16.草原の花
「それじゃ、そろそろ失礼します」
セレスが迎えに来たので、わたしとマイアは訓練を切り上げることにした。少しの間だったけど、久しぶりに思いきり体を動かせてスッキリした。マイアも満足そうな顔をしている。わたしやマイアと手合わせした騎士たちは、疲労困憊して地面に座り込んでいるけど。
「殿下、またぜひいらしてください。今度はわたしとも手合わせしてみませんか?」
「本当ですか!? 嬉しいです!」
ヨナス卿の誘いに、わたしは飛び上がって喜んだ。
ヨナス卿は、とても強い。恐らくわたしよりも。
そんな剣士と戦えるなんて、光栄だ。
うきうきしながら部屋に戻ろうとした時、ふと訓練場の端っこに咲いている花に目が止まった。
「セレース、マイア、ちょっと待ってて」
わたしは急いで訓練場の端に走っていき、花を何本か引っこ抜くと、セレスとマイアのもとに戻った。
「……殿下、その草は……?」
セレスが遠慮がちにわたしの手元を見て言った。
「これね、草原によく咲いてる花なの。可愛いでしょ?」
小さな黄色の花弁が、ひらひらと風に揺れる様がとても可憐だ。草原にいた頃は、よくこの花を摘んで父上やリーチェにあげたものだ。
「ベルガー王国にも、同じ花があったのですねえ」
マイアも懐かしそうだ。
何か言いたげにこちらを見ているセレスに、わたしは花を差し出した。
「セレース、あげる」
「えっ!?」
セレスがのけぞった。
「え、……な、なぜ私に……?」
「ん-、とくに理由はないけど。そこにいたから?」
「えっ……、ええ……?」
動揺するセレスに、わたしは首をかしげた。
「セレース、この花嫌い?」
「え、いえ、嫌いなど、そのような……」
汗をかいてうろたえるセレスを、わたしはつくづくと見た。
セレスは茶色の髪に、茶色の目をしている。顔立ちや背格好だけだと、とくにそんな風には思わないが、こうしてうろたえている様子を見ると、
「セレースって、やっぱりクラース卿に似てるね」
「は!?」
「ああ、そうですわ! わたしも、セレース様がどなたかに似ていらっしゃると、ずっとそう思っていたのですが、誰なのかわからなかったのです。そう、そうですわ、姫様のおっしゃる通りです。セレース様は、サミーリ公爵様に、とてもよく似ておいでですわ」
謎が解けた! と嬉しそうなマイアに、わたしも嬉しくなってにこにこした。でも、セレスは真っ青な顔色をしている。
「セレース、大丈夫? なんか顔色悪いよ」
「あ、う……、い、いえ……」
「もしかして、この花嫌いだった? ごめんね!」
草原でこの花を嫌う者はいなかったが、ここはベルガー王国だ。人の好みは様々だし……と思ったところで、わたしはロウィーナ男爵夫人とヘルムートを思い出し、顔をしかめた。
「い、いえ、決してそのような! 嫌いなどと、そのようなことは」
「いいのいいの、気にしないで! ここの人の好みは、ちょっと変わってるって、わたしも学んだからさ!」
わたしの言葉に、マイアが首を横に振った。
「姫様、ちょっとどころではありませんよ。……あのローナ男爵夫人の夫が、魔術師なんですからねえ……。まったく、あれには驚きましたよ」
しきりに恐縮するセレスから、わたしはお花を返してもらった。
セレスはこのお花、嫌いなのかあ。それじゃ、誰にあげようかなあ。
三人でおしゃべりしながら戻ると、クラウス卿が部屋にいた。
「殿下、お待ちしておりました。先ほどヨナス卿からの知らせで、殿下が第三騎士団の騎士たちと訓練をされたと……」
「あ、クラース卿、これあげます!」
何か言いかけていたクラウス卿に、わたしは訓練場で摘んだ花を差し出した。クラウス卿は戸惑ったような表情を浮かべ、わたしを見た。
「え、え? ……この草を、私に……?」
「うん、可愛いでしょ? 草原に、よく咲いてる花なんです! 訓練場で見つけたから、摘んできました!」
クラウス卿は、わたしに渡された花をまじまじと眺めた。
「草原に……」
「この花ね、草原にいた頃よく摘んで、リーチェや父上にあげたんです! 他のみんなもね、この花を摘んで、家族とか恋人とかにあげてました!」
「そ、……そうなのですか、恋人に……」
クラウス卿はなぜか少し赤くなり、恥ずかしそうにわたしを見た。
「ありがとうございます、殿下。……わざわざ、私のために摘んでくださったのですね……」
「え。いや、わざわざって訳では「お話し中失礼いたします、サムエリ公爵閣下! 第一騎士団長ヨナス様からご伝言を預かっております!」
わたしの言葉をさえぎるように、セレスが慌てて言った。
「……ヨナス卿から?」
「は、殿下の弓矢による、魔法無効化について教えてほしい、と……」
「ああ」
クラウス卿は得心したようにわたしを見た。
「襲撃の時に射た、あの不思議な矢を、訓練でもお使いになったのですか?」
「別に不思議でもなんでもないですよ!」
わたしはちょっと笑った。
「これ、響き矢って言って、これを射ると魔法が無効化されるっていうだけです。まあ、たしかにこの矢は、ちょっと珍しいかもしれないですけど」
わたしは、矢筒から響き矢を抜いてクラウス卿に見せた。
「四枚の羽根ですか……」
「そう、羽の数が違うから、矢筒から取る時に、響き矢だって見ないでもわかるんです。矢の先に、穴を開けた獣の骨をつけてるから、それで音が出るんですよ」
「……この矢は、誰が作っても同じ効果が……、つまり、魔法を無効化することができますか?」
クラウス卿の質問に、わたしは首を横に振った。
「あー、ダメなんです。草原でも、名人って呼ばれてるような、矢を作るのが上手い人が作らないと、無効化できないんです。そうじゃない矢は、手に取ると、あっダメだなってわかります」
クラウス卿は、響き矢をじっと見つめた。
「……私にはわかりません。形以外に、何が……、どういったところが通常の矢と違うのか。特に魔力も感じませんし……」
「魔力なんか込められてたら、そもそもわたし、使えませんよ」
「そうですね。……魔力ではなく、何か……、草原の民が持つという力でしょうか。ヘルムート卿なら、何かわかるかもしれませんが」
「あー、ヘルムットーですかあ……」
そうかもしれないけど、魔術師にわたしの弓矢を調べられるのは、なんかヤだなあ。
そう思ったわたしの心を読んだように、クラウス卿がわたしを見て、小さく笑った。
「ご安心ください、殿下。殿下がお嫌なら、誰にも殿下の弓矢を触らせたりはいたしません」
「イヤっていうか……、うん、ごめんなさい、イヤです……」
謝ると、クラウス卿は首を振り、やさしく言った。
「いえ、殿下が謝られるようなことは、何もありません。お気になさらず」




