第28話「メタモルフォーゼ」
”最近の治安悪化は憂慮すべきものがあります。特に南地区における犯罪の増加は看過できません。
高治安地区に入る者は、身体検査及びIDか許可証の提示を義務づけるべきであります”
ランカスター市議会 とある保守系議員の発言より
「義手は? 持ち歩いてるの!?」
スーファと並走しながら、答えの代わりに鞄をぱんぱんと叩いて見せた。
実際義手はそこにはないし、あるとも言っていない。自分はただ鞄を叩いただけだ。
だが、直ぐに義手を使える状況にある事に間違いはない。
「じゃあ、付けてらっしゃい! それから追いかけて来て!」
今は見逃してやるという事だろう。協力的でありがたい。
と言うより彼女の中で、義手の在りかより目の前の人命の方が優先。その姿勢は素直に好感が持てると思う。
銃声はまだ続いている。
治安のよい青天井地区で、銃を連続して使用する事態。そんなものは犯罪以外に思いつかない。
「OK、直ぐ追いかける」
そう言って、手近な脇道に飛び込んだ。
今から行う事は、例えラビッツの正メンバーであっても見せてはならないものだ。知っているのは実働チームの3人くらいだろうか。
懐に手を突っ込んで、愛用の万年筆を取り出す。
キーアイテムは、一度怪しまれたら面倒。ならば、日常使いする物に偽装してしまえばいい。いつもごく自然に使っているから、まさか義手の装着にこれを使用するとは思わないだろう。
親指でキャップの先端を押し開けると、中には小さなボタン。
ここには最高品質の魔法薬が少量だけ入っている。義手を”召喚”するため、一回だけ使用する空間破壊魔法だ。
「撃発ッ!」
ボタンを一気に押し込むと、パシュッ! と小さな破裂音が鳴った。
そして空間が割れる。
ガラスのように砕け散った中空の中には、赤く輝く異世界。600年前、屠竜王国をパニックに陥れた超竜召喚事件。あの時、異世界に隠した竜を街中で解き放った。それと同じメカニズムだ。
ユウキは躊躇なく右手の義手を異空間に突き入れた。
量産品の機械式義手が外れ、異空に吸い込まれてゆく。代わりに取り付けられたのは、伝説級の魔法具”スピットファイア”。怒りの力で魔力をブーストする、この世にひとつだけのアイテムである。
同じく、異空間に隠してあったバイザーと繊維状に分解されたコートが装着された。
そして、文学青年は怪盗になる。
(さしもの探偵さんも、義手が異世界に隠してあるとは思わないだろうね。反則技で申し訳ないけど)
ユウキ――スパイトフルはひとりほくそ笑むと、ホルスターから〔ラビットガン〕を抜いた。
45口径のハイパワーが自慢の専用銃だが、実は強化アイテムというわけではない。寧ろリミッターだ。〔スピットファイア〕を使用すると1発で使用する魔法薬が多すぎて燃費が悪かったり、オーバーキルになりかねない。
発生させる魔法をスチームガンレベルに抑えるのがこの武器の役割だ。
銃口を空に向け、トリガーを絞った。
グリップ内のタンクに充填された水が沸騰し蒸気を吐き出す。噴き出した蒸気がチャンバー内の魔力を圧縮、高濃度の魔法が発生する。
【加速】
身体強化の中でも、特にスピードを向上させる高速魔法を発動させる。
「……さあ、ブレイブ・ラビッツのお出ましだよ」
スパイトフルは駆け出す。聞く者は居なかったが、習慣でもあるかのように呟いて。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
スーファはスチームガンと弾薬ポーチだけを取り出し、鞄を放り投げた。
治安がいい地区なら盗られる事は無いと信じたい。書きかけのレポートが入っているのだが。
銃声はまだ続いている。
時々聞こえてくる大きい音は恐らく大口径ピストル。それ以外に複数聞こえるのは護身用の普及品だろう。まだ断定できないが、おそらく複数の者が、1人を攻め立てているようだ。1人が持てる弾薬は限られている。ならば、破局は時間の問題。
「いかん! 早く逃げなさい!」
警官がひとり、小道に隠れるようにしてうずくまっていた。脚を撃たれたらしい。周囲は血だまりで真っ赤だが、本人の口調ははっきりしている。恐らく興奮で痛みを感じていないのだろう。
「何があったんです?」
尋ねながらも傷をチェックする。
腿の銃創以外は外傷は無いようだ。
「わ、分からん。ふらふらやって来た8人組を職務質問したら突然……」
やはり強盗の類だろ言うか? それにしては派手にやり過ぎな気がするが。
直ぐに駆け付けたいが、目の前のけが人を処置しなければならない。
「直ぐ助けが来るわ。待っていて」
何か言い返そうとした警官の口にハンカチを押し込んだ。
「噛んでいてください」
ベルトを引き抜いて脚を圧迫、出血を抑える。
一通り処置を終えるとスチームガンを抜いて、【照明】の魔法を込めて空に撃ち出す。古来からある緊急信号である。
「んー! んー!」
「危ない」とでも言っているのだろう。律儀にハンカチを噛んでいる警官がうーうー唸っている。別に猿轡の代わりではなく、痛み止めのつもりで噛ませたのだが。
仕方なく外してやる。
「きっ、君は一体何者だ!?」
スーファは改めてハンカチを手に握らせると、先ほど使った1発分の魔法薬を拳銃に再装填。立ち上がった。
「スーファ・シャリエール。探偵よ」