26.やっぱり魔法は嫌い
「大蛇はやめろ」
ヘルムートの言葉に、わたしは首をかしげた。
「なんで? 大蛇はベルガー王国の森にもいるでしょ?」
だがヘルムートは顔をしかめた。
「大蛇だぞ? アレを食うのか? ……たしかに従軍中は、他に何もなければ大蛇を兵糧とすることもあるが……」
「ベルガー王国では、蛇肉はあまり好まれないのです。この辺りの獲物で言えば……、そうですわね、ツノウサギなどいかがでしょうか?」」
ロウィーナ男爵夫人が、小首をかしげて言った。
今日は、わたし、ロウィーナ男爵夫人、ヘルムートの三人で、王都近郊のハルスティアという森に来ている。
最初はわたしとヘルムートの二人で行く予定だったのだが、狩りの予定をたてようとするだけで、果てしないいがみ合いを始めるわたしとヘルムートを心配したロウィーナ男爵夫人が、結局ついてくることになったのだ。嬉しいけど申し訳ない。
わたしは、草原にいる時とあまり変わらない服装だけど、ロウィーナ男爵夫人とヘルムートは、マントに長袖のシャツ、ぴったりとしたズボンに革のロングブーツという服装をしている。ヘルムートはそれに荷物袋を背負っていて、まるで冒険者みたいだ。
そういう格好をしていると、ヘルムートも魔術師には見えず、男ぶりが上がったような気がする。ロウィーナ男爵夫人も、可愛い冒険者見習いみたいだ。どんな服装をしても、ロウィーナ男爵夫人は可愛くて魅力的である。さすがわたしの愛人候補。
「ツノウサギはたしかに美味しいけど、可食部が少ないから、いっぱい仕留めないと!」
わたしが気合を入れると、ヘルムートが辟易したような表情になった。
「……きさまの大食らいにはもう驚かんが、それにしても草原の民の胃袋は、いったいどうなっているのだ? 胃袋が異空間にでも繋がっているのか?」
「ヘルムットーって冗談が下手だね」
「別に私は冗談を言ったわけではない!」
相変わらずヘルムートとわたしはケンカをし、時折ロウィーナ男爵夫人にたしなめられながら森の中を進んでいった。
王都に近いせいか、森といっても樹木はまばらで、足元も平坦で歩きやすい。たしかにこんな場所なら、魔獣もせいぜいツノウサギくらいしかいないだろうなあ。
南に向けて森の三分の一くらいまで進んだ頃、ふっとわたしは異変に気づいた。
「ヘルムート様?」
同じく足を止めたヘルムートに、ロウィーナ男爵夫人が不思議そうな表情を浮かべた。
「どうし……」
シッ、とヘルムートがロウィーナ男爵夫人の口に手を当てた。
わたしは、風上から流れてくる匂いを嗅いだ。
汗と錆びた鉄の匂い。だが、どこか焦げ臭い。人間の……、戦いを生業にする者の匂いだ。
ヘルムートは黙ったまま、ブワッとイヤな気配をまき散らした。魔法を使うつもりだ。
正直、叫びたいくらいイヤな感じだけど、わたしは黙って耐えた。肌がチリチリして吐き気がする。
「……結界を張った。もうしゃべってもいいぞ」
ヘルムートが言うのと同時に、わたしは叫んだ。
「魔法ヤだー! 最悪!」
「ヘルムート様、何か……、誰かがハルスティアの森にいるのですか?」
ロウィーナ男爵夫人の顔がこわばっている。
肌にまとわりつくような魔法の気配が気持ち悪くて、わたしは地団太を踏んだ。
「もうヤだー!」
「あと少し、我慢しろ。……殿下もあいつらに気づいたのだろう?」
「気づいたけど! 数は多くない! 十……、二十人はいない! わたしなら倒せる! 魔法を解いてヘルムットー!」
「倒すだけなら、私でも倒せる。……が、殿下は情報が欲しいのだろう?」
からかうようにヘルムートに言われ、わたしはむうっと口をつぐんだ。
たしかに情報は欲しい。欲しいけど! やっぱり魔法は嫌いだ!
「……ちょうどいい、試したい新作の魔道具があってな」
心なしかうきうきした様子で、ヘルムートが背負っていた荷物袋から、何か道具を取り出した。
「……ヘルムート様、また何か魔道具を作製されましたの?」
「ん、まあ……、暇つぶしに、ちょっとな」
「まさかとは思いますが、そのせいで昨夜、徹夜されたのではないでしょうね?」
ロウィーナ男爵夫人の言葉に、ヘルムートは視線を泳がせた。
「ん、んん……、まあ何だ、その……アレだ、ちょっとだけ、夜遅くなったかも……。よし、行け」
ヘルムートはロウィーナ男爵夫人から目をそらすと、魔道具にささやきかけた。
とたん、その小さな道具はヴヴッと振動して宙に浮きあがると、ヘルムートの手から飛んでいった。
「ヘルムットー、あれ何? 虫みたい」
「そう、虫だ! 自由自在に空を飛び、怪しまれることなく人々の会話を録音できる、画期的な魔道具! 名づけて虫型録音機!」
胸を張って誇らしげに言うヘルムートに、わたしとロウィーナ男爵夫人は冷たい視線を向けた。
「何その名前。ヘルムットー、名付けのセンスないね」
「ヘルムート様、徹夜はいけませんとあれほど」
ヘルムートは、わたしとロウィーナ男爵夫人をキッと睨んだ。
「この新製品のおかげで、危険を冒すことなく不審者の会話を確かめることができるのだぞ! ……た、しかに、その、夜更かしはよろしくないと、私もそう思うが。……それから! 虫型録音機は仮称であって、正式名称ではない! これからもっとカッコいい、新製品にふさわしい名を付けるつもりだ!」
「どうでもいいけど、もう魔法解いて! 吐きそうなんだけど!」
わたしの訴えに、ロウィーナ男爵夫人が心配そうにわたしの背をさすった。
「ヘルムート様、殿下の顔色が真っ青ですわ。まだ結界を解けませんの?」
「もう少し待て」
ヘルムートは悪魔だ。苦しむわたしを放置し、魔道具による録音を続行している。
わたしは耐えきれず、その場に突っ伏した。体が重い。ヘルムートの魔力の波長で、頭が割れるようだ。
「ヘルムート様」
「よし、もういいぞ。だが、しばらくそのまま、音をたてるな」
ようやく魔法の気配が消え、わたしは大きく息を吐いた。
あー……、死ぬかと思った……。
他の魔術師だと、ここまでひどくはならないんだけど、ヘルムートはよっぽど魔力が強いんだろうな。
しばらくうずくまっていると、ヘルムートの魔道具が羽音とともに戻ってきた。
「よし、録音できたようだぞ。……やつらの気配、あれには覚えがある。森を探索する冒険者などでは、決してない。……獣を狩るつもりが、思わぬところで陰謀の手がかりを得られたようだな」




