18.石の国のしきたり
「なんで私まで夜会に出ねばならんのだ……」
隣でヘルムートがブツブツとうるさい。
最近はロウィーナ男爵夫人とクラウス卿だけではなく、ヘルムートまでわたしの部屋によく来るようになった。
理由は簡単で、ロウィーナ男爵夫人が世話係として、常にわたしの側にいるからだ。ヘルムートは、わたしと顔を合わせるとかならず喧嘩になるとわかっていても、ロウィーナ男爵夫人会いたさに、足しげくわたしの部屋にやってくる。
「べつにヘルムットー、出なくていいよ。ロウィーナ男爵夫人には、わたしがいるもん」
わたしが冷たく言うと、
「ああ!? ライラは私の! つっつつ、妻! 伴侶! 嫁! なのだが!? なんできさまに、ライラのエスコート役を奪われねばならんのだ!」
「ヘルムットー、うるさい」
二人でいがみ合っていると、引きつった表情のセレスが部屋に入ってきて、頭を下げた。
「失礼いたします、殿下。ロウィーナ男爵夫人がお見えです」
セレスに続き、現れたロウィーナ男爵夫人を見て、わたしは思わず叫んだ。
「わああ! ローナ男爵夫人、綺麗! すごくすごく綺麗です! お花みたい! キラキラしてます!」
わたしは両手を振り回し、興奮して叫んだ。
「すごい、すごい! ローナ男爵夫人! 綺麗、綺麗!」
隣でヘルムートも激しく頷いている。
今夜のロウィーナ男爵夫人は、輝くようだった。やわらかそうな干し草色の髪はふんわりまとめられて、琥珀色に輝く蝶々の髪飾りがつけられている。ドレスは淡い緑色で、胴回りはきゅっと絞られ、裾はふわっと広がっている。やわらかそうでフワフワしてて、妖精みたいだ。
「ありがとうございます、殿下」
にっこり笑うロウィーナ男爵夫人。
こんなに綺麗な人が、わたしの愛人候補! 嬉しくて嬉しくて、わたしはじっとしていられず、ぴょんぴょん飛び跳ねた。ヘルムートも「ぴゃあ!」と叫び、わたしと一緒になって飛び跳ねている。
「……お二方とも、喜んでいただけるのは嬉しいのですが、そろそろお支度をなさいませんと」
ロウィーナ男爵夫人が真顔で言う。とたん、ヘルムートはすました顔になった。
「私はこれで準備完了だ」
「あっ、わたしもドレスは用意してあるから! 後は着るだけです!」
「お二方とも……」
ロウィーナ男爵夫人が、残念なものを見る目つきで、わたしとヘルムートを見た。
「殿下の分はこの部屋に届けさせてありますけど、ヘルムート様には髪紐と手袋、それにラベルピンが必要ですわね。……セレス様、手伝っていただけます?」
「はっ!」
ロウィーナ男爵夫人がセレスに何事が言いつけると、セレスが慌てて部屋を出て行った。
「今夜はベルチェリ家の夜会だし、そう肩肘はらずともよかろう。別に、私の格好など気にする者もいないと思うが」
「またそんなことをおっしゃって。横着はいけませんよ、ヘルムート様」
ロウィーナ男爵夫人に軽く睨まれ、ヘルムートは首をすくめた。やーい、怒られてるー。
「ところで、殿下」
ロウィーナ男爵夫人が、くるりとわたしを振り返った。
「マイア様はどちらに?」
「あっ、マイアは、新しいダガーが届いたから、その手慣らしに訓練場に行ってます! マイアのドレスも届いてて、後は着るだけだから、行ってきていいよってわたしが」
「まあ! なんてこと!」
ロウィーナ男爵夫人が両頬に手をあて、叫んだ。
「それではお時間が足りるかどうか。……仕方ありませんわね、まず殿下のお支度から始めましょうか」
「えっ、支度? これ着るだけだからだいじょう「大丈夫ではありません殿下」
ロウィーナ男爵夫人が、わたしの言葉に押しかぶせるように言った。
「髪に、化粧にと、女性の支度には時間がかかるものなのです。……とりあえず、ヘルムート様は部屋から出てくださいませ」
「えっ、なんで」
「……殿下のお着替えの間中、同じ部屋にいらっしゃるおつもりですか? さ、早く隣の控室へいらして」
ヘルムートが部屋にいても別に気にならないけど、ベルガー王国のしきたりってやつなんだろうな。ヘルムートも「あ、そうか」と素直に控室に下がったし。
「さあ、殿下」
わたしを振り返ったロウィーナ男爵夫人が、なんだか迫力のある笑みを浮かべた。
「始めましょうか」
そこからのロウィーナ男爵夫人は、素早かった。
わたしをソファに座らせると、丁寧かつ手早く髪を梳かしてくれた。そして何本も細い三つ編みを編むと、それをわたしの後頭部に巻きつけるように結った。三つ編みを固定するように、ドレスと同じ水色の宝石のついた髪飾りをぐるっと周りにつけ、残った髪はそのまま後ろに垂らす。
すごい。こんな複雑な髪型、初めてだ。
「ローナ男爵夫人、この髪型、すごいです! なんかわたしじゃないみたい!」
「お気に召していただけて、よろしゅうございました」
鏡に映る自分の姿を、わたしはしげしげと眺めた。なんかお姫様みたいだ。
考えてみれば、わたしはお姫様なんだけど、なんていうか草原の王族じゃなくて、ベルガー王国のお姫様みたい。
箱から淡い青色のドレスをそうっと取り出すと、ロウィーナ男爵夫人はわたしに言った。
「殿下、お立ちになって。まずは下衣から重ねてゆきましょう」
ベルガー王国のドレスって変わってる。草原の服は頭からかぶるか、袖を通して羽織るかすればいいんだけど、ベルガー王国のドレスは、上から何枚も布を重ねるように作られている。
わたしがそう言うと、
「最近の流行で、スカート部分をふくらませるためにパニエを着用するのですが、動きづらいかと思ってこのような形にいたしました。一番下は、細かいプリーツの入ったズボンなので、足さばきも楽でしょう?」
「本当だ! 動きやすいです!」
くるっと回ると、ズボンの上に重ねられた薄い布がふわっと広がって、お花みたいだ。
「すごい! 可愛い!」
「よくお似合いですわ、殿下。……さ、ボディスもおつけいたしましょう」
「うん!」
袖を通しやすいよう、上半身を覆うボディスを広げ、持ってくれているロウィーナ男爵夫人に近づくと、
「あ、おい、待て! まだ入っては」
なんかヘルムートの声が聞こえたと思ったら、隣室の扉がばん、と開いた。
「姫様、お待たせいたしました! サミーリ公爵様もご一緒ですわ!」
「失礼いたします、でん……」
マイアに続き部屋に入ってきたクラウス卿は、わたしを見て、動きを止めた。
「あ、クラース卿! キラキラしてる! 綺麗!」
わたしはクラウス卿を見て、にこっと笑った。
クラウス卿は、いつもの地味な黒っぽい服ではなく、白くてなんかキラキラした服を着ていた。服に金色の飾りがいっぱいついている。綺麗だなあ!
「………………」
クラウス卿は黙ってわたしを見つめると、真っ赤になり、それから真っ青になった。
「クラース卿?」
クラウス卿は黙ったまま踵を返すと、ちらりと後ろに見えるヘルムートの首に、ガッと腕をかけた。
「いっ! いた! ちょ、何をする! 私は忠告したぞ、まだ入ってはならんと……」
「黙れ!」
珍しくクラウス卿が怒鳴っている。どうしたんだろう、とびっくりしている内に、クラウス卿はヘルムートを引きずるようにして部屋を出ていってしまった。
「え? クラース卿、どうしたの?」
「さあ……、どうなさったんでしょう? こちらに着くまでは、特に変わったご様子もなかったと思うのですが」
わたしとマイアが首をかしげていると、
「わたくしがきちんと申し上げておくべきでしたわね……。殿下、マイア様……、お着替えの最中は、殿方を部屋へお入れしてはなりません……」
ロウィーナ男爵夫人が、こめかみを押さえ、低い声で言った。
「え? でも下着も着てるし、べつに裸ってわけでは……」
「それでもです! ……使用人や家族、配偶者に着替えを手伝っていただくのは、問題ありません。が、それにあてはまらぬ殿方を、お着替えの最中、部屋に入れてはなりません」
ロウィーナ男爵夫人が、異様な迫力で言った。
「これは、ベルガー王国では非常に、非常に! 重要なしきたりですので、決してお忘れになりませんよう! お着替えの最中は、殿方を部屋へお入れしてはならない! さあ、くり返して!」
わたしとマイアは、ロウィーナ男爵夫人の迫力に押されるように、どもりながら言った。
「「き、着替えの最中は、殿方を部屋に入れてはならない……」」
ロウィーナ男爵夫人がコワい。
よくわかんないけど、これってきっと、大事なしきたりなんだろうな……。




