38.忠犬
「殿下! お迎えにあがりま……」
満面の笑みで部屋を訪れたハロルドは、ロウィーナ男爵夫人に気づき、足を止めた。そのまま固まっているハロルドに、わたしはうんうんと頷いた。
ハロルドの気持ちはわかる。
今夜のロウィーナ男爵夫人は、いつもの可愛らしい雰囲気ではなく、凛々しくカッコよく、どこか色っぽい。なんか見ているだけで、ドキドキそわそわしてしまう。
ロウィーナ男爵夫人が着ているのは、草原風の衣装だった。丈の長い前合わせの上着に、ゆったりとしたズボンをあわせ、革のロングブーツを履いている。腰に湾刀を佩いているため、草原の女戦士のような出で立ちだが、ロウィーナ男爵夫人が着ると、どこか優美で艶やかだ。
丈の長い上着は淡い青色で、まるでわたしの瞳の色みたいだ。
わたしのドレスは濃い緑色で、ロウィーナ男爵夫人の瞳と同じ色だ。「わたしたち、お互いの瞳の色とお揃いの衣装です!」って言ったら、ロウィーナ男爵夫人は「まあ、本当ですわね、殿下。とても嬉しい偶然ですわ」ってにこにこしてくれた。わたしも嬉しい!
「あら、ハロルド様も草原風の衣装をお召しですのね。とてもよくお似合いですわ」
ほほほ、とどこか勝ち誇ったように笑うロウィーナ男爵夫人に、ハロルドががっくりと肩を落とした。
「いえ……、その、今夜は殿下をエスコートさせていただこうと思いましたので、それで草原風の衣装をと……」
そうか、それでハロルドも前合わせの服を着ているのか。
ハロルドの服は深い青色で、金糸の縫い取りがされていた。豪華でキラキラしてて、とても綺麗だ。腰には、わたしが贈った長めの湾刀を佩いている。
「よく似合っているぞ、ヘロード」
わたしが褒めると、ハロルドはぱっと顔を輝かせた。
「ありがとうございます、殿下!」
ハロルドは、わたしのドレスをしげしげと見て言った。
「その……、殿下、わたしのお贈りした宝石はお気に召しませんでしたか?」
「え? いや、ちゃんとつけてるぞ?」
わたしは、ひらひらのフリルの波に隠れた宝石をハロルドに見せた。
「ほら、な?」
「……はい……」
ロウィーナ男爵夫人が、にこにこしながら言った。
「今夜の殿下のお衣装ですけど、急ごしらえにしては、なかなか良いデザインだと思われません? 殿下の剛毅なお心とお可愛らしさ、両方を表現できておりますでしょう?」
「ローナ男爵夫人、褒めてくれてありがとう!」
なんだか気恥ずかしいけど、とっても嬉しい。にこにこするわたしに、ハロルドは微妙な表情になった。
「……たしかによくお似合いだとは思いますが、これだと宝石のブローチがまるで見えなくなってしまうような……」
わたしの今夜のドレスは、片方の肩を出し、もう片方の肩をたくさんのフリルで覆っている。体にぴったりした作りで、鮮やかな緑が目を引く、とても美しいドレスだ。
ハロルドからもらった宝石は、そのフリルの波の下に、ロウィーナ男爵夫人が付けてくれた。
「あら、そうですか? でも、ここ以外にブローチをつける場所はございませんし、しかたありませんわね」
素っ気なく言うロウィーナ男爵夫人に、ハロルドが食い下がった。
「で、では、服ではなく髪に」
「いけませんわ。本日の殿下の髪は、緑の髪紐で結い上げ、緑の髪飾りをつけておりますもの。緑に青は映えません」
「…………」
へー、そうなのか。緑に青は合わないんだな、知らなかった。
わたしは、ふとクラウス卿を思い出した。
クラウス卿は、暗褐色の髪と瞳をしている。焚火に照らされた闇のような、深くて素敵な色だ。あの色に、わたしの瞳の色は合うだろうか。
淡い青色の服を着たクラウス卿を想像して、わたしはなんとなく照れてしまった。他人の服について考えるなんて、わたしもベルガー王国に馴染み、その文化に染まってきているのかもしれない。
「そういえば、ヘルムットーは夜会に来られないんですか?」
レギオン様の一件は、すぐに魔道具を使ってヘルムートとクラウス卿に伝えたが、できれば今日、詳細を確認したいと思っていた。
ヘルムートはいつも、ロウィーナ男爵夫人の背後霊のように張りついてるのに、今日に限っては姿を見ない。
「ええ、ヘルムート様は本日、ご実家へおいでになっていて、夜会には出席できないそうです」
「ふーん」
まあ、どちらにせよ草原の情報を把握できない間は貴族派と事を構えることはできないし、夜会についてはヘルムートがいなくとも何の問題もない。ロウィーナ男爵夫人をエスコートするのは、わたし一人で十分!
「ヘルムートの実家……、マクシリティ侯爵家に?」
ハロルドは少し、怪訝そうな表情になった。
「珍しいですね。やつは……、あ、いえ、ヘルムート卿は、あまり実家と交流がないと聞いておりますが」
ロウィーナ男爵夫人は、ハロルドに向き直った。
「それについて、わたくしからハロルド様に、確認させていただきたいことがございます。……よろしいでしょうか、殿下?」
「うん、なんですか、ローナ男爵夫人。ヘロードが、また何か無礼を働きましたか?」
「えっ!?」
ハロルドが慌てたようにわたしとロウィーナ男爵夫人を見た。
「え、ええ!? いや、わたしは何も……」
「大丈夫ですわ、殿下。ハロルド様は最近、たいそう真面目に騎士団の訓練に参加されておられますもの。……わたくしが伺いたいのは、ハロルド様のお父上、レーマン侯爵様についてですわ」
「父について? ですが、わたしは何も……」
困惑したようなハロルドに、ロウィーナ男爵夫人は淡々と言った。
「この夜会も、殿下を招待されたいというハロルド様の願いを、レーマン侯爵様が聞き入れられたと伺っております。……ハロルド様、お答えください。レーマン侯爵家は、貴族派から国王派へ鞍替えなさったとみて、よろしいのですか? この夜会は、その意思表示であると、そう思ってかまわないのですか?」
ハロルドはたじろいだようにロウィーナ男爵夫人を見た。が、すぐに表情を引き締めて答えた。
「父はわたしには、何も申しません。……が、そう思ってまず間違いないでしょう。サムエリ公爵閣下が尚書となられてから、レーマン侯爵家は凋落の一途をたどっています。家運を盛り返せるなら、父は何でもするでしょう」
「ハロルド様、あなたは?」
ロウィーナ男爵夫人が、鋭く言った。
「ハロルド様のお気持ちはどうなのです? ……ハロルド様もレーマン侯爵様と同じく、国王派にお力添えいただけると、そう思ってよろしいのですか?」
「わたしは……」
ハロルドは言葉を切り、まっすぐわたしを見た。
「正直に申し上げます。わたしは、国王派も貴族派も、どうでもよいと思っています。……わたしは、殿下の弟子です。殿下が国王派なら国王派に、貴族派なら貴族派に、殿下のお心のまま、つき従うだけです」
まあ、とロウィーナ男爵夫人が頬に片手をあて、ハロルドを見た。
「……殿下。このブローチを、ちょっと付け直させていただいてよろしいでしょうか?」
「あ、はい、いいですよ」
ロウィーナ男爵夫人は手を伸ばし、フリルの波に埋もれたブローチをそっと引き抜くと、こころもち上の位置に付け直した。
ブローチはフリルの波に埋もれたままだが、腕を動かすたびに、ちらちらと深い青が見えるようになった。
「……この青、綺麗だな」
そう言うと、ハロルドは嬉しそうな笑顔になった。




