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可愛くて強い私の陛下、一生お守りいたします  作者: 倉本縞


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23/60

23.弱い男

 わたしとクラウス卿の間に、沈黙が落ちた。その時、


「おや、これは」


 大広間からバルコニーに、するりと一人の男性が入ってきた。

「先客がいらっしゃいましたか。……草原の姫君とサムエリ公爵閣下が、このような場所で、何をされておられたのです?」

「……ハロルド殿」

 クラウス卿はその男性を一瞥すると、表情を険しくした。


「どうぞサムエリ公爵閣下、わたしを殿下へご紹介くださいませんか?」

 ハロルドと呼ばれた男性は、そう言うとわたしに視線を向けた。


 草原では見ないタイプの男だな、とわたしは思った。

 肩を覆うほどの長さの豪奢な金髪に、深い青い瞳をした、美しい男だった。

 だが、ちょっと危なっかしく見えるほど、体の重心が安定していない。筋肉もそれほどないのに、なんでこんなに体軸が傾いているのか。


「……殿下はお疲れだ。少し休まれたので、大広間へ戻られる。挨拶はそこでされるがよかろう」


 男はクラウス卿の言葉に肩をすくめると、わたしに向き直った。

「閣下に紹介を断られてしまった以上、自分で申し上げるしかありませんな。……殿下、お目にかかれて光栄です。わたくしはハロルド・レーマンと申す者。僭越ながら、殿下のお役に立てるかと存じます」

「……わたしの役に?」

 わたしは首をかしげた。


「ヘロード・レーマンとやら。おまえは、わたしのために、何ができると言うのだ?」

 わたしは、少し興味をそそられてハロルドを見た。

 これほど体軸が傾き、安定感のない成人男性は、草原にはまずいない。

これでは剣を持っても、基本の型すらとれないだろう。片手で倒せそうなくらい、弱そうだ。クラウス卿は言わずもがな、第三騎士団の騎士たちでさえ、この男相手なら苦もなく勝利できるだろう。

 そんな男が、わたしのために何をできると言うのか。


 ハロルドは、わたしににっこりと笑いかけた。

「わたくし自身を、殿下に捧げます。殿下のお好きなように、如何ようにもお使いください。殿下の、どのようなご要望にもお応えしてみせましょう」

「いや、それは無理だろう」

 思わずわたしは言った。


「ヘロードは、弱そうだしな! 剣の相手をさせたら、うっかり殺してしまいそうだ。……そうだなあ、ヘロード、おまえ、歌は得意か?」

「は!? な……、う、歌!?」

 ハロルドは目を白黒させてわたしを見た。


「そうだ。剣の相手をさせられぬなら、後は歌か踊りか料理だが、ヘロードは動きが遅いしバランスも悪いから、踊りも今一つだろう。ベルガー王国の貴族は、そもそも料理をせぬと聞いた。ならば、残るは歌しかないだろう」

「は……」

「歌ってみろ、ヘロード」


 わたしの言葉に、ハロルドは真っ赤になってぶるぶる震えはじめた。

「ヘロード?」

「このような……、いかに次期王妃とはいえ、このような侮辱を……!」

 マズい。なんか怒ってるみたいだ。


 どうしよう、と思った時、すっとクラウス卿がわたしの前に立った。

「控えよ、ハロルド・レーマン。お忍びでいらしたとはいえ、殿下の御前である。……これ以上の醜態をさらせば、私とてレーマン侯爵にひとこと言わねばならぬ。首の皮一枚でつながっている、後継者としての地位を失ってもよいのか?」

「きさま……!」

 ハロルドがクラウス卿を睨みつけた。


 なんかハラハラして、わたしはハロルドを見た。

 ハロルド、隙がありすぎる。

 足払いをかけられたり、脇を突かれたりしたら、それだけで簡単に倒れてしまいそうだ。


 こいつ、大丈夫か? こんなに弱そうなのに、なんで護衛の一人も連れていないんだ。護衛も雇えないくらい貧乏なのか? それにしては、指輪やラベルピンなど、いかにも高価そうな宝石を多用した飾りを身につけているが。


 考え込んでいると、クラウス卿に腕をつかまれ、ぐいっと引っ張られた。

「大広間に戻りましょう、殿下」

「あ、はい」

 わたしは素直にクラウス卿に従った。


 うん、ハロルドの安全について、わたしが考えてもしょうがない。ハロルドを守るのは彼の愛人の義務だ。わたしではない。


「ヘロード」

 だが、やっぱり気にかかる。わたしはクラウス卿に腕を引かれながら、ハロルドを振り返って言った。

「おまえは弱いのだから、護衛をつけろ。……よければ、レーマン侯爵にわたしから言っておくか?」

 さっきクラウス卿は、後継者の地位、と言っていた。つまりハロルドは、あのレーマン侯爵の後継者、恐らくは息子なのだろう。

 レーマン侯爵は貴族派だろうが、表立ってわたしの頼みを断るような真似はすまい。初めて王城で会った日も、態度だけは丁寧で愛想がよかったし。


 だが、わたしの言葉を聞いたハロルドは、真っ赤になって絶句した。

「なっ……、な、なにを……」


 マズい。もっと怒らせてしまった。


 頭から湯気が出そうなほど顔を赤く染め、怒りで言葉も出ない様子のハロルドに、わたしは申し訳ない気持ちになった。

 怒らせるつもりではなかったのだが、何か失礼なことを言ってしまったのだろうか。

 謝ったほうがいいだろうか? しかしこれ以上、何か余計なことを言って、さらに怒らせてしまう可能性もある。どうしたものか。


 ふと横を見ると、クラウス卿がじっとわたしを見ていた。

「……クラース卿?」

 クラウス卿は咳払いし、誤魔化すように横を向いた。

「なんでもありません、殿下。ライラ殿が心配なさっているかもしれません、早く戻りましょう」

 ロウィーナ男爵夫人!


 わたしは慌ててクラウス卿の手を引っ張った。

「早く戻りましょう、クラース卿!」

 クラウス卿はハロルドを一瞥すると、すぐに頷いて言った。

「ええ、殿下」



 大広間に戻ると、すぐに貴族たちに取り囲まれそうになった。

 わたしは急いでクラウス卿の腕をつかむと、踊りを楽しむ人たちの中へ入り、クラウス卿の承諾もとらずに踊り始めた。

左向こうにロウィーナ男爵夫人の姿があった。ヘルムートと踊っている。その隣で、マイアがひどく緊張した様子でロウィーナ男爵夫人の弟と踊っていた。


「ごめんなさい、クラース卿」

 謝ると、クラウス卿は怪訝そうな表情でわたしを見た。

「……何がですか?」

「ダンスを申し込んでいませんでした。……わたしと踊ってくれますか、クラース卿?」

 今さらだが、わたしはクラウス卿にそう言った。


 クラウス卿は驚いたように一瞬、目を見張り、それから何とも言いがたい表情でわたしを見た。

「……喜んで、殿下。殿下がお望みでしたら、いつでも……、私の許可などいりません」

「ありがとう!」

 そうか、これからは承諾なしでクラウス卿と踊れるのか。

 嬉しくなってにこにこしていると、クラウス卿がため息をついた。


「……あなたの気持ちがわからない」

 独り言のようにクラウス卿がつぶやいた。


「あなたの気持ちも、自分の気持ちも。……私はどうしてしまったのか……」

 だけどその声はあまりに小さく、わたしの耳には届かなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] カーチェちゃん(・∀・)イイ!! 天然でえぐり、天然でタラシていくスタイル。 へロード呼びもツボりました。ほんと弱そうな響きw 自己評価が低いうつむきヒロインはあまり得意ではありません。 カ…
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