21.夜会
大広間ではなく、わたしたちはいったん、その隣の控室に向かった。
「いくら知られているとはいえ、いきなり殿下がいらっしゃったら、大変な騒ぎになってしまいますから」
ロウィーナ男爵夫人はそう言うと、弟と一緒に席を外した。大広間に集まった貴族たちに、わたしがお忍びで来ていることを知らせに行くということだった。
「面倒だな……」
控室のソファに、すでに疲れた様子のヘルムートが寝そべっている。
「ヘルムットー、疲れてるなら帰ったら? ローナ男爵夫人はわたしが「ぜったい帰らない!」
ヘルムートはしゅたっと起き直り、わたしを睨んだ。
「きさま、私がいなければライラに何をするつもりだ?」
「一緒に踊りたい!」
すかさずわたしが言うと、ヘルムートは目をすがめてわたしを見た。
「ライラと? ……どちらが男性のパートを踊るのだ?」
「どっちでも! わたしが踊ってもいいし、ローナ男爵夫人が踊ってもいいし。ローナ男爵夫人が踊りたいほうで!」
「ふん。……まあ、一回くらいならかまわんが」
「ほんと!?」
やったー! と喜ぶわたしを、マイアは微笑ましそうに、ヘルムートは呆れたような目で見た。クラウス卿が静かなので、どうしたのかな? と思って顔を覗き込むと、
「……殿下」
クラウス卿はひざまずき、わたしの手を取って言った。
「私とも、その……、踊っていただけますでしょうか?」
「クラース卿と? いいですよ、もちろん!」
クラウス卿とも踊る気満々だったので、わたしはにこにこしてクラウス卿の申し出を受けた。
「ありがとうございます……」
ほっとしたようなクラウス卿がおかしくて、わたしはくすくす笑った。
「殿下? どうかなさいましたか?」
「クラース卿が面白いです!」
「えっ」
クラウス卿は驚いたようにわたしを見た。
「おもしろ……、私がですか?」
「はい、クラース卿はとっても面白いです!」
わたしの言葉に、クラウス卿はうろうろと視線をさまよわせ、迷うような口ぶりで言った。
「そのようなことは……、初めて言われました。殿下がご不快でなければよいのですが」
「ううん、クラース卿と一緒だと、とっても楽しいです!」
わたしはクラウス卿の目を見つめ、断言した。
クラウス卿は、わたしにとって不思議の塊だ。
わたしとは行動の規範がまるで違うから、クラウス卿にはいつも驚かされる。
けれど、決して不快ではない。一緒にいると、新鮮で楽しい。クラウス卿はわたしよりずっと年上だけど、困ったような表情のクラウス卿は、わたしより小さな子どものようで、なんだか胸がきゅーっとなる。
これがロウィーナ男爵夫人の言っていた、『異文化交流の嬉しい驚き』というものなんだろうか。
考え込んでいると、ロウィーナ男爵夫人とその弟が、大広間から戻ってきた。
「お待たせいたしました、殿下、皆さまも。さあ、参りましょうか」
控室から大広間へ続く回廊には、誰の姿もなかったけど、夜風にのって人々のざわめきと音楽がかすかに聞こえてきた。
わたしたちの姿を認め、従僕が大広間の扉を開く。
シャンデリアのまばゆい光に、わたしは目を細めた。大広間に足を踏み入れると、さんざめく人々が一斉に静まり返り、こちらを注視した。
「皆さま」
ロウィーナ男爵夫人の弟、リオンが一歩前に進みでると、優雅に一礼して言った。
「今宵は非公式ではございますが、ベルガー王国の次期王妃、草原の国の姫君にご臨席の栄を賜りました。僭越ながら、わたくしからご紹介させていただきます。……どうぞ、殿下」
昼間のように明るいシャンデリアの光の下で、光の神みたいなリオンが微笑み、わたしに手を差し出した。
まぶしい。目が痛い。
わたしは差し出された手を取り、大広間を見回した。
みんなベルガー王国風のドレスで着飾り、華やかでとても綺麗だ。魔道具の明かりも、異国風のドレスも、見ているだけでワクワクする。
わたしは息を吸い込み、大広間の隅まで聞こえるよう、声を張った。
「サーマ・ルコルダルとオーラング・ベルガーの娘、カーチェ・ルコルダルだ! この宴に招かれたことを嬉しく思う! みなも楽しんでくれ!」
とたん、わっと歓声があがり、わたしは片手を上げてそれに応えた。
リオンがわたしにひざまずき、うやうやしく言った。
「ご挨拶いただき、ありがとうございました、殿下」
「うん。もう踊ってもいいですか?」
「ええ、もちろん。……みな、殿下にご挨拶したがっているようですので、ダンスをご希望なら、早めに踊られたほうがよろしいかもしれませんね」
でないと、貴族たちから放してもらえませんよ、とリオンに言われ、わたしは慌ててクラウス卿を振り返った。
「クラース卿、踊りましょう!」
「喜んで、殿下」
クラウス卿の手が腰にまわり、わたしは大広間の中央に進み出た。たくさんの人がいたけど、さえぎる人は誰もいない。わたしたちが近づくと、みな、サッと脇に退いて道を空けた。
「音楽を」
クラウス卿が、大広間の奥にいる音楽家たちに命じた。わたしはそれに、付け加えて言った。
「速い曲にしてくれ、コレンテを」
即座に音楽家たちが、テンポの速い舞曲を演奏しはじめる。
あまり優雅ではないからと草原以外では好まれないらしいが、わたしはテンポの速い舞曲が好きだ。素早くステップを踏んで、くるくる回って、息が切れるまで踊るのがいい。
クラウス卿は踊れるかな、とちょっと心配だったけど、問題なかった。速いテンポにも遅れることなく、きちんとついてきている。ただ、わたしは飛び跳ねるように踊るけど、クラウス卿は滑るように踊る。同じ拍子を刻み、同じステップを踏んでいるのに、どうしてこんなに違うんだろう。ほんとに不思議だ。
「クラース卿、聞きたいことがあります」
わたしはすっと顔を近づけ、クラウス卿の耳にささやきかけた。
「なんでしょう、殿下」
クラウス卿もささやくように聞き返す。
わたしはクラウス卿を見つめ、ひと息に言った。
「クラース卿は、わたしを復讐のために利用しているのですか?」




