11.人の好みは十人十色
「ヘルムットー殿、誠に申し訳ない」
わたしは潔く頭を下げ、向かいに座るロウィーナ男爵ヘルムート・マクシリティに謝罪した。
あの後、もう一度確認したが、やはりこの宮廷魔術師団長、ヘルムートは自分の夫である、とロウィーナ男爵夫人は断言したのだ。
断言したけど……、信じられない。世の中、不釣り合いな夫婦は山ほどいるが、それにしても……。まあ、人の好みはそれぞれだ。それぞれだ、けど……、世界は謎に満ちている。
「その件はもういい。……だが、私はヘルムットーではなくヘルムートだ」
ロウィーナ男爵夫人の隣に座り、憮然とするヘルムートを、わたしはじろじろ見た。
うん、まあ……、たしかに顔の造作は悪くない。ちょっと死神みたいに見えなくもないけど、整っている顔立ちだとは思う。立ち居振る舞いからも、強いことがわかる。たぶんヘルムートは、相当な手練れだろう。
……でも、魔術師なんだよなあ……。なんでロウィーナ男爵夫人は、魔術師を夫に選んだんだろう。
わたしの心の声を読み取ったように、ロウィーナ男爵夫人が困ったような表情で言った。
「申し上げるのが遅くなってしまったせいで、殿下を混乱させてしまいましたわね。申し訳ありませんでした」
「ううん、そんなことない! ありません! ローナ男爵夫人は、何一つ悪くない!」
悪いのは、夫が魔術師という一点のみ。つまり、ヘルムートが悪い。
そう結論づけ、わたしはマイアの入れてくれたお茶を飲んだ。
「ローナ男爵夫人、……今日は、レーギョン様の体調は? ご挨拶に伺えるでしょうか?」
「ええ、問題ございませんわ。サムエリ公爵閣下がいらしたら、ご一緒に伺いましょう」
ロウィーナ男爵夫人の言葉に、ヘルムートが顔をしかめた。
「サムエリ公か」
その苦々しい口調に、わたしも顔をしかめた。
「……クラース卿に何か、文句でもあるのか、ヘルムットー」
「まあな。文句というか、気に入らぬことがある」
「ヘルムート様」
ロウィーナ男爵夫人が咎めるようにヘルムートを見た。
「サムエリ公爵閣下は、殿下に誠心誠意、尽くしておられます。そのような事を……」
「尽くしている? 利用しているの間違いではないか?」
「ヘルムート様、お言葉が過ぎます!」
ロウィーナ男爵夫人がたしなめたが、ヘルムートは気にした風もなくわたしに言った。
「カーチェ・ルコルダル殿下。殿下はすでに、ベルガー王レギオン陛下に拝謁を済ませたと伺った」
「……ああ、王城に着いてすぐ、ご挨拶に伺った」
「どう思われた?」
ヘルムートの目が、射抜くようにわたしを見た。
「病床に伏しておられる陛下をご覧になって、どう思われた? 陛下にお会いして、それでサムエリ公に何も疑念は持たれなかったのか?」
わたしは唇を噛んだ。
魔術師め。
わたしの心を読む魔法でも使ったかと思われるほど、その指摘は的確だった。
「……おまえの言う通りだ。わたし……、わたしは、クラース卿に怒った。当然だろう。わたしは卿に……、ベルガー王国に、謀られたと思ったのだ」
「殿下、それは……」
言いかけたロウィーナ男爵夫人を、ヘルムートが制した。
「ライラ、殿下には知る権利がおありになる。サムエリ公の思惑通り、何も知らず操られるままの人形でよいとおっしゃるなら、話は別だが」
わたしは顔を上げ、ヘルムートを睨んだ。
「クラース卿はわたしに、ベルガー王国の女王となってほしいと言った」
「……なるほど。女王に」
ヘルムートはソファの背もたれにどさっと体を預け、ため息をついた。
「また、面倒なことを」
「何が面倒だ」
ヘルムートはわたしをちらりと見て言った。
「草原とこの国は違う。女を……それも他国の王女を主に戴いて、あのうるさい貴族どもが黙っているとは思えん」
「なら、黙らせればいい。必要なら戦う。わたしは臆病者ではない」
わたしはぶすっとして言った。
「ほう」
ヘルムートが片眉を上げ、わたしを見た。
「殿下は武闘派でいらっしゃるようだな。まあ、たしかにぬるま湯につかっているこの国の貴族どもなど、猛々しい草原の奔馬にかかれば、抵抗する間もなく踏み潰されて終わりかもしれんが。……それで、殿下はサムエリ公の言う通り、女王となられるおつもりか」
「そうだ」
わたしが頷いた。
「わたしはクラース卿の望み通り、ベルガー王国の女王となることを承知した。レーギョン様さえ、お許しくださるなら、それでいい。わたしは草原の国の王女だが、石の国の女王となる」
「サムエリ公の操り人形となられるか」
「……わたしはこの国を知らぬ。クラース卿はわたしの助けとなるだろう。だが、それと操り人形になることは違う」
わたしはヘルムートを睨み、言った。
「わたしは、わたしの意思でこの国の女王となるのだ。たしかにクラース卿にはクラース卿の思惑があるだろう。なぜ、この国の貴族ではなく、草原の王女であるわたしを選んだのか、すべてに納得がいった訳ではない。が、それはそれほど重要か? わたしがこの国の女王となるため、クラース卿はわたしを支え、尽くすだろう。それで十分ではないか? それ以上、何が必要だと言うのだ」
「殿下が必要ないとおっしゃるなら、それまでだが」
ヘルムートはつぶやくように言った。
「サムエリ公は、殿下を己の復讐の道具にしようとしている。私は、それが気に入らんのだ」
ヘルムートの言葉に、ロウィーナ男爵夫人がはっと息を呑んだ。
復讐、とわたしは小さくヘルムートの言葉をくり返した。
確証はないが、おそらくヘルムートの言葉は故の無いことではないのだろう。ロウィーナ男爵夫人の様子を見ればわかる。
「……そうか。ならば、クラース卿に直接聞こう。すべて明らかにした上で、わたしが判断を下す」
ヘルムートは、じっとわたしを見た。その琥珀色の瞳は、まさしく狼そのものだ。こちらを観察し、弱みを見つければ飛びかかって殺そうとする、獰猛な獣。
だがヘルムートは、ふう、とため息をつくと、わたしから目を逸らし、立ち上がった。
「わかった。では、私はこれで失礼する。……あ、ライラ」
ヘルムートは少しもじもじしてから、ロウィーナ男爵夫人の上に屈み込み、何事かささやいた。
「わかりました。わたくしも今日は、早く帰りますわ」
ロウィーナ男爵夫人の返事に、そうか! と嬉しそうな笑顔になって、ヘルムートは部屋を出て行った。……ほんとにこの二人、夫婦なんだな……。脅されているようにも見えないし、ロウィーナ男爵夫人は、ほんとのほんとにヘルムートが夫で満足している……んだろうなあ。
唸るわたしを、ロウィーナ男爵夫人が不思議そうに見た。
「殿下、どうかなさいました?」
「いや、どうも何も……、ローナ男爵夫人は、どうしてあの魔術師と結婚したんですか?」
こんなことを言ったら、石の国では不躾だと思われるかもしれないが、どうしても納得がいかない。ロウィーナ男爵夫人なら、草原のどんな戦士だってよりどりみどりだろうに、なんで魔術師を……。
ロウィーナ男爵夫人は、くすっと小さく笑った。
「そう言えば、草原では魔術師はたいそう嫌われておりましたわね。……ベルガー王国、石の国では、魔術師は敬意を払われる存在ですのよ。ヘルムート様とわたくしでは、むしろわたくしのほうがヘルムート様に見合わぬ、不釣り合いな存在なのです。……わたくしは新興貴族であるベルチェリ伯爵家、それも商人の娘ですが、ヘルムート様はマクシリティ侯爵のご子息で、宮廷魔術師団長という地位もお持ちですから」
「ハァ!?」
わたしは驚いて大声を上げた。マイアも「まあ」とびっくりしている。
「ローナ男爵夫人のほうが不釣り合い!? まさか!」
「本当ですわ。……それに、ヘルムート様はあれでなかなか、女性に人気がおありなんですのよ。わたくし、恋敵のご令嬢から、身の程をわきまえろ、と面と向かって罵倒されたこともありますわ」
「ハァアア!? 誰ですその令嬢は! なんという無礼な! わたしが決闘を申し込みます!」
鼻息荒く言うわたしを、ロウィーナ男爵夫人は驚いたように見た。
そして、やさしく笑って言った。
「まあ、殿下。……殿下は、わたくしの夫とたいそうよく似ていらっしゃいますのね」
「えっ!?」
わたしは一瞬、固まった。
ロウィーナ男爵夫人の夫……って、あの魔術師!?
わたし、魔術師に似てるの!? そんなのイヤだああああ!




