17.夜会のお誘い
「殿下、お針子がまいりました。ドレスの仮縫いにかかりましょう」
ロウィーナ男爵夫人が言い、部屋に数人のお針子が入ってきた。
あれから数日、わたしはできるだけ毎日、レギオン様のご機嫌伺いに部屋を訪れるようにしている。
だけど、運よくレギオン様に会える日があっても、それは本当に挨拶を交わすだけの短いものになってしまった。レギオン様も寝台に伏せったままの状態が続いているし、どんどん体調が悪くなっているのがわかる。
レギオン様に会えない日は、訓練場で第三騎士団と一緒に鍛錬に励むのが日課となりつつある。
第三騎士団の騎士たちも喜んでくれるし、わたしとマイアも体を動かせて嬉しい。部屋にこもりきりだと、よくないことばかり考えてしまうしね。
ロウィーナ男爵夫人は、わたしを気遣うように言った。
「殿下、ドレスが仕上がりましたら、このドレスをお召しになって、夜会に出席なさいませんこと?」
ロウィーナ男爵夫人の誘いに、わたしは首をかしげた。
「夜会」
……って、なんだろ? 夜、みんなで集まって、美味しいお肉でも食べるのかな?
「着飾って、おしゃべりやダンスに興じる集まり、と思っていただければよろしいかと。ベルガー王国の貴族は、この夜会をたいそう気に入っていて、毎晩のようにどこかの屋敷で、そうした催しが開かれておりますわ」
「へー」
おしゃべりにダンスかあ。
一応、わたしはダンスを踊れる。初めてのステップでも、通して見ればすぐ踊れるようになるから、ダンスは問題ないだろうけど、おしゃべりはどうかなあ。
「わたし、ベルガー王国の問答形式とか知らないから、おしゃべりしたら相手を怒らせてしまうかもしれません」
「……そうですわね、こちらの問答形式は、なかなかに複雑で、こちらの貴族であっても間違える者は多うございますからね……」
ロウィーナ男爵夫人は考え込んで言った。
「それでは殿下、おしゃべりはともかく、ダンスだけを楽しまれては? わたくしとサムエリ公爵閣下がおそばについていれば、貴族との会話で揉めるようなこともありませんでしょうし」
せっかく出来上がったドレスを、みなに披露してみませんか? とロウィーナ男爵夫人がいたずらっぽく笑って言った。
たしかに、いま作っているドレスは、とても綺麗で、出来上がるのが楽しみだ。夜会に集まる人たちが、みんなこんな風なドレスで着飾っているのなら、それを見るだけでも楽しめるだろう。
……と思ったところで、わたしはあることに気づき、ロウィーナ男爵夫人に言った。
「ね、ローナ男爵夫人。クラース卿って、貧乏なんですか?」
部屋の隅に控えていたセレスがゴフッと咳き込み、ロウィーナ男爵夫人が笑顔のまま固まった。
「……で、殿下、なぜそのように思われました、の?」
珍しくつっかえながら、ロウィーナ男爵夫人が言った。なぜも何も。
「だってクラース卿、いっつも黒い、地味ーな服ばっかり着てるじゃないですか。新しい服を買えないから、汚れが目立たない黒っぽい服を着てるのかなあって思ったんです」
草原にも、そういう戦士はたくさんいた。
クラウス卿は国王に次ぐ地位にいると聞いたけど、地位が高いからお金持ちとは限らないし。
「あの、殿下。……サムエリ公爵閣下は、この国でも有数の資産家でいらっしゃいますわ」
「本当? じゃあなんで、黄色とか赤とか、派手で綺麗な色の服を着ないんですか?」
「黄色……、そ、そうですわね、サムエリ公爵閣下は、あまりそうした色をお好きではないのかもしれません」
「え、そうなの!? クラース卿、黄色嫌いなの!?」
わたしはショックを受けた。
どうしよう。この間クラウス卿に、黄色いお花をあげたんだけど。あれ、もしかしたらクラウス卿、イヤだったのかな……。
落ち込むわたしに、ロウィーナ男爵夫人が困ったように言った。
「殿下、どうかなさいましたか? ……サムエリ公爵閣下に、黄色の服を着てほしいのですか?」
「ううん、この間ね、クラース卿にお花をあげたんだけど」
わたしはロウィーナ男爵夫人に、訓練場で摘んだ黄色い花をクラウス卿にあげたことを話した。
「あの時、クラース卿は喜んでたみたいに見えたから、気づかなかった。……ほんとは、イヤだったのかな」
うつむいてつぶやくと、ロウィーナ男爵夫人が、慌てたように言った。
「いえいえいえ、そんな、そんなことはありません、大丈夫ですわ殿下! あの、サムエリ公爵閣下は、そのう……、ええと、黄色を大好きでいらっしゃいますわ!」
「……でも、クラース卿が黄色い服着てるの、見たことないですけど」
「あの、それは……、それは、夜会ではありませんからね! そうした派手な服は、夜会で着るものと相場が決まっておりますから!」
断言するロウィーナ男爵夫人を、わたしは疑わしく見た。
ほんとかな。わたしを元気づけようとして、ウソついてるんじゃないかな……。
「本当ですわ殿下!」
わたしの顔を見て、ロウィーナ男爵夫人が力強く言い切った。
「ちょうど殿下をお誘いしようと思っていた夜会があるのです。来週ですから、その頃にはドレスも仕上がっておりますわ。……きっとサムエリ公爵閣下は、その夜会に、美しい黄色の衣装をお召しになってご出席なさいますわ! わたくしがお約束いたします!」
「ちょっ……、お待ちください男爵夫人!」
「わー、楽しみです!」
セレスとわたしの声がかぶった。
「セレース? なんか言った?」
「……セレス・ダルシア様。夜会につきましては、わたくしからサムエリ公爵閣下にくわしくご説明申し上げますから、ご心配なさる必要はございませんわ」
ロウィーナ男爵夫人に睨まれ、セレスは黙り込んだ。
どうしたのかな? と一瞬、気になったけど、ロウィーナ男爵夫人の両手がわたしの頬を挟み、ぐいっと目を合わせられた。
「殿下、よそ見をなさらないで。これからわたくしが、夜会について殿下に、いろいろお教えしようと思っておりますのに」
「あっ、ごめんなさい、よろしくお願いします!」
わたしは、ちょっとドキドキしてロウィーナ男爵夫人を見つめた。
こんな風に強引なロウィーナ男爵夫人も、とっても素敵だ。
夜会は、ダンスを楽しむものだって言ってたから、きっとロウィーナ男爵夫人も踊るんだろうな。
ロウィーナ男爵夫人は、ヘルムートと踊るのかなあ。わたしも、ロウィーナ男爵夫人と踊りたいなあ。……誘ったら、わたしとも踊ってくれるかな?




