表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
可愛くて強い私の陛下、一生お守りいたします  作者: 倉本縞


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/60

34.幸せの黄色い蝶

「レーギョン様、これどうぞ!」

 レギオン様は豪華な寝台に横たわっていた。

 顔色が悪く、熱があるのか瞳は潤んでいる。

 日の光も堪えるほどレギオン様の病状は悪化しているらしく、カーテンは閉め切られ、ほのかに灯る魔道具の明かりだけが薄暗い部屋を照らしていた。


 それでもレギオン様は、わたしの差し出した花を見て微笑んでくれた。

「草原の……、花だね」

「ご存じでしたか」

「調べたんだ」

 レギオン様はゆっくりと寝返りをうち、横向きになってわたしを見た。それだけの動きがずいぶんと大変そうで、わたしは胸が詰まる思いがした。


 戦で負傷し、こんな風に寝返りもままならない人たちを、草原でたくさん見た。

 その人たちは、すぐ死んでしまった。


「あなたの……、世話係の、……なんと言ったかな」

「ローナ男爵夫人ですか?」

「そう、彼女」


 レギオン様はかすかに笑って言った。

「カーチェ、僕は……、あなたのことが知りたくて、あなたの世話係……、ロウィーナ男爵夫人に、草原のことを教えてほしいと頼んだんだ。夫人は、珍しい本をたくさん持っていてね……、草原の、変わった風習や……、花と星と風……、いろいろ、知ることができたよ……」

「この花も?」

 わたしはレギオン様の枕元に、小さな黄色い花を一輪、置いた。


「ああ」

 レギオン様はそろそろと手を伸ばし、黄色の花弁にやさしく触れた。

「三年前の、あの茶会」

 レギオン様は独り言のように言った。


「あの時……、メイドは、真っ先に僕の前に茶器を置いた。僕の好きなお茶で……、身分から言っても、一番先に僕へお茶を差し出すのが当然だった。だから……、何も疑わなかった。毒見の者も……、いたしね……」

「陛下」

 わたしはレギオン様の目を覗き込んだ。

 わたしと同じ、淡い青の瞳が潤み、ゆらゆらと揺れている。


 陛下は息を吸い込むと、真っ直ぐにわたしの目を見つめ返した。

「僕は茶器を手に取った。……けどその時、僕の目の前を、小さな黄色い蝶が横切ったんだ。僕は、それに気をとられて……、お茶を飲まなかった。僕は無作法にも席を立ち、その蝶を追いかけた。でも、すぐにその蝶を見失ってしまった。僕は、母上に呼ばれて席に戻った。母上とサムエリ公爵夫人は……、お茶を飲みながら歓談していた。僕もようやく一口、お茶を飲んだところで……」

 けほけほ、と力なくレギオン様が咳き込んだ。


「陛下、手を」

 わたしはレギオン様の手を握り、前にもしたように、力を流し込もうとした。でも、まるで力を通す道が壊れてしまったように、ちっとも力が流れていかない。


「……思い出したんだ。あの後、たくさんの人間に聞かれた。誰か、何か不審なものを目にしませんでしたか、と。でも僕は、何も答えられなかった。……サムエリ公爵夫人は、声もなく倒れた。母上は毒に喉を焼かれ、血を吐きながら必死に僕の命乞いをした。僕が覚えていたのはそれだけだった。でも……」

 レギオン様の瞳が、鮮やかに輝いた。


「一つだけ、思い出したんだ。……あの蝶……、あの黄色い蝶を追って四阿を出て……、その時なにか……、知らない香りがした。一瞬だけ……」

「レーギョン様」

「何の香りか、それさえわかれば……」

「大丈夫です、レーギョン様、大丈夫です」

 わたしはレーギョン様の手を握り、言った。


「レーギョン様の知らない香りがしたのですね。必ず、クラース卿に伝えます。ヘルムットーにも」

「うん……」

 レギオン様は握られた手をみつめ、つぶやいた。


「……ごめんね。もう、力を受け取ることもできないみたいだ」

「大丈夫です」

 わたしはバカみたいに同じ言葉をくり返した。


 自分はバカじゃないって、そうヘルムートに言ったけど、間違いだった。わたしは大馬鹿だ。

 大丈夫であるはずがない。レギオン様は、もうすぐ死ぬのだ。わたしは何もできない。


 死にゆく人を何人も見てきたのに、レギオン様になんと言えばいいのかわからない。

 レギオン様は、わたしの剣を捧げた、大切な主なのに。


「陛下、わたしに何かできることはありませんか」

「あるよ」

 レギオン様は熱に浮かされた瞳で、わたしをじっと見て言った。


「結婚しよう、カーチェ」

「陛下」

「なるべく早く。……あなたに、この国を司る権限を移譲しなければ」


 わたしが言うより先に、レギオン様に言われてしまった。

 本当に、わたしは役立たずだ。何もかもレギオン様に押しつけてしまっている。

 こんなに小さな、今にも消えてしまいそうな命で、それでも必死にレギオン様は生きているというのに。

「はい、わかりました」


 即座に頷くと、レギオン様はじっとわたしを見つめた。

「……あなたは、まるであの時の黄色い蝶のようだ。初めて会った時から、ずっとそう思っていた。……僕を助け、幻のように消えてしまった、手の届かぬ美しい存在」

「手は届いていますよ、ほら」

 握った手に力を込めると、レギオン様は微笑んだ。


 その微笑みは、ほの暗い部屋を照らす魔道具の明かりを受けて、溶けてしまいそうなほど儚く見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] こんばんは。 (´;ω;`)ウッ… 更新をお待ちしております。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ