33.選択
「おまえ、ハロルド・レーマンと中庭で逢引していたというのは、本当か!?」
ヘルムートが鬼のような形相で怒鳴った。
どうでもいいけどヘルムート、ここんとこ毎日のようにわたしの部屋に来ている。宮廷魔術師団長って、そんなに暇なんだろうか。
ロウィーナ男爵夫人は所用で来られないっていうし、今日は厄日だ。
「こともあろうに、ハロルドと! なんでだ! せめてサムエリ公にしろ! ……あ、今いないか。じゃ、じゃあ、騎士団の誰か! あっ、ヨナスは駄目だぞ、やつは既婚者だ!」
「誰とも逢引なんかしてない……」
わたしはだらーっとソファに横たわって言った。
ロウィーナ男爵夫人に会えない上、マイアもクラウス卿も帰ってこない……。つらい。
まあ、マイアはたぶん、草原で友達親類から宴に呼ばれて、美味しいお肉を食べまくって、それで遅くなってるんだろうなあってわかるけど。
でも、クラウス卿は……、どうしてるんだろう。誰かとケンカ……いや、クラウス卿は温和な人だから、ケンカなんてしないだろう。でも、上品でおっとりして見えるから、気性の荒い人間に目をつけられて、金を巻き上げられたりしてそうだ。怖い思いをしていたらどうしよう。殿下、助けてって泣いてたら、どうしよう。
考えていたら悲しくなって、わたしはポロポロと涙をこぼした。
「「ええっ!?」」
ヘルムートとセレスが叫んだ。
「え、ど、どうした。……あ、えと、すまなかった、逢引は誤解だったのだな。私が悪かった」
「殿下、あの……、お茶をどうぞ」
セレスの差し出したお茶を飲む。ロウィーナ男爵夫人からもらったお茶だ。なんかホッとする味がする。
「……ありがとう。美味しいな……」
お礼を言うと、セレスは眉を下げ、心配そうな表情を浮かべた。なんかそういう表情もクラウス卿に似ている。ますます悲しくなったわたしは、お茶を飲みながらべそべそ泣いた。
「ど、どうしたのだ。……あの、本当に悪かった。逢引はウソでデマで、信じた私が馬鹿だった。謝るから、泣かないでくれ」
気づくと向かいのソファにヘルムートが座り、心配そうにわたしを見ていた。
魔術師だし、うるさいし、ロウィーナ男爵夫人を独り占めしたがる心の狭いやつだけど、でも、ヘルムートはいいやつだ。
「……ヘルムットー、クラース卿が死んだらどうしよう……」
わたしがそう言うと、
「はあ!?」
ヘルムートはセレスから渡された茶器を取り落とし、足にお茶をこぼして飛び上がった。
「あつ! あっつ!」
「……ヘルムート様、どうぞお使いください」
セレスがヘルムートに、お茶を拭く布を渡した。
涙目でその布を受け取り、あっつー……、としばらく悶絶してから、ヘルムートはわたしを見た。
「……なぜサムエリ公が死ぬなどと、不吉な妄想をしたのだ? 言っておくが、サムエリ公は南東地方の視察を終え、無事、帰路に就いたという報告を受けたばかりだぞ」
「え!? クラース卿、無事なの!?」
とたん、涙が引っ込み、わたしは笑顔になった。
よかった! と喜ぶわたしを、ヘルムートが脱力気味に見た。
「これからは何か言う前に、それは正しい情報なのかどうか、よく吟味してから口に出せ。余計な混乱を招く」
「クラース卿、いつ帰ってくるの?」
「きさま、私の話を聞いていたか?」
ぶつぶつ言いながらも、ヘルムートは「三日後くらいには王宮に伺候してると思うぞ」と教えてくれた。
「そっか! ありがとうヘルムットー!」
「ふん。……これくらい、別に」
つんつんしながら、ヘルムートはセレスが入れ直してくれたお茶を飲んだ。
相変わらず愛想がないが、今日ばかりはヘルムートに後光が差して見える。
そっかあ。三日後にはクラウス卿に会えるんだ!
嬉しくてにこにこしていると、ヘルムートがため息をついた。
「……サムエリ公は、貴族派の中でも特に過激な連中の動向を探っていた。殿下の従兄殿の件もある。サムエリ公の帰国と同時に、一気に戦が始まるかもしれん。浮かれている暇はないぞ」
「なに言ってるの、ヘルムットー」
わたしはにこにこして言った。
「草原の民は、いつだって戦いに備えているよ。でも、だからって、嬉しいことを喜ばなかったり、食べたいお肉を我慢したりはしない。明日、死ぬかもしれないんだもん。全力で愛して、喜んで、食べたいお肉を食べるほうがいいよ。そのほうが悔いなく戦える」
「……ふん」
ヘルムートは興味なさそうな顔をしてお茶を飲んだけど、文句は言わなかった。
「戦争が始まるなら、レーギョン様にご挨拶にいかないといけないね」
「……そうだな。というか、陛下とおまえとの婚姻を急がねばならん」
「そっか」
頷くわたしを、ヘルムートが目をすがめて見た。
「なに、ヘルムットー?」
「いや、私は別にどうでもいいのだが。……もしかしたらサムエリ公は、おまえをベルガー王国へ連れてきたことを後悔しているかもしれんと思ってな」
「え、なんで?」
わたしは驚いてヘルムートを見た。
「クラース卿は、貴族派とかかわりのない王族を探して、わざわざ草原まで来たんだよ。それなのに、どうして後悔するの?」
「どうしてと言われても。……おまえ、わからんのか?」
言いづらそうなヘルムートに、わたしは首をかしげた。
「えー? ぜんぜんわかんない。クラース卿は、絶対わたしをベルガー王国の女王にしたいんだと思ってた。そうじゃないと、貴族派へ復讐できないでしょ」
「そこだ」
ヘルムートは顔をしかめて言った。
「サムエリ公は、たぶん……、おまえを復讐の道具として使うのを、ためらっているのではないか」
「なんで?」
わたしはますます不思議に思った。
「わたしもベルガー王国の女王になりたいのに、どうして? わたしとクラース卿は利害も一致してるし、ためらうことなんか何もないのに」
「おまえにとってはそうかもしれんが。……サムエリ公にとっておまえは、ただの復讐の道具ではなくなった、ということなのだろうよ」
「ふーん?」
よくわからない。
でも、思い返してみれば、最後に見た時のクラウス卿は、いつもと様子が違い、なんだかさみしそうだった。宴の後の寂しさ、ってやつだと思ってたんだけど、違ったのかな。
ヘルムートはため息をついた。
「サムエリ公は自業自得ともいえるな。自ら仕掛けた復讐の罠に、自らはまり込んでしまったのだから。……まさかと思ったのだろうな。草原の暴れ馬に本気で入れあげるとは、サムエリ公も謎な趣味の持ち主だ……」
「なに、ヘルムットー?」
ヘルムートが独り言みたいに小さな声で言うから、最後のほうを聞き取れなかった。
「クラース卿が、どう思ったの? なんか問題でもあるの?」
「問題はない。サムエリ公が勝手に苦しんでいるだけだ。……一応聞いておくが、おまえはもう、草原に戻る気はないのだな? 今ならまだ、引き返せるぞ」
「戻らないよ!」
わたしは胸を張って答えた。
ヘルムートの言うことはよくわからない。でも、自分の気持ちはわかっている。
わたしはレギオン様に剣を捧げた。この国の女王となることを誓った。
そのために戦わねばならないなら、逃げるつもりはない。
ヘルムートはわたしが戦で傷つくこと、もっと言えば死ぬことを心配してくれているのだろう。だが、たとえ戦に敗れ、死ぬとしても、それはそれでいいのだ。
避けることのできぬ戦なら、全力で戦う。
草原の民はみな、そうやって戦い、死んでいった。わたしもそうするだけだ。
ただ、わたしが死んで、クラウス卿やロウィーナ男爵夫人が悲しんだりしないといいなあ、とは思うけど。
「明日、レーギョン様にお会いする」
「……そうか」
「陛下の体調にもよるけど、婚姻の儀を急がなきゃならないってお伝えする」
わたしの言葉にヘルムートは表情を消し、「わかった」と頷いた。




