失礼なのはヘルムットーでしょ! 何を考えてようが、口に出さなければ失礼にはならない!」
「つまり考えていたのだな!?」
「お二人とも。……これ以上のお話は、城へ戻られてからのほうがよろしいでしょう。サムエリ公爵閣下も、それでよろしいでしょうか?」
「……わかりました」
そう言うとクラウス卿は、そっぽを向いて馬車の窓に視線を向けてしまった。
そんなに怒らなくても……。たしかにさっき、足を踏んで攻撃したのは悪かったけど、それだってクラウス卿がわたしを無視したせいじゃないか。
でも、せっかく会えたのに、ケンカなんてしたくないしなあ。
わたしはため息をつき、クラウス卿を見た。
「クラース卿、さっき、足踏んじゃってごめんなさい。……痛かったですか?」
そっとクラウス卿の袖を引き、謝ると、ややしてからクラウス卿がこちらに視線を向けた。
「いえ……、大丈夫です」
それだけだったけど、クラウス卿と目が合ったのが嬉しくて、わたしはにこにこした。
「殿下……」
クラウス卿が何か言いたげにわたしを見た。
なんでクラウス卿が怒っているのかはわからないけど、こうして会えて、やっぱり嬉しい。無事に戻ってきてくれてよかった。
怪我はしていないみたいだけど、クラウス卿はなんだかやつれたように見える。何か美味しいものを食べさせてあげたいな、と思い、わたしはハッと気づいた。
どうしよう。
そういえば、わたしまだ一頭も獲物を仕留めていない!
「クラース卿!」
大声で呼ぶと、クラウス卿がびくっとした。
「は、はい」
「クラース卿、ごめんなさい!」
勢いよく謝ると、クラウス卿が驚いたように目を見開いた。
「殿下……?」
「あのね、クラース卿に美味しいお肉を贈ろうと思って、狩りに行ったんです! でもね、結局、何も獲れなかったの。ごめんね、ごめんなさい。今度は絶対、すごい獲物を仕留めてみせますから!」
クラウス卿は、あっけにとられたようにわたしを見た。
「狩り……?」
「あの、でもね、ふだんは何も獲れないなんて、絶対ないんです! わたし、草原でなら一人で魔狼の群れを全滅させられるくらい、腕がいいんです! 今回はね……、あの……」
じっと見つめられ、わたしは言い訳するのが恥ずかしくなってうつむいた。なんと言おうが、何も仕留められなかった事実は変わらない。
「……ごめんなさい。クラース卿が帰ってきたら、美味しいお肉を食べてもらおうって思ったのに」
ふっと笑う気配がして、わたしは顔を上げた。クラウス卿が、やさしい笑みを浮かべてわたしを見ていた。
「……ありがとうございます、殿下。そのお気持ちだけで十分です」
「クラース卿!」
わたしは勢いよくクラウス卿に抱き着いた。
「ぉわっ!」
ガコッ! となにかが馬車の扉にぶつかる音がした。
「ごめんなさい! 次は絶対、絶対、すっごい獲物を仕留めてみせますから!」
呻き声が聞こえて顔を上げると、後頭部に手を当て、痛そうに顔をしかめるクラウス卿と目が合った。
「あ、大丈夫? クラース卿」
「へ……、平気です」
クラウス卿はわたしを見つめると、ためらいがちに手を伸ばし、わたしの頬に触れた。その時、
「おい、着いたぞ」
ヘルムートの声に、クラウス卿がハッとしたようにわたしから飛び退った。そして、ふたたび馬車の扉に体を打ちつけた。
「……っ、……」
言葉もなく悶絶するクラウス卿に、ヘルムートは冷たい視線を、ロウィーナ男爵夫人は微笑ましい眼差しを向けていた。




