25.女王になる宣言
「狩り……、ですか?」
ロウィーナ男爵夫人が、首をかしげてわたしを見た。
ソファに座り、背筋をぴしっと伸ばしてお茶を飲むロウィーナ男爵夫人を、わたしはじっと見つめた。
ロウィーナ男爵夫人にはそれほど筋肉はないけれど、いつも重心が安定していて、見ていて心地よい。しかも、可愛い。今日もロウィーナ男爵夫人は輝いている。獲物を仕留めたら、ロウィーナ男爵夫人にもお肉を贈ろう!
「ええ! 第三騎士団とも訓練してますけど、やっぱり実戦から遠ざかると、カンが鈍りますから!」
ロウィーナ男爵夫人は、考えながら言った。
「王宮主催の狩りは、ここ何年も開催されておりません。……しかし、殿下がお望みでしたら」
「あ、そういうのじゃなくて、ちょっと近場の草原……はないから、森? か山? かな? とにかく、獲物がいそうなところに行って、ちゃちゃっと狩りをしたいんです」
「ちゃちゃっと狩り……」
ロウィーナ男爵夫人が困ったような表情を浮かべた。そんなに無理な要望だっただろうか。
「駄目でしょうか……」
クラウス卿やロウィーナ男爵夫人に、美味しいお肉を贈りたかったんだけどな……。
しょんぼりしてうつむくと、ロウィーナ男爵夫人が、慌てたように言った。
「あ、いえいえ、……そう、そうですわね。あの、ちょっとヨナス様とヘルムート様に相談してみますわ。……殿下はそこらの騎士よりよほどお強いと、ヨナス様のお墨付きもございますし、護衛の点は問題ないとして、あとは……」
ぶつぶつと独り言のように言いながら、ロウィーナ男爵夫人は思考に沈んだ。
狩りに行ってもいいって言ってくれるかな。わたしはそわそわして、立ったり座ったり、ロウィーナ男爵夫人の匂いを嗅いだりした。いい匂いー!
「……きさま、何をやっている」
地を這うような低い声が聞こえ、振り返ると、ヘルムートの姿があった。隣に、おろおろしているセレスがいる。取次なしでいきなり入ってきたな、ヘルムートめ。
まあ、先触れとか取次とかめんどくさいから、無しでいいって言ったのはわたしなんだけど。
「ヘルムットー、何しに来たの?」
冷たく返しても、ちっともヘルムートはめげたりしない。というか、かえって元気になってわたしに怒鳴った。
「何しに、ではない! きさまこそ、いま何をしていた!?」
「ロウィーナ男爵夫人の匂いを嗅いでた! いい匂い!」
「きさま!」
ヘルムートはつかつかとわたしに近寄ると、わたしの襟元をつかみ、ぺいっと放り投げた。
「まあ、ヘルムート様!」
ロウィーナ男爵夫人が咎めるような声を上げたけど、ヘルムートは気にした風もなく、夫人の隣にどさっと腰を下ろした。
「ヘルムットー、何をする! 無礼な!」
「あー、そうか。不敬罪で牢にでも入れるか? ……それはともかく、おまえの侍女はどこだ?」
ヘルムート、わたしが怒ってもぜんぜん気にしていない。どんどん遠慮がなくなって、まるで草原の戦士みたいだ。魔術師のくせに。
「マイアか? 用を言いつけたから、今は王宮にいない」
「用とは?」
「ヘルムットーには関係ない。……たぶん」
わたしはヘルムートから目をそらして言った。確信が持てないことは、言いづらいというか、なんて説明すればいいかわからないから困る。
「……ふん」
ヘルムートは目をすがめてわたしを見た。
「王都から草原に向かう街道の外れで、黒髪の女戦士の姿を見かけたという報告を受けた。……ああ、一応言っておくが、見つけたのは我が宮廷魔術師団の者だ。探索魔法を使わねば、見過ごしていただろうと言っていた。なかなか隠密行動に長けた侍女のようだな」
「魔法? マイアに何か魔法をかけたのか!?」
慌ててヘルムートに詰め寄ると、
「探索魔法は無害だから安心しろ。おまえの侍女は、魔法を使われたことすら気づかんだろうよ。……それにしても、あっさり認めるのだな。おまえの侍女を間諜として使ったと」
ヘルムートの言葉に、わたしは顔をしかめた。
「間諜? ……わたしはただ、マイアに調べものを依頼しただけだ」
「何を知りたい? ベルガー王国の人間ではできぬことか?」
「できなくはないが、時間がかかるだろう。……草原の各部族の長に、確認したいことがあって、その伝言をマイアに頼んだ」
ヘルムートは難しい顔で黙り込んだ。
ヘルムートは気づいているのかもしれない。
ロウィーナ男爵夫人の前でこの話を出したということは、夫人にも教えるつもりなんだろう、とわたしは思い、口を開いた。
「……これはわたしのカンだが、もうじきベルガー王国では戦が起こる」
わたしの言葉に、ロウィーナ男爵夫人は息を呑んだ。ヘルムートは眉間の皺を深くしただけで、何も言わない。
「それで情報を集めていたのだ。ベルガー王国の情報は、もちろんベルガー王国の人間に頼むつもりだった。……が、草原のことは、草原の民に任せるほうがいい」
「……なぜ、戦が起こると?」
ヘルムートの問いかけに、わたしは少し考えた。理由はいろいろあるが、決め手はやっぱり、
「クラース卿の奥方が殺されたという話を聞いた」
「殿下」
ロウィーナ男爵夫人が震える声で言った。
「それは、どなたから……」
「クラース卿から聞きました。クラース卿の奥方とレティーシャ王太后が毒殺され、レーギョン様は危うく難を逃れたと」
はあ、とヘルムートはため息をつき、天を仰いだ。
「……まあ、私が焚きつけたことだがな。殿下はバカ正直に、それをサムエリ公に聞いたわけか」
「バカって言うほうが「わかったバカは私だ、悪かった」
憤慨するわたしに、ヘルムートが素早く押しかぶせるように言った。
「それで、サムエリ公はなんと?」
「ベルガー王国の誰が貴族派と通じているかわからない、だからわたしを次の王に選んだって」
「ふん。……それで殿下は、どうするつもりだ?」
「は?」
わたしは、少し呆れてヘルムートを見た。
「どうするって、決まっているだろう! 陛下は三年前に暗殺されかけたのだぞ! つまり貴族派は三年前、いやもっと前から準備をすすめていたのだ。……そして今、わたしが草原からやって来た。なんの為にクラース卿がわたしを草原から連れてきたのか、理由は明白だ。わたしが女王となるのを、貴族派が指をくわえて見ているとでも? じき戦となる、それはベルガー王国の次の統治権をめぐる戦だ! わたしはベルガー王国の女王となるのだ、戦う以外の選択肢なぞない!」
腰に手を当て、ふんぞり返って宣言するわたしを、ヘルムートは黙って見つめた。そして、静かに言った。
「その意気やよし。……私も殿下を王とすべく、全力を尽くそう」




