28.血まみれの妻問い
「あのね、でも妻問いっていっても、一年以上前の話です。わたしが十五歳になった時……、成人してすぐだから」
「それは……」
ロウィーナ男爵夫人が、微妙な表情でわたしを見た。
「ベルガー王国では、十八歳で成人ですから……」
「うん、そうなんですよね。ベルガー王国では、十五歳はまだ、子どもなんですよね」
「おまえもまだ、十分子どもだと思うが」
ヘルムートもロウィーナ男爵夫人と同じく、微妙な表情を浮かべている。
「そんなことない! わたしはもう大人だよ! あと三か月もすれば、十七歳だし!」
「ああ、ああ、わかった、おまえは大人だ。……で? あの声の主は、おまえの元婚約者なのか?」
「婚約者じゃないよ、妻問いされたの。……っていうか、夜這いされたの」
「はぁああああ!?」
「何ですって!?」
ヘルムートとロウィーナ男爵夫人が、同時に叫んだ。
「え、なに。二人ともどうしたの」
「ど……、どうしたって、おまえ……」
「で殿下、そ、それで大丈夫……というか、その、どう……、どうなさったんで……、ああ、いえ、おっしゃりたくなければよろしいのです、何も聞きませんわ、大丈夫です」
二人のうろたえる様子に、わたしはちょっときまり悪くなり、頭を掻いた。
「うん、あのね、夜這いされたのって初めてだから、わたしも驚いちゃって」
「まあ、そりゃそうだろうな」
「殿下、お辛いのなら何もおっしゃらなくても」
わたしはちょっと赤くなって言った。
「それでつい、相手を刺しちゃったんです」
「「……え゛っ」」
ヘルムートとロウィーナ男爵夫人が、妙な声を上げた。
「向こうも、何も刺さなくてもいいだろう、イヤならイヤと言え、ってそう言ってました。ちょっとしょんぼりしてて、わたしも悪かったかなって」
「いいえ殿下。いきなり夜這いをかける殿方など、思い切り刺して正解です。何も悪いことなどございませんわ」
ロウィーナ男爵夫人が、キリッとした表情で言い切った。それに、わたしは慌てて説明した。
「あのね、草原では、夜這いをかけられてイヤだったら、相手にそう言うんです。そしたら相手は、わかった、ってそのまま帰るから」
「それは存じておりますわ。……でも、その、通常は夜這いの前に、それとわかるよう、お相手の方から意思表示があるものでしょう? 殿下は、驚いた、とおっしゃいましたわ。つまりお相手の方は、殿下に何も申し上げなかったのでは?」
ロウィーナ男爵夫人の言葉に、わたしは頷いた。
「うん、まあ……、口下手な人だから」
「口下手で許される範囲を越えております」
ロウィーナ男爵夫人は、怒ったように言った。
「いきなり夜這いだなんて! 最低な男ですわ!」
ヘルムートも頷いて言った。
「ん、まあ……、たしかにそれは、一言あってしかるべきだな。だが殿下は、あまりその男に悪感情を抱いてないようだ。まんざらでもなかったということか?」
「まあヘルムート様、何をおっしゃるのです」
わたしは少し、考え込んだ。
悪感情……は、ない。ていうか、好きだ。だけど、妻になってもいいかと言われたら……。
「その人ね、わたしの従兄なんです。子どもの頃からずっと、わたしとリーチェの面倒をみてくれてました。……母上が亡くなった時、父上がすっごく悲しんで……、ずーっとずーっと、泣いてばかりいたんです。リーチェも小さかったし、わたし、どうしたらいいかわからなくて。その時ね、その従兄が、わたしとリーチェのそばにいてくれたんです。だから、なんか嫌いになれないっていうか」
「……そうだったのですか……」
ロウィーナ男爵夫人の雰囲気が、ちょっとやわらいだ。
「殿下と妹君に、やさしくしてくださった方ですのね」
「んー、やさしくっていうか、狩りの仕方とか、盗賊の討伐方法とか、いろいろ教えてくれました」
「……討伐、ですか……」
「なかなかに殺伐とした従兄殿だな」
ヘルムートは腕組みし、わたしを見た。
「それで、その従兄殿が、ここベルガー王国に現れたというわけか。われわれ国王派と敵対する、貴族派陣営の戦力として」
「ヘルムート様、まだそうと決まったわけでは」
ロウィーナ男爵夫人が取りなすように言ったが、わたしは首を振った。
「ううん、たぶん間違いありません。……マイアが戻ってきたら、正確なところもわかると思うけど」
「で、どうする」
ヘルムートはソファにだらしなくもたれ、天井を仰いだ。
「殿下は、幼なじみの君と殺し合いをするつもりか?」
「もちろん!」
わたしは間髪いれずに答えた。
「相手が誰であっても、敵ならば戦う! 当然だ!」
ヘルムートはため息をつき、わたしを見た。
「さすがは草原の王女といったところか。……結婚しかけた相手と殺し合うなぞ、私でもぞっとせんが」
「誰と戦うかより、何のために戦うか、ということを草原では大事にするの。親兄弟でも関係ない。自分の心に忠実に、命を懸けて戦うの。当たり前のことだよ」
「……でもなぜ、殿下の従兄殿は、貴族派に与したのでしょう? わざわざベルガー王国までやって来て……」
言いながら、ロウィーナ男爵夫人は気まずそうにわたしを見た。
「……たぶん、わたしを草原に帰すためだと思います」
わたしは、彼の寡黙な横顔を思い出して言った。
最後に見た時、彼は怒ったような、さみしそうな顔をして、わたしと目も合わせてくれなかった。
「彼は、わたしがベルガー王国に嫁がされるのを、最後まで反対していたから。……わたしが政略結婚で嫁がされても、戦ってわたしを奪い取るって、そう言ってたから」
「まあ!」
「ええぇ……」
ロウィーナ男爵夫人は頬に手を当て、ちょっと嬉しそうな表情になり、ヘルムートは「そういうセリフ言うのって、絶対モテるやつだ。嫌い」と苦々しそうにつぶやいた。




