第59話「暗く輝く炎で ~Dark Burning Heart~」
”市民諸君にご報告。小生らブレイブ・ラビッツは、女神エリスの到来を祝ってちょっとしたイベントを行う事と致し候。
皆様におかれましてはお誘いあわせの上、8月6日の『演劇の日』にヴァルター劇場にお越し頂きたく、お願い申し上げる。
ブレイブ・ラビッツ一同”
条約歴820年8月4日付 ランカスター・タイムズ夕刊
Starring:ユリア・リスナール
で、釈明は?
不心得者の様に高圧的な言葉を出してしまった。内心で創世皇に懺悔する。目の前の哀れな新人類、アナベラ・ニトーが先程からまくし立てているのは、釈明ですらない自己弁護である。
「たとえ使い走りとしてでも、近くに置いたのは間違いでした! ウリウス……獅子身中の虫め!」
その顔が言っている。「そんな事を私たちに言われても」と。
どうせ何を言っても聞かないだろうから、放っておくことにした。「何だ? 言ってみろ」と問い詰めたところで、彼女の頭に叡智が宿るわけでもない。
話疲れれば、勝手に黙るだろう。そんな事を思っていると、ニトーはしゃべり切ったのか肩で息をし始めた。話をする頃合いだ。
「ニトーさん、大丈夫です。創世皇は間違いを犯した者でも決してお見捨てにはなりません」
「間違い」と言う言葉が不味かったか、ニトーは露骨に気分を害されたような顔をする。修行を積む前の自分なら、肩をすくめていたかもしれない。
「とりあえず、この件は私が預かりましょう」
「どうされるのですか?」
とりあえず責任を取らされることは無いと思ったか、彼女は急に食いついてくる。
「清貧教の理想を理解して下さるのは、信徒ばかりではありません」
たとえニトーでも、それ以上の言葉無しに理解できるだろう。メディアや司法の関係者にも、清貧教の理想に共感してくれる者はいる。特に何かをお願いする必要すらない。彼らは、自分達が正しいと思った事をやってくれる。
「その方たちに頼めば、もみ消して貰えるという事でしょうか?」
”もみ消す”と言うのは心外な表現だ。もし結果的にメディアがMoralの公金流用を報じず、逆に慈善団体を誹謗中傷したとして警察やスーファ・シャリエールを批判したとしても。それは大勢の人々が持つ善意の表れでしかない。
すなわち、創世皇の思し召しである。
「ですが、もっと積極的に動くべきだと思うのです。あのスーファ・シャリエールとか言う女性の敵を一網打尽に!」
またスーファですか。まあ、言いたい事は分かる。彼女のように好き勝手に生きる人間は、危険。人々の安念を妨げる。だが。
「いかに名誉男性と言えど、一度捕縛してキモイ性癖が明らかになれば、だれもこの女の言う事を信用しなくなります」
つまり、冤罪をかけると言う事である。そう言えばこの人の”同志”は、とある地方都市の市長に婦女暴行の疑いをかけて裁判沙汰になった事がある。ユリアに言わせれば美しくない話だ。創世皇はそのような事は望まないし、やむを得ない場合であっても、やるのはもう少し後だ。
「いいえ、それは止めておきましょう」
「何故です?」
ニトーは露骨に眉にしわを寄せる。それが分からないのがこの女性の救われないところである。
「彼女は、貴方が思っているほど御しやすい相手ではありませんよ」
本当のことを言えば、スーファには「分かって欲しい」のだ。彼女の生き方は、ユリアにとっても眩しい。だから、同じ仲間にしたい。
そんな思いは当然、ニトーに伝わる事もなく。
「”あれ”をお貸しください。そうすればあの名誉男性も、クソオス共も」
「ニトーさん、今は動く時ではありません」
ユリアは再度窘めた。若干の諦観をはらませつつ。
”あれ”、が惜しいわけでは無い。むしろ積極的に投入して戦訓を蓄積するように言われている。だがだからと言って、思い付きで使うほど安いものではない。
「それよりも、来月の活動費についてお話しませんか? 場合によっては増額もありうると考えております」
ニトーの目の色が変わった。スーファ・シャリエールの事など無かったかのように、朗々と来季からの活動をプレゼンし出す。
結局は金。彼女のような人間は、本来軽蔑するべきなのだろう。
しかし、ユリア・リスナールは喜びを感じていた。ニトーのような”子羊”を、掌の上でで転がす行為を。
ニトーを送り出した後、ユリア・リスナールは側近の女性を呼び寄せた。ひざまずこうとするのを止めて、そばに寄るように言う。
「”あれ”を彼女に渡してあげなさい。ただし、勝手に持ち出した体裁で」
側近は僅かに抵抗を感じている様子だが、少し考えて合点がいったように頷いた。
「後任の選定は?」
「お任せします」
これだから賢明なる信徒は素晴らしい。一を聞いて十を知る。何より余計な口を挟まない。ユリアは、ニトーに”あれ”を勝手に持ち出させ、それを追求する形でMoral代表の座を取り上げようと決めたのである。
「責任の追及はいかにしてかわしましょう?」
「特にする事も無いでしょう。もともとあれは、センサーの装備品です。不用意に持ち出された彼らが悪いのです」
女性は頷き一礼すると、立ち上がる。ユリアはそれを楽し気に見守るのだった。
いけない事だと思う。しかし、結果的に教団のためになるなら許されるだろう。ユリアはそう確信している。
人の運命を弄ぶ事に喜びを感じる、極上で甘美な趣味も。