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可愛くて強い私の陛下、一生お守りいたします  作者: 倉本縞


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41.見返り

「ヘルムットー、なんでここにいるの?」

「開口一番に言うセリフがそれか。……ライラを迎えにきた。殿下も、もう城へ戻られたほうがいい」

「え! まだローナ男爵夫人とちょっとしか踊ってないのに!」

 わたしは抗議したが、ヘルムートの厳しい表情を見て口をつぐんだ。


 なにかマズいことが起こったんだ、と瞬時にわたしは悟った。

 ヘルムートの表情には、覚えがある。

 大きな戦の前夜、父上がしていた表情にそっくりだ。


「……クラース卿は? 一緒に戻る?」

 隣に立つクラウス卿に声をかけると、

「……はい。一度、城へ戻ります」

 小さな声で、相変わらずわたしと目を合わせないまま、クラウス卿が答えた。


 えええ……。クラウス卿、どうしたんだろう。

 これは、絶対わたしに怒っている。

 でも、理由がわからない。そもそも、今の今までクラウス卿とは顔を合わせる機会もなかったのに、なんでいきなり怒ってるんだろう。

 クラウス卿を侮辱するようなことを言ったりしていないし、もちろん、攻撃したりもしていない。それなのに、なんで?


「そこで待っていろ、いまライラを連れてくる」

 ヘルムートはそう言うと、素早く踵を返し、走って行ってしまった。


 待っていろと言われても、クラウス卿がなんか怒ってるみたいなんだけど。

 困ったなあ、と思っていると、

「殿下、どうかなさいましたか? ……イザベラ、何をしている?」

 戸惑ったような声が聞こえ、振り返ると、ハロルドが立っていた。


「ヘロード」

 ハロルドの名を呼んだ瞬間、ぐいっと体を引っ張られた。

「え?」

 驚いて見上げると、顔を背けたまま、クラウス卿がわたしの腰に腕を回して、がっちり体を拘束している。

 なんなんだ、いったい。


 クラウス卿、わたし、ハロルド、サルトゥーベ伯爵夫人の四人が、妙な緊張感を持って突っ立っていると、ヘルムートとロウィーナ男爵夫人がこちらにやってくるのが見えた。

「何をやっている?」

 ヘルムートはわたしたち四人を訝しげに見回し、そしてサルトゥーベ伯爵夫人に目を留めた。

 ウッ、と呻くと、ヘルムートはわたしたちから一歩、後ずさった。


「し、城……、城へ戻るぞ」

 ヘルムートはじりじりとわたしたちから距離を取りつつ、早口で言った。

 ヘルムートの様子もおかしい。サルトゥーベ伯爵夫人と何かあったんだろうか。


「サムエリ公も急いでくれ」

「はい」

 クラウス卿は、ヘルムートには普通に返事をしている。それなのに、なんでわたしのことは無視するんだろう。


 すると、ハロルドがすっと前に出て言った。

「殿下、わたしもお供してよろしいですか?」

「駄目だ」

 ハロルドの申し出を、クラウス卿が即座に却下した。


「わたしは殿下にお聞きしたのですが」

「レーマン侯爵家の人間には、遠慮してもらう」

 クラウス卿は硬い表情で言った。


 レーマン侯爵家に問題があるってことなのか?

 でも、レーマン侯爵もハロルドも、国王派に鞍替えしたんじゃなかったっけ?


 わたしは、クラウス卿の後ろにいるサルトゥーベ伯爵夫人を見た。

 サルトゥーベ伯爵夫人は、ほとんど殺意のような、憎悪に満ちた目をクラウス卿に向けている。

 たしかサルトゥーベ伯爵家は、レーマン侯爵家の傍系にあたる家門のはずだ。

 しかし、この夜会には伯爵夫人は出席しているが、その夫であるサルトゥーベ伯爵は出席していない。

 レーマン侯爵家ではなく、サルトゥーベ伯爵家が国王派に敵対しているんだろうか。


「クラース卿、あの」

「参りましょう、殿下」

 やっぱりわたしの目を見ないまま、クラウス卿は強引にわたしの手を引き、歩きだした。ヘルムートとロウィーナ男爵夫人も、足早に馬車回しへ向かっている。


「殿下」

 ハロルドの声に、わたしは振り返った。

「ヘロード、夜会に招待してくれてありがとう! また明日な!」

 そう言ってハロルドに手を振ると、痛いくらいの力でクラウス卿に腕を引っ張られた。

 本当になんなんだ。


「クラース卿」

 声をかけても、こっちを見ようともしない。


 これはちょっと、ひどくないか?

 もしわたしが何かクラウス卿の気に障るようなことをしたとしても、こんな扱いをされるいわれはない。


 わたしはドレスの裾をたくし上げると、隣を歩くクラウス卿の足を、思いっきり踏みつけた。


「っ、い……っ!」


 とたん、地面にくずれ落ち、膝をつくクラウス卿に、わたしはちょっと留飲を下げた。


 クラウス卿は頑丈そうな革靴を履いているけど、わたしも今夜はドレスだから、踵の高い靴を履いている。鉄製の強固なヒールは、使いようによっては、十分武器になりうるのだ。

 どうだ、ヒールの力を思い知ったか。


「……おまえは何をやっているのだ。サムエリ公も」

 ヘルムートが振り返り、あきれたように言った。

「遊んでいる暇はない、さっさと城へ戻るぞ」



 馬車に乗り込むと、待ちかねたようにヘルムートが口を開いた。

「サムエリ公、ハロルドの妹と何を揉めていたのだ。言っておくが、あの女性とかかわっても、何ひとつ良いことはないぞ」

 ひどい言いよう。

 ほんとにヘルムート、サルトゥーベ伯爵夫人と何があったんだろ。


「……サルトゥーベ伯爵夫人から、話を持ち掛けられました。夫であるサルトゥーベ伯について話したいことがある、と。恐らくはサルトゥーベ伯が貴族派と関わりを持っている……、もっと言えば、反乱に関わっている証拠をつかんだということなのでしょう。その情報の見返りに、身の安全と、……より高い身分を求められました」

「身分」

 ヘルムートが首をかしげた。


「別にサルトゥーベ伯と離縁したとしても、侯爵家の娘であることに変わりはあるまい。侯爵令嬢より高い地位と言われても、……公爵の肩書はさすがに金では買えないし、どうしろと」

 すると、ロウィーナ男爵夫人がため息をつき、言った。

「ヘルムート様。……恐らくイザベラ様は、公爵夫人としての地位を求められたのですわ。違いますか?」

「ええ、ロウィーナ男爵夫人のおっしゃる通りです」

 クラウス卿が静かに言った。


「サルトゥーベ伯爵夫人は、情報の見返りとして、サムエリ公爵夫人の地位を要求されました」


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