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可愛くて強い私の陛下、一生お守りいたします  作者: 倉本縞


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40/60

40.死神降臨

 レーマン侯爵家の庭園に現れたクラウス卿を見て、わたしはすごく嬉しくなった。


 明日にならないと会えないって思ってたのに、もう会えた。嬉しい!


 だが、わたしがにこっと笑いかけると、クラウス卿は顔を歪め、わたしの視線を避けるように横を向いた。


「……あれ?」

「どうかなさいましたか、殿下」

「んー……、クラース卿がいたんだけど、なんか……」

 どうしたんだろう。なんか怒ってる……ように見えたけど、見間違いかな?

 くるっとターンしてから、もう一度視線を向けると、すでにクラウス卿はそこにはいなかった。


「あ、もういなくなっちゃった。どこいったんだろ?」

「サムエリ公爵閣下がいらしたのですか?」

 ハロルドが驚いたように言った。

「閣下には、招待状を送っていないはずですが……」

「でも、たしかにいたぞ。……招待状を送っていないのか? 可哀そうだから、クラース卿を追い返さないでくれないか?」

「それは、もちろん。……たとえ招待状がなくとも、サムエリ公爵閣下を追い返すような真似などできませんよ」

 そうか、良かった。


 安心するわたしを、ハロルドがじっと見た。

「殿下は……」

 ハロルドは何か言いかけたが、口をつぐんだ。

「ヘロード? どうかしたか?」

「いえ。……ああ、ライラ殿です」

 振り返ると、ロウィーナ男爵夫人が立っていた。


「ローナ男爵夫人!」

 嬉しくなって笑いかけると、

「殿下、わたくしより先にハロルド様と踊るなんて、ひどいですわ」

 拗ねたような口ぶりで言われ、わたしは慌てて謝った。


「ごめんなさい、ローナ男爵夫人! ゆっくりした曲だったので、ヘロードと踊りました。ローナ男爵夫人も、ゆっくりした曲で踊りたかったですか?」

「……ええ、速い曲も楽しいですけど、ゆっくりした曲なら、会話を楽しめますもの」

 なるほど、そういう楽しみ方もあるのかあ。

 ロウィーナ男爵夫人の答えに、わたしは感心した。


 そう言えば、周囲で踊っている人たちも、みんな顔を寄せて何かをささやきあい、楽しげに笑っている。

 わたしは、ダンスをする時はダンスに集中して、息が切れて倒れそうになるまで踊りまくるけど、こういう風にダンスをしながら、会話を交わす楽しみ方もあるんだな。知らなかった。


「踊りましょう、ローナ男爵夫人!」

「ええ、殿下」

 また後でな、とハロルドに手を振ると、ハロルドはにこっと笑い、一礼した。

「……引き際の見極めもお上手ですこと」

 ロウィーナ男爵夫人は小さくつぶやくと、わたしの腰に手を回し、踊り始めた。


「ねー、ローナ男爵夫人! さっき、クラース卿を見かけました!」

「あら、サムエリ公爵様を?」

 ロウィーナ男爵夫人は驚いたような表情を浮かべた。


「お戻りは明日と伺っておりますが」

「うん、わたしもそう聞きました。……けど、さっき、そこで見かけたんです」

 そこ、と視線を向けた先に、クラウス卿の姿をふたたび見つけた。

「あ、いた、いました」

「……あら」


 クラウス卿は、一人ではなかった。

 きらきらの金髪に深い青い瞳をした、ハロルドによく似た令嬢と踊っていた。


「クラース卿、すっごく綺麗な人と踊ってます! 誰だろ、ヘロードに似てる!」

「……あれは、イザベラ様ですわ。ハロルド様の妹君で、三年前、サルトゥーベ伯爵様に嫁がれました」

「ふーん、綺麗な人ですね!」


 でも、クラウス卿もサルトゥーベ伯爵夫人も、なんだかあんまり楽しくなさそうだ。サルトゥーベ伯爵夫人は、なんかクラウス卿に文句を言ってるみたいだし、クラウス卿も顔をしかめている。


「ローナ男爵夫人、あの二人、ケンカしてるみたいです! どうしたのかな?」

「まあ……、本当ですわね。どうなさったのかしら」

 こういう場合、どうすればいいんだろう。ハロルドとレーマン侯爵がケンカしてた時は仲裁したけど、クラウス卿は女性に暴力を振るうような真似はしないだろうし。


「ベルガー王国では、男女がケンカしてたら、どうするんですか?」

 草原なら、相手が誰であっても、仲裁を望まないかぎりケンカを続行するし、周囲もそれを応援したり野次を飛ばしたりして楽しむ。ベルガー王国ではどうするんだろう?

「そうですわねえ。……ベルガー王国では、見ないふりをしつつ、耳をそばだてて会話の内容を知ろうとするものですけど、これは……、あら」


 パシッ、と乾いた音がしたので振り返ると、クラウス卿が頬を押さえて立っていた。その正面に立つサルトゥーベ伯爵夫人は、扇を握りしめてぶるぶる震えている。

「……ひょっとして、ヘロードの妹は、クラース卿を扇で打ったんですか?」

「そのようですわね。……まったく、扇は武器ではないというのに、相変わらずだわ」

 ロウィーナ男爵夫人は苦々しく言った。


「ローナ男爵夫人、ちょっと失礼しますね!」

 わたしはロウィーナ男爵夫人に断りを入れると、急いでクラウス卿のもとへ行った。

 サルトゥーベ伯爵夫人にそれほど力はなさそうだけど、頭への打撃は衝撃と痛みが強い。クラウス卿はあまり痛みに強くなさそうだから、心配だったのだ。


しかし、声をかける前にサルトゥーベ伯爵夫人とクラウス卿はふたたび言い合いを始めた。……というか、一方的にクラウス卿が罵られている。

「失礼ではありませんこと!? わたくしにそのような……、わたくしはレーマン侯爵家の娘です。よくもそのような」

「……夫人は、何か誤解をなさっておられるようだ」

「誤解ですって!?」


 ……これ、割って入っても大丈夫なのかな。ロウィーナ男爵夫人は、『ベルガー王国では見ないふりをしつつ、耳をそばだてる』って言ってたけど、もうみんな見てるし、聞こうとしなくても聞こえるほど大声だし。


 とりあえずわたしは、クラウス卿に声をかけてみた。

「クラース卿、よい夜ですね!」

「!?」

 クラウス卿は、わたしの声にびくりと振り返った。サルトゥーベ伯爵夫人も、驚いたようにわたしを見ている。


 あれ?

 夜会で、知り合いに声をかける時は「よい夜ですね」でだいたい大丈夫って習ったんだけど、間違ってたのかな。それとも、やっぱりケンカに割り込んじゃいけなかったんだろうか。

 まあ、もう声をかけちゃったし、間違っていたら後で謝ろう。


 そう思ったわたしは、サルトゥーベ伯爵夫人にも声をかけた。

「素晴らしい夜会ですね」

「……これは、殿下」

 サルトゥーベ伯爵夫人は、膝を軽く曲げて言った。


「お言葉をいただき、ありがとうございます。レーマン侯爵家の娘、イザベラと申します」

「そうですか。わたしは草原の王女、カーチェ・ルコルダルです。この夜会には、あなたの兄君、レーマン侯爵家のヘロード殿に招かれて来ました」

 挨拶を返しながら、わたしは少し考えた。


 サルトゥーベ伯爵夫人は、実家の家名を名乗り、婚家を名乗らなかった。別に失礼ではないが、これは明確に婚家であるサルトゥーベ家より、実家であるレーマン家との繋がりを主張する行為だ。

 だが、わたしにはレーマン侯爵家とサルトゥーベ伯爵家、両方について、付け焼刃の知識しかない。

 ここはクラウス卿に解説を頼もう、と思ったのだが、


「クラース卿?」

 ふたたびクラウス卿に声をかけると、ふいっと顔を背けられてしまった。

「あの……、久しぶりですね、お元気でしたか?」

「………………」

 わたしの問いかけにも無言で、クラウス卿はわたしと目を合わせようとしない。


 え。なんで? クラース卿、やっぱりなにか怒ってるの?


 どうしよう、と思っていると、

「……何をやっているのだ」

 あきれたような声が背後から聞こえた。


 振り返ると、そこには死神のように全身真っ黒の格好をしたヘルムートが、偉そうに腕組みしてふんぞり返っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヘルムットーをこんなに頼もしく思ったのは初めてかも?! ヘルムットーに期待!(^▽^)
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