第14話「乱闘」
”実際、一般人がロボットを自作する事は良くある。
ただし、あの黒いロボットは無理だ。高性能なコアと蒸気演算機を入手する必要があり、機体設計の技術も素人のそれではない。恐らく素材も一流のものであるし、製造にはそれなりの施設が必要だろう。
逆に言えば、それさえクリアしてしまえば、不可能とは言い切れない。あの飛行装置は別として”
現場に居合わせたシェフィールド社の技師による報告書より
まず動き出したのは、演台の後ろに展示されていた〔タイガーモス〕だった。
操者がスチームガンを抜き、アンテナに向けて命令を撃ち込む。
「〔タイガーモス〕、前進しろ!」
〔タイガーモス〕は両肩のマフラーから蒸気を噴射、巨体を揺らしながら前進する。
しかし、その動きは単調。戦闘を前提としたものではない。
「体当たりして取り押さえろ!」
再び命令を撃ち込む。
〔タイガーモス〕はようやく姿勢を低くしてタックルの体制に入る。
ロボット最大の弱点、それは単純な命令しか受け付けない事だ。曖昧な命令や複数の対象に向けたり、複雑な指示は、蒸気演算機が処理しきれない。よって動きが緩慢になる。
操者はそれなりのベテランなのだろう。〔タイガーモス〕の動きを適切に制御している。
だが、現実は非情だった。
黒衣の男は腰からでかいスチームガンを抜いて、〔アルミラージ〕のアンテナを撃つ。
「〔アルミラージ〕、迎え撃て!」
黒い一角兎は返事の代わりに、全身に配置されたスリットから蒸気を吐き出した。
(……迎え撃つ? そんな大雑把な命令で?)
スーファの疑問も無理はなかった。これが〔タイガーモス〕同士の戦いなら、曖昧な命令に蒸気演算機の処理が追い付かず、あっという間に制圧されたはずだ。
現実は違う。
〔アルミラージ〕は〔タイガーモス〕の体当たりを真っ向から受け止め、そこからなんと機体を高々と持ち上げて海中に放り込んだのだ。
海側で見物した者は派手に波がかかったが、目の前の光景が衝撃的すぎて誰も気にかけなかった。
どうやらロボットの心臓であるコアの性能もけた違いらしい。
〔アルミラージ〕、確か獣を追い払う伝説の一角兎の名前だったはず。
彼は、その名の通りブレイブ・ラビッツの露払いをして見せた。
海に放り投げられた〔タイガーモス〕は立ち上がれない。
中枢パーツは防水処理こそされているものの、装甲の内側に流れ込んだ大量の海水が重すぎた。あれでは自力では起きられないだろう。
会場の後ろ側では、残る2体の〔タイガーモス〕がうろうろと動き回っていた。
群衆が邪魔で〔アルミラージ〕にたどり着けないのだ。まさか相手が飛んでくるとは思わず、配置を誤った結果だ。とは言えそのような事態、想像する余地はないが。
「さあどうする? まだやるかい?」
進み出たスパイトフルが拳銃をくるくる回し、ホルスターに仕舞う。
熱に浮かされて「いいぞー、やっちまえー」と叫ぶ者もいた。
何人かの検閲官が進み出る。
その手にあるのはサーベル。警棒ではない。
ロボットは巨体が故に、魔法を使って素早く動き回る者は制圧しにくい。
操者である2人組を取り押さえてしまえば良いのだ。
「懲りないわねぇ」
サイレンが大げさに肩をすくめ、腰の鞭を取り外す。
スパイトフルがポーチから取り出した巨大な魔法薬の薬莢は3発。ぶっとい葉巻ほどの大きさがあるそれを、ガントレットに連続装填してゆく。同じくサイレンも鞭の柄に大型の薬莢を装填する。
2人とも大容量の魔法薬を使用している。あれなら強力な魔法を使用できて当然だ。
ただし、魔法の使用は疲労が伴う。短期で決着を付けなければ動けなくなるか、最悪気絶だ。
「ここで黙って見ている手はないわね」
「えっ? お姉さま!?」
戸惑うクロエには答えず、ステッキに魔法薬を押し込んだ。
『【跳躍】!』
ステッキから使用済みの蒸気が噴射され、両足に魔力の力場が形成されてゆく。
そして、彼女は騒乱の会場に向け、跳び上がった。
スーファが降り立った時、検閲官の半分が地面に転がるか、魔法による疲弊で肩を上下させていた。
無理もない。彼らは制圧するための部隊で、本気の魔法戦闘など訓練されていないだろうから。
「私も混ぜてくれないかしら?」
立ちふさがる障害に、スパイトフルはにいっと笑った。
「ねえ、そろそろいい加減引き上げない?」
サイレンが面倒くさそうに言う。じりじり迫って来る検閲官と睨み合いながら。
「そうしたいんだがな。彼女はよほどオレの事好きみたい」
憎まれ口ひとつ聯星流の構えを取った。サイレンは溜息と共に残った検閲官に向き直る。
スーファも探偵式格闘術で迎え撃つ。
拳法の抜き手と、ステッキの突きが交錯する。
会場は興奮のピークに達した。
「本当に惜しいな! 何故探偵なんかやってる? あんたはこちら側だよ」
刺突をやりすごしたスパイトフルが、右手でスーファの顎を狙う。
「冗談じゃないわ! あなたたちは危険!」
そのまま距離を詰めてかわし、襟を掴む。
体をねじって逃げられる。
(……ッ! 前やり合った時は手加減してたわね!)
前とは反応速度が違う。
これで身体強化しか魔法を使っていないなどと。
はっきり言って空恐ろしい。
「あなたはこの光景が正しく見えているの? 皆あなたたちの理想なんて理解していない。ただ見世物を面白がっているだけよ!」
ステッキを投擲する。
姿勢を落として縮地で回避、距離を詰められる。
「それの何がいけない? 人間はきっかけが無ければなにも気づかない。あんたは知らないのさ。誰も知らないところで、何かが決まって行く恐怖が、なあっ!」
何かが決まっていく恐怖?
掌底を捌いて叩き落とし、半身をずらした勢いで後頭部向けて蹴りを放つ。向こうも後ろ回し蹴り!
ふたつの蹴りが、クロスする。
『【排莢】します』
ステッキの報告と共に、イジェクターから魔法薬の薬莢が弾き出される。
スパイトフルは大型のものが3発だから、まだ余裕はあるだろう。
逆転するには一気にカタを付けるか、大技を乱発させて疲労を誘うか……。
「おっと、そろそろイベントの終了時刻だ。あまり長居すると主催者にも迷惑だし、お暇しようか」
「ちょ、待ち……」
スパイトフルとサイレンは【跳躍】を使って飛び上がり、〔アルミラージ〕の両肩に降り立った。
「じゃあね。皆も良くわからない書類にサインしちゃ駄目だぜ? 詐欺師に骨までしゃぶられちゃうからな? わはははっ!」
「詐欺師」が誰を刺すか、分かる者はそう多くはあるまい。だがその意図は明白だった。
〔アルミラージ〕が蒸気を吹き、両足から虹色の光を展開させる。
おそらくこれが飛行魔法だ。
「待ちなさい!」
スーファは懐から〔パピードッグ〕リボルバーを抜き、〔アルミラージ〕に発砲した。銃口から吐き出された魔法弾が巨体に向け伸びてゆく。シリンダーから噴き出た蒸気が、スーファの髪を濡らす。
5発の内1発が命中したものの、勿論通常の魔法ではロボットを破壊などできない。完全に無駄だった。
「誰か! 飛竜だッ! 飛竜を呼べ!」
誰かが叫んだが、もう遅い。
飛び去るブレイブ・ラビッツを見上げ、リボルバーを仕舞う。
「……一体、何をしようと言うの?」
答えを知る黒いウサギたちは、既に飛び去ってしまった。