19.絶対似てません
わたしとマイアの着替えが済むと、クラウス卿とヘルムートが控室から部屋に入ってきた。クラウス卿はソファに座ると、しばらくうつむいたまま、ロウィーナ男爵夫人が入れてくれたお茶を何杯もがぶ飲みしていた。
「ねー、クラース卿! 立って、立って!」
「えっ!?」
「服! とても綺麗ですね! 立って、よく見せてください!」
わたしの言葉に、クラウス卿はあちこち視線をさまよわせながらも、大人しくソファから立ち上がってくれた。
「わー、クラース卿、キラキラ光って綺麗ですね! くるっとしてみて! くるっと!」
「は……」
わたしに褒められ、クラウス卿は少し赤くなってはにかんだ。
クラウス卿の今夜の服装は、全体的に白くて、ところどころ金色で、とっても綺麗だった。マントだけは濃紺だけど、地味でも暗くもない。とても素敵だ。
「いつもと違いますね! 黒くない!」
「……は……」
ギクッとしたように動きを止めたクラウス卿に、ロウィーナ男爵夫人が穏やかに声をかけた。
「……夜会でございますからね。皆さまもいつもとは違う衣裳をお召しでしょう? こちら、サムエリ公爵閣下の衣裳ですけど、いつもと形自体は同じで、色味だけを変えております。ジャケットとズボンを白に、ボタンや肩章、飾緒を金にいたしました。黄色ではなく金色なのですが……、いかがでしょう、殿下?」
「よくわかんないけど、キラキラしてて、いいと思います!」
「……お気に召しました?」
「はい! とっても素敵!」
力強く頷くと、「よかった……」とクラウス卿とロウィーナ男爵夫人がつぶやくのが聞こえた。
あの後、ロウィーナ男爵夫人は高速でわたしとマイアを着替えさせてくれた。わたしだけではなく、マイアの髪も結い、わたしたち二人のお化粧までしてくれた。
ロウィーナ男爵夫人は、ほんとに最高だ……。ヘルムートはいいなあ。仕事が終わって帰ったら、ロウィーナ男爵夫人を独り占めできるなんて。魔術師のくせにズルい。
「……そろそろ行くか? ベルチェリ家から迎えの馬車も来ていることだしな」
ソファにだらしなく座るヘルムートが、億劫そうに言った。ヘルムートもきちんと髪を一つにまとめ、手袋をはめて、胸にはなんかキラキラ光る飾りをつけている。さっきと服は変わらないのに、それだけでベルガー王国の貴族っぽく見えるから不思議だ。
「ヘルムットー、貴族だったんだね」
「あ? 今さら何を言う……、おっしゃるか」
クラウス卿に睨まれ、ヘルムートが言い直した。
「めんどくさい……」
チッと舌打ちするヘルムートが、礼儀作法にうとい草原の戦士と重なって見え、わたしは思わず笑った。
「殿下?」
「……べつにいいよ、ヘルムットー。丁寧に話さなくても、怒らないから」
「殿下、それでは他の貴族に対し、示しがつきません」
クラウス卿が顔をしかめて言ったが、
「……他の貴族が聞いたら、わたしとヘルムットーが、ベルガー王国のしきたりを無視するほど、親しいって思うでしょう? そのほうがいいんじゃないですか?」
レギオン様は、わたしがクラウス卿とロウィーナ男爵夫人を愛人にすることを、貴族派への牽制になるとお考えのようだった。
それならば、魔術師の頂点に立つヘルムートがわたしと親しいと誤解されるのは、国王派にとって良いことなのではないだろうか。
草原の国とは違い、ベルガー王国では魔術師は尊重される存在だ。単に日常生活の中に魔法が溶け込んでいるというにとどまらず、ベルガー王国では戦いにも魔術師が重要な役割を果たしている。数は騎士より少ないが、戦力として考えると、魔術師の力は無視できない。
「ふん。……殿下は、見かけによらず政治に長けているようだな」
「政治は知らない、面倒なだけだよ。……ヘルムットーと、そこだけは同じ」
わたしはクラウス卿を見た。
「問題ありますか、クラース卿? わたしがヘルムットーと親しいと思われるのは、陛下にとってよくないことでしょうか?」
「いえ……」
クラウス卿は眉根を寄せ、少し考え込んだ。
「殿下のおっしゃる通りです。貴族派はすぐに悟るでしょう。宮廷魔術師団が、次の王として殿下を認めたと。もともと宮廷魔術師団は国王派でしたから、その噂はすぐに広まり、中立派にも影響を与えると思われます。……ですが……」
クラウス卿は何か言いたげに、わたしとヘルムートを交互に見た。
「なんだ、サムエリ公」
ヘルムートが顔をしかめて言った。
「何かあるなら、はっきり言ってくれんとわからん」
「何、というほどのことでもないのですが……」
「クラース卿?」
しばらく逡巡してから、クラウス卿が小さな声で言った。
「ずいぶん……、その、ヘルムート卿と殿下は、親しくなられたようだと……」
「「ハァ!?」」
わたしとヘルムートの声が重なった。
親しくって、なにを言ってるんだクラウス卿は! 縁起でもない!
するとロウィーナ男爵夫人も、わたしとヘルムートをつくづくと見て言った。
「……そういえばわたくしも、失礼ながら殿下とヘルムート様が、とてもよく似ていらっしゃると思いましたわ」
「「どこが!?」」
ふたたびわたしとヘルムートが同時に叫ぶと、クラウス卿が複雑そうな表情を浮かべた。
いや違う、ほんとにわたしとヘルムートは、仲良くなんかないし、もちろんぜんぜん似てなんかないから!




