24.宴の後
「今夜は楽しかったねえ!」
「ええ、ほんとうに! 夜会とは、なかなか面白いものですわねえ!」
わたしとマイアは、帰りの馬車の中でも興奮して、ずっとしゃべっていた。
ロウィーナ男爵夫人とヘルムートは、今夜はそのままベルチェリ伯爵家に泊まるとのことだったので、王宮に戻るのはわたしとマイアとクラウス卿だけだ。
ベルチェリ伯爵家の夜会は、とても面白かった。
クラウス卿ともロウィーナ男爵夫人とも踊ることができた。次は、二人以外の貴族ともおしゃべりしてみたい。
あのハロルドとかいう、レーマン侯爵家の後継者を怒らせてしまったことから考えるに、ベルガー王国の貴族と会話を楽しむためには、ベルガー王国の問答形式を勉強する必要がありそうだけど。
浮かれるわたしたちとは対照的に、クラウス卿は黙ったまま、どこか物憂げな表情だった。
クラウス卿は綺麗だから、そうして黙っていると、よくできた彫像みたいだ。
「クラース卿、今日はいっぱい踊ってくれてありがとう!」
「……いいえ、私こそ。殿下のお相手を務めさせていただき、光栄です」
わたしはクラウス卿をじっと見た。
「なんかクラース卿、疲れました? ……違う、なんだろう……、さみしそう?」
「え」
驚いたようにクラウス卿がわたしを見た。
「それは、どういう……、なぜ」
「んー、わたしにもよくわかりません。ただ、なんとなくそう思っただけ」
クラウス卿は絶句した。
するとマイアが頷き、言った。
「こうして皆さんと楽しく過ごした後、その時間が終わるのは寂しいものです。宴の後は、どうしてもそうなるものですわ」
「そっかあ。わたし、草原ではいつも宴が終わる前に寝ちゃってたから、わからなかった」
「草原の宴は、長く続きますからねえ」
わたしとマイアの話を聞いたクラウス卿は、考え込みながら言った。
「……そう言えば、何度かエルドリッド王から、宴にお誘いいただいたことがありました。結局、出席することは叶いませんでしたが」
つぶやくように言うクラウス卿は、なんだか悲しそうで、わたしは胸がきゅーっとした。
「じゃあ今度、草原の宴を王宮で開くのはどうですか?」
わたしの言葉に、クラウス卿は目を瞬かせた。
「草原の宴を?」
「はい! ベルガー王国の夜会とは違って、準備も簡単ですよ! 美味しいお肉とお酒と、あとは季節の果物かな、それがあれば、どこでもできます! 来たい人が来て、帰りたい時に帰って、食べて飲んで、しゃべり疲れたら、その場で寝るんです! あっ、子どもは、強いお酒じゃなくて、馬乳酒を飲みます! すっごく酸っぱいけど、お肉を食べた後だと口がさっぱりして、美味しいんですよ!」
わたしは一生懸命、説明した。
クラウス卿に、草原の宴の楽しさを知ってもらいたかったのだ。
クラウス卿は、なにか眩しいものでも見るようにわたしを見た。
「……それは、とても楽しそうですね」
「「楽しいです!」」
わたしとマイアは声をそろえて言った。そして、顔を見合わせ、笑い出した。マイアとは気が合うなあ。
笑うわたしたちを、クラウス卿はじっと見つめ、つぶやくように言った。
「……殿下は、草原をとても愛しておられるのですね」
「もちろん! 大好き!」
わたしの返事を聞いたクラウス卿は、なぜか辛そうに顔を歪めた。
「クラース卿? どうかしましたか?」
「……いえ、何も。今夜は少し疲れたようです」
その言葉に、わたしは納得して頷いた。
「今夜は、いっぱい踊りましたもんね! すっごく楽しかった! ありがとう、クラース卿!」
「……私こそ。殿下と同じ時を過ごせて、夢のようでした」
そう言って微笑むクラウス卿は、今にも消えてしまいそうなほど儚く見えた。
わたしは、ふとレギオン様を思い出した。
クラウス卿もレギオン様も、ガラスで出来た精巧な細工物のように、儚く、どこかもろい印象を受ける。ベルガー王家の血を継ぐ人の特徴だろうか。でも、わたしもベルガー王族の一員なんだけどなあ。
王宮に着き、馬車から降りると、セレスが出迎えてくれた。クラウス卿はセレスと少し話した後、わたしの前にひざまずいて言った。
「それでは御前を失礼いたします、殿下。……しばらく所用でお伺いできぬかと思いますが、何かあればセレスにお申し付けください」
「わかりました。よく寝て、食べて、体に気をつけてくださいね!」
「……ありがとうございます。殿下もどうぞ、お健やかにお過ごしください」
クラウス卿はわたしの手を取ると、そっと指先に口づけた。
「えっ」
わたしは驚いてクラウス卿を見た。
これって、ベルガー王国式のお別れの挨拶だったっけ?
覚えてない……けど、なんだか照れくさいなあ。物語のお姫様になったみたいだ。
クラウス卿はわたしをじっと見つめると、立ち上がって踵を返した。
馬車回しまでクラウス卿が戻ると、そこに控えていた従僕が、葦毛の馬の手綱をクラウス卿に渡すのが見えた。
「……セレース、クラース卿は忙しいのかな? お仕事?」
「ええ……、最近また、いろいろ仕事がたてこんでいるようです」
クラウス卿は馬車ではなく、馬に乗ってどこかに向かうようだった。王都にあるという、公爵邸に帰るのかなあ。
わたしは、クラウス卿が馬に乗って王宮から離れてゆくのを、ぼんやりと見送った。
これからしばらくクラウス卿に会えないのかあ、と思うと、……なんだろう。なんか、心にぽっかり穴が開いたみたい。これがマイアの言う、『宴の後の寂しさ』なんだろうか。
でも今夜は、クラウス卿についていろいろ知ることができた。
三年前に奥さんを殺されたこと、……きっとクラウス卿は、奥さんをとっても愛していたに違いない。本人は気づいていないみたいだけど、奥さんについて話すクラウス卿は、傷ついた表情をしていた。
もっと奥さんに優しくすればよかった、なぜ助けてあげられなかったんだろう、ってそう悲しむ声が聞こえる気がした。
「姫様、どうかなさいましたか? ぼんやりなさって」
「……ううん。あのねえ……、クラース卿がねえ……」
マイアに、なんて言えばいいのか、わたしは迷った。
どう言えばいいんだろう。この気持ち。ざわざわと落ち着かない、胸が締めつけられるような、この気持ちを。
「あのね、クラース卿はねえ……、とっても素敵なの! 愛人になってほしいけど、どうすればいいかなあ」
「そうですわねえ。今度は花ではなく、美味しいお肉でも贈ってみてはいかがでしょう?」
マイアの提案に、わたしは、おお! と思った。
そう言えばクラウス卿は、草原の宴に出られなかったことを、とても残念がっているようだった。きっとクラウス卿は、美味しいお肉が好きに違いない! ていうか、美味しいお肉を嫌いな人なんていない!
「セレース! クラース卿の好きなお肉、知ってる?」
「えっ!?」
セレスが、ぎょっとしたようにわたしを見た。
「に、……肉、ですか?」
「うん! クラース卿にプレゼントするの!」
わたしはうきうきして言った。
クラウス卿は、どんな肉が好きなんだろう? わたしは断然、魔狼の肉だけど、ベルガー王国ではあまり魔狼の肉は獲れないだろうし、無難なところで大蛇かな?
できれば、狩りに出て、わたしが獲った肉をプレゼントしたい。
クラウス卿、喜んでくれるかな?




