13.ベルガー王家の瞳
騎士たちとの訓練については、日程を調整して後ほどヨナス卿が連絡をしてくれるということに決まった。
わたしは足取りも軽く、クラウス卿はやや不機嫌な様子で、レギオン様の寝所に入った。マイアとロウィーナ男爵夫人は、控えの間で待つように、と陛下付きの侍従に言われた。あまり大人数だと陛下に負担がかかるからって。
……そうかあ、わたしは友達がたくさん会いに来てくれたらすっごく嬉しいけど、レギオン様はそういう事もダメなのかあ……。
わたしとレギオン様は、草原とベルガー王国という環境だけではない、その立ち位置からして何もかもが違うんだ。
そんな人が、わたしの夫になるんだなあ、と思うと、なんだか不思議だ。
レギオン様の寝所に入ったわたしは、あっと驚いた。
「陛下」
レギオン様が、寝台ではなく窓際に置かれた椅子に座っていたからだ。
一昨日会った時は、起き上がるのもままならない様子だったのに、今日は本当に体調がいいようだ。
「レーギョン様、ご挨拶申し上げます」
「ああ、カーチェ。来てくれたのか」
レギオン様はわたしに笑いかけ、手を差し伸べた。
近づいて、その手を握る。レギオン様の手は、少しひんやりしていた。
「会えて嬉しい。……まだ、死ぬわけにはいかないのに、体が勝手に天国の門をくぐりたがってしまって、まったく困ったものだよ」
ふふっと笑うレギオン様に、クラウス卿が凍りついている。
「レーギョン様、お聞きしたいことがあるのですが、いいですか?」
「もちろん。……ああ、サムエリ公爵を愛人にしたいと言っていたこと?」
「それもありますが……、ああ、そうだ、レーギョン様、もう一人、愛人にしたい人ができました。ラーラ・マクシーテ……、ローナ男爵夫人を、わたしの愛人にしたいのです」
わたしの言葉に、レギオン様は目を見張り、クラウス卿に視線を向けた。
「陛下、これは、その……」
言葉に詰まるクラウス卿に、わたしは、ロウィーナ男爵夫人が言っていたことを思い出した。
そうだった。草原とこちらでは、『愛人』という言葉の使い方が違うんだった。
「レーギョン様、わたしはクラース卿やローナ男爵夫人を、妾にしたいとは思っていません。……いや、本人たちが妾になりたいというなら、それでもかまいませんが。ただわたしは、二人の面倒を見たい……、守ってあげたいのです」
「面倒? 守る?」
レギオン様は首をかしげ、クラウス卿を見た。
「サムエリ公爵、説明を」
「は……」
クラウス卿はうつむいたまま、ロウィーナ男爵夫人のした説明をレギオン様にくり返した。
「……なるほど。庇護を与えるべき相手か。まあ、しかし……、それは、いいかもしれないね」
レギオン様は、考え込みながら言った。
「カーチェは、草原からきた、草原の王の娘だ。いかにベルガー王家の瞳を持ち、第一王位継承者となったとしても、それで王家に反目する貴族たちが大人しくなるとは思えない。だが、サムエリ公爵やベルチェリ商会が味方となれば」
「レーギョン様」
わたしはレギオン様を見た。
レギオン様は、わたしを次の女王とすることに、何の疑問もないみたいだ。
「レーギョン様は、わたしがこの国の女王となっても、かまわないのですか?」
わたしはレギオン様の瞳を覗き込んだ。わたしと同じ淡い青色の、ベルガー王家の瞳。
「……ああ。僕は、カーチェに、次の王……、ベルガー王国を統べる女王となってもらいたい」
「なぜ? わたしは草原の王女です。この国のことを、何も知らない。ベルガー王国を導くのに、最適な人物であるとは言えません」
レギオン様は、椅子から身を乗り出すようにして、わたしを見つめ返した。
「では、カーチェ、あなたはなぜ、サムエリ公爵やロウィーナ男爵夫人を、愛人にしたいと思ったの?」
レギオン様は言いながら、かすかに笑った。
「長年、彼らを見てきて、その心根や才能を知り抜いた上で言ったわけではない。 ほとんど初対面の彼らを、なぜ、愛人にしたいと思ったの?」
わたしはレギオン様の言葉に、考え込んだ。
もちろん、理由はいろいろある。ロウィーナ男爵夫人は可愛いし、クラウス卿は素敵だ。二人とも魅力的で、もっと知りたい、そばにいたいと思う。だが、愛人になってくれと、そう頼んだ時、わたしが思ったことは。
「この人だと、そう思ったのです。初めて会った時、この人だ、って」
「そう、それだよ」
レギオン様は、満足そうな笑みを浮かべ、言った。
「王家の瞳が、あなたに教えたんだ。彼らはあなたに必要な人間だと。……ベルガー王家の瞳が尊ばれているのには、理由がある。この瞳は、その力で王家を、ベルガー王国を守ってきた。僕も、あなたを見てわかったんだ。……あなたこそこの国を守り、導く、ただ一人の王だと」
わたしはレギオン様を見つめた。
「……この瞳に、そんな力があるなんて知りませんでした」
「まあ、ただの言い伝えだよ。真偽は定かではない。……だが、ここぞという時、王族が頼りとした人物が、王族を裏切ることは一度としてなかった。王族がその瞳にかけて選び、信じた人物は、みな命を懸けて王族を守ってくれたんだ。何を信じるかと言われれば、僕は、僕におべんちゃらを言う貴族より、自分の瞳が選んだ人を信じるよ。それが間違っていたとしても、自分が選び、決めたことだ。納得できる」
「なるほど」
わたしは頷いた。
「わかりました、教えていただき、ありがとうございます」
レギオン様は、くすっと笑った。
「それでいいの? 僕がでたらめを言って、あなたを煙に巻いたのだとは思わない?」
「そんなこと思いません」
わたしはレギオン様を見つめ、心から言った。
「陛下、陛下はとても強いお方です。立つのもままならぬお体で、この国の行く末を案じ、できる限りのことをなさろうと努力されています。……草原では、強い男は尊敬されます。わたしはレーギョン様を、尊敬します」
レギオン様は、目を丸くしてわたしを見た。
「僕が、強い?」
「はい。……わたしにはない、強いお心をお持ちです」
そう言い、わたしはレギオン様の足元にひざまずいた。握った手を額に押し付けると、レギオン様が戸惑ったようにわたしの名を呼んだ。
「カーチェ……?」
「陛下に忠誠を誓います。決して裏切らず、剣となり盾となり、陛下をお守りいたします」
顔を上げ、にこっと笑いかけると、レギオン様の頬にかすかに赤みが差した。
「……妻から、騎士の誓言を捧げられるとは思わなかった」
「お嫌でしょうか」
これは、草原では最高の敬意の示し方なんだけど、石の国では違うのかもしれない。ちょっと心配になると、
「いや、……悪くない」
レギオン様はくすくす笑いだした。
「妻が、僕の騎士か。……歴代の王の中でも、僕が初めてだろうな。妻に、騎士として忠誠を誓われるなんて」
楽しげに笑うレギオン様に、わたしもほっとして笑顔になった。
よかった、喜んでもらえた!




