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可愛くて強い私の陛下、一生お守りいたします  作者: 倉本縞


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18/60

18.石の国のしきたり

「なんで私まで夜会に出ねばならんのだ……」

 隣でヘルムートがブツブツとうるさい。

 最近はロウィーナ男爵夫人とクラウス卿だけではなく、ヘルムートまでわたしの部屋によく来るようになった。

 理由は簡単で、ロウィーナ男爵夫人が世話係として、常にわたしの側にいるからだ。ヘルムートは、わたしと顔を合わせるとかならず喧嘩になるとわかっていても、ロウィーナ男爵夫人会いたさに、足しげくわたしの部屋にやってくる。


「べつにヘルムットー、出なくていいよ。ロウィーナ男爵夫人には、わたしがいるもん」

 わたしが冷たく言うと、

「ああ!? ライラは私の! つっつつ、妻! 伴侶! 嫁! なのだが!? なんできさまに、ライラのエスコート役を奪われねばならんのだ!」

「ヘルムットー、うるさい」

 二人でいがみ合っていると、引きつった表情のセレスが部屋に入ってきて、頭を下げた。


「失礼いたします、殿下。ロウィーナ男爵夫人がお見えです」

 セレスに続き、現れたロウィーナ男爵夫人を見て、わたしは思わず叫んだ。


「わああ! ローナ男爵夫人、綺麗! すごくすごく綺麗です! お花みたい! キラキラしてます!」

 わたしは両手を振り回し、興奮して叫んだ。

「すごい、すごい! ローナ男爵夫人! 綺麗、綺麗!」

 隣でヘルムートも激しく頷いている。


 今夜のロウィーナ男爵夫人は、輝くようだった。やわらかそうな干し草色の髪はふんわりまとめられて、琥珀色に輝く蝶々の髪飾りがつけられている。ドレスは淡い緑色で、胴回りはきゅっと絞られ、裾はふわっと広がっている。やわらかそうでフワフワしてて、妖精みたいだ。


「ありがとうございます、殿下」

 にっこり笑うロウィーナ男爵夫人。

 こんなに綺麗な人が、わたしの愛人候補! 嬉しくて嬉しくて、わたしはじっとしていられず、ぴょんぴょん飛び跳ねた。ヘルムートも「ぴゃあ!」と叫び、わたしと一緒になって飛び跳ねている。


「……お二方とも、喜んでいただけるのは嬉しいのですが、そろそろお支度をなさいませんと」

 ロウィーナ男爵夫人が真顔で言う。とたん、ヘルムートはすました顔になった。

「私はこれで準備完了だ」

「あっ、わたしもドレスは用意してあるから! 後は着るだけです!」

「お二方とも……」

 ロウィーナ男爵夫人が、残念なものを見る目つきで、わたしとヘルムートを見た。


「殿下の分はこの部屋に届けさせてありますけど、ヘルムート様には髪紐と手袋、それにラベルピンが必要ですわね。……セレス様、手伝っていただけます?」

「はっ!」

 ロウィーナ男爵夫人がセレスに何事が言いつけると、セレスが慌てて部屋を出て行った。


「今夜はベルチェリ家の夜会だし、そう肩肘はらずともよかろう。別に、私の格好など気にする者もいないと思うが」

「またそんなことをおっしゃって。横着はいけませんよ、ヘルムート様」

 ロウィーナ男爵夫人に軽く睨まれ、ヘルムートは首をすくめた。やーい、怒られてるー。


「ところで、殿下」

 ロウィーナ男爵夫人が、くるりとわたしを振り返った。

「マイア様はどちらに?」

「あっ、マイアは、新しいダガーが届いたから、その手慣らしに訓練場に行ってます! マイアのドレスも届いてて、後は着るだけだから、行ってきていいよってわたしが」

「まあ! なんてこと!」

 ロウィーナ男爵夫人が両頬に手をあて、叫んだ。


「それではお時間が足りるかどうか。……仕方ありませんわね、まず殿下のお支度から始めましょうか」

「えっ、支度? これ着るだけだからだいじょう「大丈夫ではありません殿下」

 ロウィーナ男爵夫人が、わたしの言葉に押しかぶせるように言った。


「髪に、化粧にと、女性の支度には時間がかかるものなのです。……とりあえず、ヘルムート様は部屋から出てくださいませ」

「えっ、なんで」

「……殿下のお着替えの間中、同じ部屋にいらっしゃるおつもりですか? さ、早く隣の控室へいらして」

 ヘルムートが部屋にいても別に気にならないけど、ベルガー王国のしきたりってやつなんだろうな。ヘルムートも「あ、そうか」と素直に控室に下がったし。


「さあ、殿下」

 わたしを振り返ったロウィーナ男爵夫人が、なんだか迫力のある笑みを浮かべた。

「始めましょうか」


 そこからのロウィーナ男爵夫人は、素早かった。

 わたしをソファに座らせると、丁寧かつ手早く髪を梳かしてくれた。そして何本も細い三つ編みを編むと、それをわたしの後頭部に巻きつけるように結った。三つ編みを固定するように、ドレスと同じ水色の宝石のついた髪飾りをぐるっと周りにつけ、残った髪はそのまま後ろに垂らす。

 すごい。こんな複雑な髪型、初めてだ。

「ローナ男爵夫人、この髪型、すごいです! なんかわたしじゃないみたい!」

「お気に召していただけて、よろしゅうございました」

 鏡に映る自分の姿を、わたしはしげしげと眺めた。なんかお姫様みたいだ。

 考えてみれば、わたしはお姫様なんだけど、なんていうか草原の王族じゃなくて、ベルガー王国のお姫様みたい。


 箱から淡い青色のドレスをそうっと取り出すと、ロウィーナ男爵夫人はわたしに言った。

「殿下、お立ちになって。まずは下衣から重ねてゆきましょう」

 ベルガー王国のドレスって変わってる。草原の服は頭からかぶるか、袖を通して羽織るかすればいいんだけど、ベルガー王国のドレスは、上から何枚も布を重ねるように作られている。

 わたしがそう言うと、

「最近の流行で、スカート部分をふくらませるためにパニエを着用するのですが、動きづらいかと思ってこのような形にいたしました。一番下は、細かいプリーツの入ったズボンなので、足さばきも楽でしょう?」

「本当だ! 動きやすいです!」

 くるっと回ると、ズボンの上に重ねられた薄い布がふわっと広がって、お花みたいだ。


「すごい! 可愛い!」

「よくお似合いですわ、殿下。……さ、ボディスもおつけいたしましょう」

「うん!」

 袖を通しやすいよう、上半身を覆うボディスを広げ、持ってくれているロウィーナ男爵夫人に近づくと、


「あ、おい、待て! まだ入っては」

 なんかヘルムートの声が聞こえたと思ったら、隣室の扉がばん、と開いた。


「姫様、お待たせいたしました! サミーリ公爵様もご一緒ですわ!」

「失礼いたします、でん……」

 マイアに続き部屋に入ってきたクラウス卿は、わたしを見て、動きを止めた。

「あ、クラース卿! キラキラしてる! 綺麗!」

 わたしはクラウス卿を見て、にこっと笑った。


 クラウス卿は、いつもの地味な黒っぽい服ではなく、白くてなんかキラキラした服を着ていた。服に金色の飾りがいっぱいついている。綺麗だなあ!

「………………」

 クラウス卿は黙ってわたしを見つめると、真っ赤になり、それから真っ青になった。

「クラース卿?」

 クラウス卿は黙ったまま踵を返すと、ちらりと後ろに見えるヘルムートの首に、ガッと腕をかけた。

「いっ! いた! ちょ、何をする! 私は忠告したぞ、まだ入ってはならんと……」

「黙れ!」

 珍しくクラウス卿が怒鳴っている。どうしたんだろう、とびっくりしている内に、クラウス卿はヘルムートを引きずるようにして部屋を出ていってしまった。


「え? クラース卿、どうしたの?」

「さあ……、どうなさったんでしょう? こちらに着くまでは、特に変わったご様子もなかったと思うのですが」

 わたしとマイアが首をかしげていると、


「わたくしがきちんと申し上げておくべきでしたわね……。殿下、マイア様……、お着替えの最中は、殿方を部屋へお入れしてはなりません……」

 ロウィーナ男爵夫人が、こめかみを押さえ、低い声で言った。


「え? でも下着も着てるし、べつに裸ってわけでは……」

「それでもです! ……使用人や家族、配偶者に着替えを手伝っていただくのは、問題ありません。が、それにあてはまらぬ殿方を、お着替えの最中、部屋に入れてはなりません」

 ロウィーナ男爵夫人が、異様な迫力で言った。


「これは、ベルガー王国では非常に、非常に! 重要なしきたりですので、決してお忘れになりませんよう! お着替えの最中は、殿方を部屋へお入れしてはならない! さあ、くり返して!」

 わたしとマイアは、ロウィーナ男爵夫人の迫力に押されるように、どもりながら言った。

「「き、着替えの最中は、殿方を部屋に入れてはならない……」」


 ロウィーナ男爵夫人がコワい。

 よくわかんないけど、これってきっと、大事なしきたりなんだろうな……。


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