10.魔術師
せっかくなので、わたしは自分の分だけでなく、マイアのドレスも作ってもらうことにした。
布地と大まかなデザインだけを選ぶと、あとは仮縫いをしながら調整していくということで、その日、商人たちは帰って言った。
絹と一口にいっても、織によって何種類もの布地があるらしい。地模様が浮き出る絹織物に興味津々のわたしとマイアに、ロウィーナ男爵夫人がいくつか布地を選び、体にあてて見せてくれた。
「殿下には、こちらの淡い青がよくお似合いですわ。この色は『ベルガー王家の青』とも呼ばれる高貴な色ですし、殿下の肌を真珠のように美しく輝かせて見せてくれます。マイア様には、この金茶色はいかがでしょうか。暖かみがあってやわらかい色合いで、マイア様にぴったりですわ」
ロウィーナ男爵夫人の見立ては、完璧だった。わたしもマイアも、ロウィーナ男爵夫人のおすすめ通りにドレスを仕立てることにした。
愛人問題について説明してくれている時も思ったけど、ロウィーナ男爵夫人は、とても博識だ。草原の文化に通暁せざるはなし、って感じ。
翌日、わたしとマイアはロウィーナ男爵夫人の訪れを待ち、お茶を飲んでいた。
朝食には肉が出たし、準備はばっちりだ。
「今朝の肉は、まあまあだったね! 量はもう少しあってもいいけど、脂が甘くて、おいしかったし!」
「ええ、まことに」
マイアが頷いて言った。
「姫様、なんとしてもローナ男爵夫人を姫様の愛人になさいませ。姫様でダメなら、僭越ながらわたしが、ローナ男爵夫人に愛人のお申込みをさせていただきますわ」
「そんなのダメ!」
わたしはぎょっとしてマイアを見た。
「ローナ男爵夫人は、わたしの愛人なんだから! とっちゃダメ!」
「……誰が、誰の愛人だと?」
ぞっとするような低い声が聞こえ、わたしはバッと後ろを振り返った。
部屋の入口に、なんか全身真っ黒な男の人が立っている。
「……おまえは、誰だ」
わたしは腰に佩いた湾刀に手をかけ、言った。
さっきまで人の気配なんてしなかったのに、こいつ、いつの間に部屋に入ったんだ。ベルガー王国ではめんどくさい先触れの決まりがあるのに、それもなかったということは……、賊? 貴族派の放った暗殺者?
わたしはその男を注意深く見た。
肩をおおうほどの長さの真っ直ぐな黒髪に、狼のような琥珀色の瞳。細身で背はクラウス卿より高いが、体軸がしっかりしていて、重心が安定しているのが見て取れる。動きも素早そうだ。……この男とやり合うには、わたしとマイア、二人がかりでも厳しいかもしれない。
だが、その男はフンと鼻を鳴らすと、面倒くさそうに膝を折り、わたしに頭を下げた。
「カーチェ・ルコルダル殿下にご挨拶申し上げる。私はヘルムート・マクシリティ。ベルガー王国所属の、宮廷魔術師団長だ」
「「魔術師!」」
わたしとマイアは同時に叫び、飛び上がった。
魔術師。どうりでイヤな感じがすると思った!
「なぜ魔術師がここにいる! 先触れも寄越さず、無礼ではないか!」
わたしがヘルムートという魔術師を睨みつけると、
「……草原では、特に先触れなど出さずとも問題ないと聞いたのだが。違うのか?」
少し自信なさげに聞かれ、わたしは返答に詰まった。
「先触れは……、なくとも問題はない。ないが……、ここは、ベルガー王国だ。ベルガー王国では、先触れが必要だ」
「面倒くさいだろう」
一言で片づけられ、ぐぬぬとわたしは唇を噛んだ。
悔しいがその通りだ。先触れとか、めんどくさい。ベルガー王国から無くしたいものの筆頭だ。
「……わかった。先触れは必要ない。……だが、何ゆえ魔術師がここにいる。わたしに何用か」
「用というか。挨拶をしろと言われてな。それから……、ん、その、今日ここに、ライラ・マクシリティが来ると聞いた」
ライラ・マクシリティ……、ロウィーナ男爵夫人!
彼女の名前を聞いて、わたしとマイアは色めきたった。
この魔術師、ロウィーナ男爵夫人に何をするつもりだ! 許さない!
「ローナ男爵夫人に、何用だ!? 彼女はわたしの愛人となる大切な女性だ、事と次第によっては……「何を言う!」
わたしの言葉をさえぎり、魔術師が憤慨したように言った。
「あ、あああ、愛人!? ライラが貴様の愛人だと!? バカバカしい!」
「ぜんっぜんバカバカしくなんかない! バカって言うほうがバカなんだ、バーカ!」
「バッ……、貴様、私をバカと言ったな!」
「言ったがどうした! 決闘なら受けて立つ!」
わたしと魔術師は、はったと睨みあった。
その時、
「……失礼いたします、殿下。ロウィーナ男爵夫人、ライラ・マクシリティ様がお見えです」
セレスが部屋にやって来て告げた。
「ローナ男爵夫人!」
「ライラ!」
わたしとマイア、魔術師がぱっと扉を注視した。
「殿下、失礼いたします。……あら、ヘルムート様、遠征からお戻りでしたのね。ご無事でよろしゅうございました」
部屋に入って来たロウィーナ男爵夫人は、にこにこして言った。わたしもつられてにこにこした……けど、にこにこしてる場合じゃない!
「ローナ男爵夫人! なんかこの変な魔術師が、ローナ男爵夫人を待ち伏せしようとして、……追い払えなくてごめんなさい! こいつ魔術師だから、逃げたほうがいいです! わたしがこいつを足止めしときますから、その間に早く逃げて!」
「なっ、なんでライラが私から逃げねばならんのだ! ライラは、ライラは……、私の、つつつつ、つま妻だ……っ!」
真っ赤になってどもる魔術師を、わたしは冷たく一瞥した。
「おまえは何を言っている? ……ローナ男爵夫人、この魔術師は明らかにおかしいです、早く逃げたほうが」
「だから! ライラは私の……っ、つ、妻! 伴侶! 嫁!」
「ハァ?」
わたしはあきれ、腕組みして魔術師を見た。
「おまえ、たしか……、ヘルムットーとか言ったな」
「ヘルムートだ!」
「どうでもいいが、ヘルムットー、おまえ、大丈夫か?」
「えっ」
ヘルムートという魔術師は、虚をつかれたようにわたしを見た。
「大丈夫って、何が」
「……おまえ、ローナ男爵夫人をよく見てみろ。こんなに可愛らしくて綺麗で、キラキラ輝いている女性が、なんでおまえの嫁なんだ。ありえないだろ?」
「……えっ……」
わたしは、動揺するヘルムートの肩をポンと叩いた。
「夢を見たい気持ちは、よくわかる。ローナ男爵夫人は、素敵な人だ。きっとモテるだろう。わたしだって彼女を愛人にしたいと口説いているが、未だ色よい返事をもらえていないからな。……おまえ、たぶん長い間、彼女に片思いしてたんじゃないか?」
「な、なぜそれを」
うろたえるヘルムートに、わたしはさらに言った。
「わかるとも。いかにも片思いをこじらせてそうな顔してるからな。……だが、夢と現実を混同するのはいけない。夢は、夢だ。彼女を困らせるな」
「えっ……、えええ……!? で、でもでも、……ええ……、や、やっぱり夢だったのか……!?」
泣きそうなヘルムートを見て、強く言い過ぎてしまっただろうか、とわたしはちょっと可哀そうになった。いやでも、ロウィーナ男爵夫人に、何かあってからでは遅いし。
すると、はあ、と深くため息をつくロウィーナ男爵夫人の姿が目に入った。
「……ヘルムート様、いい加減にしてください。結婚して何年経つと思ってるんですか」
「だっ……、で、でも……」
ロウィーナ男爵夫人は、半泣きになっているヘルムートに近寄ると、そっと彼の手を取り、言った。
「殿下、改めてご紹介申し上げます。この方は、ロウィーナ男爵ヘルムート・マクシリティ。……わたくしの夫ですわ」
「「ええ!?」」
わたしとマイアは、驚いて叫んだ。
ウソ。
じゃあ、ほんとのほんとに、ロウィーナ男爵夫人は、この真っ黒い魔術師の妻なの!?




