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3.本領発揮

 それは、クラウス卿の話が終わってすぐのことだった。

「あ」

 わたしはぱっと頭を上げた。マイアが心得たように頷き、馬車の側面に垂らされた布を小さくめくり上げる。


「聞こえる? マイア」

「私には、まだ。……カーチェ様には聞こえますの?」

「うん、馬の足音が聞こえる。……でも、だいぶ軽いなあ。ベルガー王国の人って、戦う時にいろいろ鉄製の防具をつけるって聞いてたんだけど。これは、馬が小さいからかな? それとも」

 言いかけたその時、ヒュッと不思議な気配がした。


「王女殿下!」


 クラウス卿の慌てたような声が聞こえた。

 わたしはマイアの頭を抱え、馬車の床に素早く伏せた。ガコン! と大きな音が響き、馬車の天井の骨組みが壊れる。


「殿下、ご無事ですか!?」

 馬の近づく音が聞こえたかと思うと、クラウス卿が垂れ布をはね上げ、中を覗き込んだ。

「あ、はい! わたしもマイアも無事です!」

 わたしは床に座り直し、クラウス卿ににこっと笑いかけた。

パラッと木材が天井から落ちてきたけど、問題はない。天井も一部が崩れただけで、骨組み全部が吹っ飛んだわけではないし。


「よかった。……申し訳ありません、殿下。襲撃犯の中に、魔術師がいるようです」

「魔術師」

 わたしは眉根を寄せた。

 魔術師って、魔力でなんかする人のことだよね。嫌い。


「申し訳ありません、第三騎士団には魔法騎士がおらず、私も向こうの魔術師に対抗できるほどの魔力がございません」

 クラウス卿が焦った様子で言う。

「お願いします、殿下。先ほどお渡しした転移陣を使い、王城へお逃げください」

「イヤです」

「殿下!」


 わたしはきっぱりとクラウス卿に告げた。

「わたしは、この弓で戦います。クラース卿こそ、わたしとマイアのことは気にせず、逃げてください」

「何をおっしゃいますか! 殿下を置いて逃げるなど、そのようなことは」

 クラウス卿がまだ何か言っているけど、時間がない。わたしは立ち上がって馬車の縁まで行くと、垂れ布をつかんだままのクラウス卿を見下ろし、言った。

「ごめんね、クラース卿」

「え?」

 

 わたしはクラウス卿に謝ると、軽くその体を蹴った。

「え、えっ!?」

 わたしに蹴られ、クラウス卿はバランスを崩してぐらりと鞍から落ちかけた。しかし、クラウス卿は慌てて手綱を引くと、体勢を元に戻した。

「殿下」

クラウス卿が呆然とわたしを見た。

「クラース卿、ごめんね。ちょっと邪魔だったから」

 言いながら、わたしは弓を構えた。素早くマイアが垂れ布を押さえてくれたので、その隙間から外を窺う。


まだ王都には入っていないのだろう。道は舗装されておらず、民家もない森の中だ。しかし、もう目視できる範囲に、襲撃犯と思われる集団がいる。抜身の剣を手に、目深にフードをかぶって顔を隠している。所属先を示す紋章などがどこにも見られないから、わたしたちを狙った襲撃犯か山賊、どちらにしても敵には違いない。


「クラース卿、あの集団が襲撃犯?」

「そうです、ですが殿下」

 クラウス卿が何か言いかけたが、それをさえぎるようにわたしは矢をつがえた。

全員馬に乗っていて、弓に備えた防具は装備していない。

だが、思ったより数が多い。まずは一人、とわたしは襲撃犯の先頭に狙いを定め、矢を放った。

だが、矢は目標に届く前に不自然に軌道を変え、地面に落ちてしまった。


「敵は、三十……、二! 何かの魔法で守られてる!」

 わたしは舌打ちし、クラウス卿を見た。

「まずは魔術師を倒さないと!」

「……え? は、はい!」

 クラウス卿は何度か瞬きした後、はっとした表情になって言った。

「……仕方ありません、それでは私も戦い、殿下をお守りいたします!」

 クラウス卿は、御者に「決して馬車を止めるな。王城まで王女殿下をお届けするのだ」と声をかけると、馬首をめぐらせ、襲撃犯に向かっていった。その後ろ姿に、わたしは少し微妙な気持ちになった。


 うーん、いや、気持ちは嬉しいけど、クラウス卿はあんまり戦いには向いてなさそうだ。自分でも戦いは好きじゃないって言ってたし、もしかしたらクラウス卿は足手まといになるかも……。

 と思ったけど、うん、まあ、わたしを守るっていうその気持ちは、大事にしてあげたい。なんといってもクラウス卿は、わたしの愛人候補だしね。

 よし、わたしもクラウス卿を守って、襲撃犯と戦うぞ!


「マイア、矢筒をとって」

「これに。……馬車からお出になりますか?」

「んー、そうするしかないかな。クラース卿を守らなきゃいけないし」

 クラウス卿は馬車から出るなって言ったけど、向こうには魔術師がいる。魔術師と戦うのに馬車は不利だ。機動性から言っても、どうしても馬がいる。


「マイア、向こうには魔術師がいるみたい。一人で大丈夫?」

 わたしの言葉に、マイアは表情を引き締めた。

「ご心配は無用ですわ。先ほど程度の魔術なら、私の力だけでもなんとかなります」

「そっか。なるべく魔術師を先に倒すようにするけど、気をつけて」

「姫様こそ。さあ、矢は残り十九本、魔術用の響き矢は一本です。ご武運を!」


 わたしは垂れ布を巻き上げ、馬車の縁を踏んで外の様子を窺った。

 クラウス卿と騎士たちは、襲撃犯たちと戦闘を始めている。その隙間を縫うように、こちらに向かって馬を駆けさせる襲撃犯が一人いた。

そいつに、わたしは狙いをつけた。

 魔術師から離れれば、あの妙な守護もなくなるはずだ。馬はちょっと小さいけど、贅沢は言っていられない。

 わたしは弓を引き絞ると、こちらに向かってきた敵を狙い、矢を放った。

「うあっ!」

 狙い通り、肩を射抜かれた敵がバランスを崩し、落馬した。

 主を失った馬が、そのまま馬車に向かって突っ込んでくる。

 よし、いいぞ。このくらいの速さなら、問題ない。


「殿下!」


 クラウス卿の声が聞こえたような気がしたが、わたしは構わず馬車の縁を蹴り、思いきり跳躍した。

そのまま、走ってきた馬に飛び乗る。鞍にしがみつき、両足で馬の腹を締めるようにして、なんとか手綱をつかんだ。

 いきなりわたしに飛び乗られた馬が、驚いて棹立ちになる。

「よーしよし、いい子ね」

わたしは馬をなだめるように声をかけながら、強く引いていた手綱をゆるめた。そのまま、ぐっと片側に体重をかけ、くるりと馬を方向転換させる。


「殿下、ご無事ですか!」

 クラウス卿がこっちに馬の首を向けた……けど、後ろ! 後ろに敵がいるのに、無防備すぎる!


「クラース卿!」

 わたしは急いで矢を放った。

「え!?」

 矢はスレスレでクラウス卿の横を通り過ぎ、彼の後ろの敵をかすめた。あー、もう! やっぱり魔法のせいで、矢が当たらない! 腹立つ!

「で、殿下」

「クラース卿、戦闘中は集中して! 次は守ってあげられるかわからない!」


 わたしは矢筒に手を入れ、四立羽の矢を探った。魔術用の響き矢は、普通の矢とは違い、四枚の羽根を使っているから、触ればすぐにわかる。

 魔術師は右手を上げ、何か不思議な文様のようなものを空中に描き始めた。文様は、光を弾いて赤く光っている。

あー、これ、完成するとなんか妙な攻撃をされるやつだ。そうはさせるか!


 わたしは響き矢をつがえ、天に向かって思いきり放った。

 甲高い鳥の鳴き声のような音をたてながら、響き矢が高く遠く飛んでゆく。それと同時に、魔術師が描いていた不思議な文様が崩れ、砂のように消え失せた。

離れていても、魔術師がぎょっとしたように狼狽えるさまが見てとれた。よし、今だ!


「クラース卿! 魔術は破られたぞ、今だ! 蹴散らせ!」

 わたしは残りの矢を次々につがえ、敵に射かけた。先ほどとは違い、矢は狙った通りの軌道を描き、敵を射抜いた。

矢が尽きると、わたしは腰に下げた湾刀を引き抜いた。

「おおお!」

 わたしは雄叫びをあげながら、馬の腹を蹴って敵集団の中に突っ込んでいった。響き矢の効果で魔術が使えないのはわずかな間だ。その間に魔術師を倒さねばならない。


「殿下!」

 クラウス卿が、敵の一人と打ち合いながらわたしを見た。

「クラース卿、魔術師を殺せ! わたしは卿を援護する!」

 敵の魔術師は丸腰だ。魔術の使えない状態なら、クラウス卿でも倒せるだろう。わたしはその間、クラウス卿を守ればいい。

「御意!」


 クラウス卿はわたしに叫び返すと、戦っていた相手の剣をかわし、さっと方向転換した。

その素早い動きに、わたしは少し驚いた。

 クラウス卿、剣はまあまあ使える……、かな? 馬の扱いも上手だし、クラウス卿はただ、戦場慣れしていないだけなのかもしれない。


 わたしはクラウス卿に続き、馬を走らせた。斬りかかってくる相手をいなし、魔術師に向かって突っ込んでいく。魔術師は慌てたように馬首をめぐらせ、こちらに背を向けたが、逃がすか!

 わたしは馬を走らせながら、手にした湾刀を思いきり投げつけた。魔術師の騎乗している馬の足に湾刀が刺さり、馬が棒立ちになる。

「うわあっ!」

魔術師は悲鳴をあげ、体勢をくずして馬にしがみついた。


「クラース卿!」

 わたしの声と同時に、クラウス卿が大きく剣を振りかぶり、魔術師の背中に斬りつけた。

 魔術師の悲鳴が森に響きわたる。ふたたびクラウス卿が剣をふるうと、血飛沫が飛び、魔術師の体がどさりと地面に落ちた。


「よくやった、クラース卿!」

「殿下……」

 クラウス卿を褒めると、彼は面映ゆそうな、どこか困ったような表情でわたしを見た。


振り返ると、襲撃犯の数も残り数人程度だった。もう援護する必要もないか、と思ったけど、どうも騎士たちは苦戦している様子だ。

 魔術師は倒したし、見たところ敵にそれほど強い剣士もいないようなのに、なんで? と思ったら、問題は味方の騎士のほうにあった。

……わたしの護衛とかいう、第三騎士団の面々が弱すぎるのだ。

なんだこいつら、草原の子どもにも負けるんじゃないの?


 騎士たちは、草原の戦士なら一撃で吹っ飛ばせそうな相手と、弱々しい打ち合いを延々と続けていた。……あああ、見ているだけでイライラする! 何をやっているんだこいつらは! ふざけてんの!?


「そこの騎士、金髪の! そうおまえ! やたら剣を振り回すんじゃない! 関節を狙って斬りつけろ!」

 見ていられず、わたしは思わず騎士の一人に声をかけた。

「え? ……え?」

 わたしが声をかけた騎士は、驚いたようにこちらを見た。

 だから! なんで戦いの最中に気を抜くんだ!? こいつらほんとに職業軍人か!?

「どけ!」

 わたしはもう一本、腰に下げていた湾刀を引き抜くと、騎士とその戦っていた相手の間に馬を割り込ませた。


 相手は、体格で劣るわたしを見て、騎士より与しやすしと思ったのか、薄笑いを浮かべて剣を握り直した。そのまま、勢いよく剣を振り回してくる。

 相手はわたしより上背があり、体格で勝っている分、動きが遅かった。わたしは鞍から腰を浮かせ、膝でバランスをとりながら馬をあやつり、敵の剣をかわした。

「この、ちょこまかと……っ」

 敵が苛立ったように大きく剣を振りかぶる。その隙を逃さず、わたしは伸び上がるようにして、敵の首を横一閃に切り裂いた。

 血飛沫が飛び、何が起こったのかわからぬような驚いた表情のまま、敵が落馬した。


「え、え……っ?」

 騎士が狼狽えたようにわたしを見た。わたしは歯痒い思いで騎士を叱咤した。

「力で負ける相手に、力で返してどうする! 相手の動きを見て……」

 言いかけて、わたしは馬車から顔を出しているマイアに気がつき、口をつぐんだ。


 しまった。

 今さらだけど、わたし、けっこう乱暴な口調で話してた、……気がする。

 わたしは手綱を引き、馬をくるっと方向転換させた。

 そのままわたしは、すすっと戦闘の中に紛れ込み、騎士たちを援護して戦い始めた。そうしながら、わたしはそっとクラウス卿の様子を窺った。


 どうしよう、マズい。

クラウス卿はベルガー王国の公爵様なんだから、口の利き方に気をつけるようにってマイアに言われてたのに、すっかり忘れてた。さっきまで、頭ごなしにクラウス卿に命令しちゃってたかも。

 でも命がけの場面で、いちいち口調にまで気を遣っていられないよー……。


 敵をすべて倒した後、わたしは気まずい思いでクラウス卿と馬を並べた。恐る恐るクラウス卿を見ると、彼はなんだかキラキラと顔を輝かせ、わたしを見つめている。


「あの……、クラース卿、その……、さっきは、ごめんなさい」

 思い切って謝ると、クラウス卿は首を傾げてわたしを見た。

「どうされましたか? なぜ謝罪など」

「うん、あの……、さっき、クラース卿に、その、乱暴な口調で……、命令をしてしまいました……」

 うなだれると、くすっと小さな笑い声が聞こえた。


 顔を上げると、クラウス卿がくすくす笑っていた。

「そのようなこと」

 クラウス卿はやさしい笑みを浮かべ、わたしに言った。

「殿下がお気になさる必要などありません。……誠に素晴らしい采配、戦いぶりでございました。殿下の命を受けて戦えたことを、誇りに思います」



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