悪魔との契約
「はぁっ、はぁっ…。」
息を切らし走る。
ただ、後ろの喧騒から逃げるために。
「はぁっ、はぁっ…。」
ただただ走る、自分だけでも生き延びれるように。
そう両親が逃がしてくれたのだから。
「うっ!」
長いドレスに足がもつれ、転んでしまう。
急いで立ち上がらなきゃと思い、顔を上げると、目前に宝石が一つ落ちていた。
それを拾い、私は急いで走り出す。
走って、走って、走って…。
王族のみが知らされている隠し通路を通り、山のほうへ逃げきった私は、ただただ、喧騒が聞こえる王城を眺めていた。
宝石を握る手に力がこもる。
こけたときに傷ついた手のひらからこぼれる血など、気にならないほど強く手を握っていた。
「なんで、なんでこんなことに…。」
私の名前はリアーヌ = グルイヤール。
グルイヤール王家の第1王女だった。
何事もなく、幸せに暮らしていた時、突然民衆が発起して王城に攻め入ってきた。
父が信頼していた大臣が、民衆の先頭に立っていた。
私たち王族が、民からの税を着服し、豪遊をして無駄遣いをしているなどという嘘を民衆に浸透させ、反乱を発起させるほどに、彼の手腕は見事だった。
私たちは、なすすべもなく捕まると思っていた。
だが、王に仕えていた騎士たちが、懸命に私たちを守っていくれた。
その余裕から、王である父と、王妃である母が私を逃がす道と時間を用意してくれた。
説明を聞き、逃げおおせた後にしばらく暮らしていけるほどの宝飾品を身に着け、騎士たちの守りを突破してきた民衆の喧騒を後ろに、私は逃げたのだ。
大好きだと、愛していると言ってくれた父を、母を、そして最後まで残ってくれた召使たちと騎士たちを残して。
その騎士たちはどうなったのだろう、父と母はどうなったのだろう。
そんな気持ちとあの大臣は絶対に許さないという思いがぐるぐると回っている。
手に込める力が強くなったその時、握っていた宝石が光り輝いた。
あまりにもまぶしく、目を閉じてしまい、次に目を開けた瞬間、目の前には今まで見たことのないほど美しい男性が浮いていた。
ただ、その男の姿は普通の人間ではではなく、背には蝙蝠の翼、頭にはヤギの角、そしてしっぽが生えていた。
「おい、お前。願いをかなえたいか?」
「ね、願い?」
私は、男の姿に呆然としていたが、話しかけられ、間の抜けた返事をしてしまった。
そんなことよりも、男について聞きたいことはたくさんあったはずなのに。
「そうだ、願いだ。お前のそのあいつらに復讐したいという願い。俺がかなえてやろう。」
「…!!」
私は驚き、言葉が出なかった。
なぜなら、心の奥底で渦巻いていた思いは口に出してはいないのに、その男は知っていたからだ。
しかも、その願いをかなえてくれるという。
再度男は問いかける。
「あいつらに復讐をしたいという願い、対価を払えば、このどんな願いでもかなえる万能の悪魔である俺がかなえてやろう。」
私はそれを聞いた瞬間、男が悪魔だということを理解した。
そして、その悪魔のことも思い出した。
大昔に、この世を混乱に陥れた悪魔を私たち王族の祖先が封じ、それ以来その封印を守っているということを。
これは、その封印の一部の宝石だったということをいまさらながら気づいた。
手のひらから流れ出た血が解除のきっかけとなり、この悪魔が外へ出てきたのだ。
だけど…、だけどそんなことは関係ない。
「あなたと契約するわ。だからお願い、あいつらへの復讐をかなえて!」
私は瞬時にそう返事をした。
すると、悪魔は少し困惑したように、だけど笑いながら答えた。
「対価も聞いてないのに契約するというとは、なんとも豪気なお嬢さんだな。いいのか、先ほども言ったが俺は悪魔だ。復讐への対価は高いぞ。」
「いいわ、どんな対価だって、魂だって支払う。だから復讐をかなえて頂戴!」
「…わかった、その願いをかなえよう。契約成立だ。」
悪魔が手をかざすと、私が持っていた宝石が浮かび、目の前でチョーカーが作られ、私の首に巻き付いた。
「これで契約は完了だ。よろしく、我が契約者よ。」
「よろしく。悪魔さん。」
「…。悪魔さんと呼ばれるのは嫌だな。俺の名前はグライナーだ。グライナーと呼んでくれ。」
「そう、私はリアーヌ = グルイヤール。よろしく。」
そのあいさつの後、悪魔グライナーは、地面に降り立ち、羽と角、そしてしっぽはしまわれ普通の人間の姿へ変わった。
ただ、人ではない彼の美貌が、彼の異質さを際立たせているようだった。
その美貌に、いいえ、彼そのものに惹かれている私がすでに表れていた。
「さて、復讐をかなえてやるということだが、そのためには俺の力を取り戻さなければかなえてやることはできない。まず、一つ目の対価は俺の力の宿った宝石をすべて集めることだ。」
「わかったわ。」
「本当に決断が早いな、君は。そして2つ目の対価だが、それは君の魂だ。復讐を終えた後、君の魂をもらおう。」
「いいわ、もらってちょうだい。」
「…こういうのもなんだが、少しは戸惑ったりしないのか、君は。」
「戸惑ったりしたところで、私の復讐が叶うの?」
「いいや、君一人では到底無理だろうね。」
「だったら、私が選ぶのは一つだわ。どんな条件でも、私の復讐を手伝ってくれるものに私は私のすべてを差し出す。それで復讐を遂げられるなら。」
「わかった。では、さっそくここから遠くの町へ行こうか。君の宝飾品がすべて売れそうな場所で、資金を集めてから活動を始めよう。」
私たちは歩き出し、私の祖国グルイヤール王国を去った。