悪魔の魔法
私は、隣国へ行くためにひたすら山を登っていた。
鬱蒼とした木々の間をずっと歩き、足が棒のようになっていた。
「はぁ、はぁ、まだ山を越えられないの?」
「まだまだだな。」
そう答えるグライナーは、汗一つかいていなかった。
「一度ここで休むか。」
「そうね、そうしましょう。」
私はその場に座り込んだ。
息を整えていると、グライナーが横に来て話しかけてきた。
「そのドレスにハイヒールじゃ、この山を越えるのは相当時間がかかるだろうな。」
「じゃあ、どうしろっていうの。」
「ふむ、そうだな。何かを差し出せば、服装を変えてやらんでもない。」
「何かって、この宝飾品は無理よ!お金に換えるんだから。」
「何も差し出すものは宝飾品だけではない。願いをかなえる対価には、体の一部をもらうこともあるぞ。どうする?」
私はその言葉を聞いてぞっとした。
彼は悪魔だ。
確かに体の一部でも差し出して叶う願いならば、叶えたいと言って差し出すものもいたのだろう。
私が今差し出せる何か…。
はっとし、私は大切に伸ばしてきた髪をつかんだ。
「この髪はどう?対価には足りないかしら。」
「叶うかどうか決めるのは俺だ。まあ、今回は貧相な服をドレスに変えるのではなく、ドレスを一般市民の服に変えるからな、その髪の長さなら足りるだろう。」
そう言うとグライナーは私の髪を左手でつかみ、右手の爪でバッサリと切り落とした。
切り落とされた髪は光の粒に代わり、グライナーはそれを私に吹きかけた。
すると、みるみるうちに服は一般市民の服に変わり、靴も底が平坦な靴になった。
「すごい、魔法みたい。」
「魔法だがな。」
「魔法のかかった服なんて初めて着たわ。」
私はうれしくてその場を立ち上がり、くるくる回った。
足が痛かったことなど忘れてしまうほど、衝撃的だった。
「いつまで回ってるんだ、ドレスを着たわけじゃないのに、やはり変なお嬢さんだな。」
「あ、それ、やめていただける?」
「それとはどれのことだ。」
「“お嬢さん“って呼び方よ。名前で呼んで、リアーヌと。」
「じゃあ、リアーヌ。元気になったのなら行くぞ。せめて、国境は越えておきたい。」
そういって、グライナーは歩き始める。
私も慌てて彼の後を追った。
「足がさっきと違って全然痛くないわ!素敵!」
「そりゃあ、あんなハイヒールを履いていたら痛かっただろうね。」
無駄口だとわかっていながらも、私はそのままグライナーに話しかけながら歩き続けた。
ようやく国境を越えたあたりで、私は少し仮眠をとることにした。
グライナーは悪魔のため寝る必要はないらしく、見張りをすると言って座り目を閉じた。
それを見届けた後、私も地面に横になり、眠った。
ベッド以外で眠るのなんて初めてだったけど、疲れていたこともあってかぐっすり眠ってしまった。
翌朝。
「おい、起きろ、リアーヌ。」
声が聞こえたと思いうっすらと目を開けると、眼前に見慣れない美貌の顔があった。
私は驚き、飛び起きた。
「おっ、おはようございます。グライナー。」
「ああ、おはよう。それじゃあ、町へ向けて出発するぞ。」
そういいながら、グライナーは私に手を差し出した。
私は手を取り、立ち上がった。
すぐに手を放し、グライナーは前を歩き始めた。
私は離れた手に少し寂しさを感じながらも、後を追って歩き出した。
町が見えてきたあたりで、グライナーは私の方を振り返った。
「そうだ、言い忘れていたが、平民らしい言葉遣いをしたほうがいい。できるか?」
「で、できます。これでいいんでしょ?」
「そうだな、それでいい。気を付けてこれから話していけば、そのうち慣れる。」
「それと、宝飾品はこのかばんに入れておけ。」
そういってグライナーは小さなカバンを投げ渡してきた。
「いつの間にこんなものを?」
「髪の毛の対価が余ってたんでな、そのあまりの分でカバンを出した。」
「そうだったの、ありがとう。」
その話が終わり次第、またグライナーは歩き始めた。
私はもらったカバンに宝飾品を詰め、慌てて彼を追いかけた。
私たちは、国境を越え、不法入国という形で隣国のレマルク帝国へ入った。