12.わかっていても納得できない
「昔、夫もそのように……、わたくしに無礼を働いた相手に非常に怒って、その者に決闘を申し込んだことがありますの」
「そ、……そうなのですか」
うぐぅ、とわたしは呻いた。
ロウィーナ男爵夫人に無礼を働くやつなんて、そりゃもちろん、決闘を申し込んで戦うべきだ。べきだ、けど……、それがあの魔術師と同じ思考だって言われると、なんかヤだ。
「ローナ男爵夫人は、だからあの魔術師……、ヘルムットーと結婚したのですか? 決闘して、ローナ男爵夫人を守ったから?」
「いいえ」
ロウィーナ男爵夫人は、照れくさそうに笑って言った。
「実はわたくし、ずうっと昔から、夫に片思いをしておりましたの」
「「ええぇえええ!?」」
わたしとマイアは、ほとんど絶叫した。部屋の隅に控えていたセレスが、その大声にびくっと飛び上がる。
「かたっ……、え、ウソ!? 何がどうして!?」
混乱するわたしたちに、ロウィーナ男爵夫人は頬を赤く染め、小さな声で言った。
「ヘルムート様は……、たいそうお優しいお方なのです。わたくしのせいで、ヘルムート様にはいろいろと迷惑をかけてしまっているのですけど、文句の一つも言われたことはございません。功績から言えば、本当なら伯爵位、いえ侯爵位を賜ってもおかしくないところを、ずっと昔に購入した男爵位のままでいらっしゃるのも、わたくしのせいなのです。わたくしの家の事情で……」
ふう、とロウィーナ男爵夫人がため息をついた。
「あんな風に無愛想な方ですから、よく誤解されてしまうのですけれど、本当はとてもお優しい方なのです。……殿下、お腹立ちになることもあろうかとは思いますが、どうぞご容赦くださいませ」
「…………う、うん……、ハイ、わかり、まし……まし……」
ロウィーナ男爵夫人がそう言うなら、うん……、ヘルムートと決闘とかしないよう、気をつけよう……。
言葉を濁すわたしに、ロウィーナ男爵夫人が穏やかに言った。
「サムエリ公爵様も、お優しいお方ですわ」
「ああ、……クラース卿は、わたしにいつも気を遣ってくれます」
だが、それと優しいかどうかは別だ。
わたしに気を遣い、大切にしてくれるのは、わたしが女王となる人間だから。彼の主となる存在だからだ。
わたしはロウィーナ男爵夫人ににこっと笑いかけた。
「わたしは、クラース卿もローナ男爵夫人も、愛人にしたいと望んでいます。二人とも、わたしにとって大事な人です」
ロウィーナ男爵夫人やクラウス卿が何を考えていようと、それは変わらない。
「殿下、サムエリ公爵閣下がお見えです」
セレスの言葉に、わたしはソファから立ち上がった。
「行きましょう、ローナ男爵夫人。レーギョン様に早くお会いしたいです」
後ろにクラウス卿、ロウィーナ男爵夫人、マイアを従えて歩いていると、すれ違う貴族たちから視線を感じた。わたしの邪魔にならぬよう脇に退き、頭を下げているが、抑えきれぬ興味、あるいは悪意がちらちらと見え隠れしている。
なるほど、とわたしは納得した。
クラウス卿の言う通り、宮廷の貴族たちは国王派と貴族派に分かれているようだ。向けられる視線に込められた感情が、実に分かりやすい。
この国に輿入れしてきたわたしを、襲撃するようなやつらがいるのだ。女王となるなら、いずれ戦いは避けて通れない。敵はもちろん、味方の兵力についても、詳しく教えてもらう必要があるな、と考えている内に、レギオン様の寝所についた。
「殿下、陛下がお待ちです」
控えの間には第一騎士団長ヨナスがいた。
「……第一騎士団長は、ずっと陛下に付き切りなのですか?」
「どうぞヨナスとお呼びください、殿下。……まあ、ここ最近はそうですかね。何かと物騒ですんで」
頭を掻くヨナス卿を、わたしはじっと見た。なんとなく草原の剣士に似ている。裏表なく、実直そうだ。
「ジョー……、ジョーナス卿、第三騎士団の騎士たちは、誰の管轄下にあるのですか?」
わたしの問いかけに、ヨナス卿は驚いたような表情を浮かべた。
「第三騎士団も、私の管轄下にあります。実際に指揮を執るのは、副団長になりますが。……何か問題でもございましたか?」
「問題というか、……はっきり言うと、第三騎士団の騎士たちは弱すぎます」
ヨナス卿は絶句した。
「それは……」
「こちらに輿入れする際、クラース卿とともにわたしを護衛してくれたのですが……。比べては悪いが、あれでは草原の子どもにも劣ります。物騒だというのなら、もう少し騎士たちを鍛えねば、いざという時どうにもならぬと思ったのです」
わたしの言葉に、ヨナス卿は膝をつき、頭を下げた。
「返す言葉もございません」
「いや、責めるつもりはないのです。ただ、もう少し実力の底上げというか、……そうですね、一度、訓練を見学させてもらえませんか?」
「殿下」
後ろから、クラウス卿が困ったように言った。
「恐れながら、王城直属騎士団の統帥権は、ヨナス卿にあります。もちろん、兵を動かすにあたっては陛下のご裁可が必要ですが……」
「ああ、違う、大丈夫です」
わたしは慌てて言った。
「騎士団の指揮を執りたいと言っているのではありません。ただ、一緒に訓練がしたいんです」
「は」
クラウス卿は目を丸くした。
「訓練……、騎士と一緒に、殿下が?」
「はい」
わたしは頷いた。
「おかしいでしょうか? 草原では、父上や護衛の剣士と、よく剣を交えました。こちらでも同じように訓練したいのです」
そうすれば、騎士たちの実力も見極められるし、指導もできるだろう。
「……そう言えば、第三騎士団のラリーが申しておりましたな。護衛のつもりが、逆に殿下に命を救われたと」
ヨナス卿の言葉に、わたしは首をかしげた。
命を救った? 誰の話だ。覚えがないんだけど。
「金髪の騎士です。第三騎士団に入団したての……」
「ああ! あの騎士!」
わたしはポンと手を打った。
「でもあれは、別に助けたわけではありません。ただ、無駄な動きが多かったので、イライラして戦いに割り込んだだけです」
わたしの言葉に、ヨナス卿がプッと噴き出した。
「ヨナス卿」
「いや、すまん、サムエリ公。しかし、これはなかなか……。そうですね、殿下、サムエリ公がいいと言うなら、私には何の文句もありません。ぜひ、殿下と訓練をご一緒させていただきたい」
「その間、陛下の護衛はどうする?」
クラウス卿がヨナス卿を睨んだ。
が、ヨナス卿は気にした風もなく笑って答えた。
「そうだな、ヘルムートにでも頼むことにする。これからは騎士だけではなく、魔術師も陛下の護衛にあたらせればいいんじゃないか? 少なくとも、ヘルムートなら何があっても陛下をお守りできるだろう。……それに、ヘルムートも結婚してからは、遠征に行きたがらんからな。この間も、それはもうごねまくっていたではないか。あいつも、ライラ殿の側にいられるなら、喜んで引き受けるだろ」
「………………」
クラウス卿が黙り込んだ。
うーん。ヘルムートが陛下の護衛……。実力的には問題ないんだろうけど、魔術師がレギオン様の側にいるってのは、生理的にちょっとヤだなあ。
と思ったけど、後ろで嬉しそうな顔をしているロウィーナ男爵夫人に悪いので、わたしは黙っていることにした。
うん……、ロウィーナ男爵夫人がいいなら、わたしがとやかく言うことじゃない。でも、魔術師か……。ロウィーナ男爵夫人はどうして……、いや、誰にでも欠点はある。大事なのは、お互いの気持ちだ。どんなに不釣り合いに見えても、お互いがそれでいいなら、外野がとやかく言うべきではない。うん……、魔術師か……。




