アンジェリカさん
知らないことは知りたいタイプ。
自分で何かを解決する力はないが、
人の話を聞いて人生経験を積み重ねたように感じている。
今日は近所にできたばかりのロシアのお店にボルシチを食べに行った。
旦那さんは日本人なのだが、奥さんはアンジェリカさんというロシアの方なのだそうだ。
アンジェリカさんはウクライナで生まれ、日本人の旦那さんと結婚して日本にやってきたらしい。
「こんばんは 先日お話を聞いた「ボルシチ」を食べに来ましたよ」
「あ、いらっしゃい。ゆっくりしていってください」
パッと顔色が華やいだ。「おやっ?」と思うイントネーションはあるものの相変わらず流暢な日本語である。
「相変わらず日本語がお上手ですね、どこで日本語を覚えたのですか?」と聞くと、
「ウクライナにいた頃は日系企業で働いていたのよ」と胸を張ったように見えた。
言葉の表情からすると、かなり優秀な娘さんだったのだろう。
そんな娘さんも日本に移り住んでからというと、
話し相手は旦那さんと子供さんしかおらず、地域の人との交流もないので、
最近は少しふさぎ込みがちだという。
ちょっとホームシックなのかな?
それを見かねた旦那さんが、地元の郷土料理であるロシアの料理のお店を出して、いろんな方と触れ合ってみては?と、5~6人が入れる小ぢんまりとしたお店をオープンしてくれたのだという。
「日本はどう?異国の地で困っていることはない?」と聞くと、
「お金がないのよ」と即答された。
正直な方なのかな?すこし面食らっていると、
アンジェリカさんは、すこし懐かしむかのように故郷の話を始めてくれた。
アンジェリカさんはウクライナで生まれ育ったらしい。
その頃のロシアはソビエトの社会主義国家が崩壊し、国自体が混乱の中にあった。
それと同時にウクライナはロシアから独立したが、反政府勢力との対立があり、
今もなお国内は交戦状態にあるという。
酔っ払いの小競り合いの声しか聞いたことのない自分としては想像がつきにくい。
彼女は平和というだけで幸せらしい。
ロシアの地は広大だ。
本当に広いらしい。
その頃のウクライナは未開拓な土地が広がるものの、これから発展する予感に満ち溢れた国で、とても景気が良かったのだという。
日本に住んでいると、少し想像がつきにくいが、アンジェリカさんの感覚では、日本よりロシアの方が発展しているのだそうだ。
話は旦那さんとの馴れ初めに傾いていく。
旦那さんとは建築土木重機の社員としてウクライナに渡っている時に知り合ったという。
彼女いわく、当時の旦那さんは莫大な富を自由に扱い、メイド付きの豪邸に住んでいたのだという。
「そんな人に結婚してと言われたら断る人はいないよ」という声に明るさを感じた。
街の人、皆に祝福されたらしい。そう話す彼女は今でも幸せそうだ。
「コングラッチュレーション」これは英語か、ロシア語ではなんというのだろう。
その頃、日本はというと「外食産業」がブームとなり、回転寿司がもてはやされていたらしい。
旦那さんのお父さん。つまり義理のお父さんは魚の輸入仲買人をしていたらしく、店内を回遊させるマグロを仕入れるために世界を飛び回っていたという。
子供が生まれるかもと思い始めたアンジェリカさんは、それまで何不自由のない暮らしをしていたが、何年も続く国の交戦状態に不安を感じていたらしい。
「平和な国で子供を育てたい。」そう考えていたようだ。
いやはや、行動力のある人は違う。
そこで旦那さんは会社を辞め、日本へ移住を考えて
お義父さんと一緒にインドマグロを輸入する新しい会社を立ち上げたのだ。
アンジェリカさんはウクライナの地をあとにした。
新天地、旦那さんの仕事も順調。
なんでも、スリランカ政府とインドマグロの買い付けに関する契約に成功たしたのだという。
「ウクライナ?スリランカ?どこにあるの?」
中学時代の世界地図しか記憶のないぼくは、
「北の方」とか「南の島」という言葉に相槌を打っていたが、ピンときていない。
政府と交渉するって有能すぎ、
話の規模が違いすぎる。話から飛び出す金額も単位が違い、ワールドワイド過ぎて片田舎で聞くような話ではない。まるで物語のよう。そうファンタジーだ。
ぼくは出されたボルシチが冷めていくのも気が付かないほど
アンジェリカさんの話に夢中になり始めていた。
しかし、ここで彼女の顔に暗雲が立ち込み始めた気配を感じた。
事業の供託金も支払い、いよいよという時
スリランカでクーデターが起こったのだ。
政府は転覆し、それまでの契約は無効となり、話は流れた。
もちろん、供託金は返ってこない。
そればかりか、供託金の大半を銀行から借り入れしていたため、
彼女も連帯保証人として、莫大な借金を請け負うこととなってしまったという。
借金の額が半端ない。
理由は詳しくわからないが自己破産はできないらしい。
お義父さんは土地家屋をすべて売り、借金返済に当てたのだが、それでも間に合わないらしい。
銀行は旦那さんを潰さないように、少しでも長く息ながらえらせる計画をしているのではないかという。
その時はアンジェリカさんは離婚をして、娘さんと一緒にウクライナに帰ることをも考えたが、ウクライナの情勢があまりにも悪くそれもままならないらしい。
せめて、今は向こうに住んでおられるご両親に娘を見せてあげたいと、一時帰国の期会を伺っているのだという。
まあ、小さいながらもお店を出せるということは、自分の知らない稼ぎ方やツテがあるのだろう。
今日はそこまで。
そんな感じでお店を後にした。
話半分という話もあるが、異国で暮らす娘さんが、異国の地の人と結婚して、異国の地で暮らすというだけでも、自分にとっては「半分」の規模が巨大である。
また話を聞きに来よう。近所のよしみだ今度会ったら
「ぼくはアンジェリカさんのお友達になってあげてもいいよ」と言ってあげよう
もう少し親しくなったら、
これを期にロシア語を勉強するのもいいかもしれない。
なんて妄想していたら
ロシアのお店は、ほどなく閉店してしまった。
彼女はウクライナに帰ってしまったのだろうか。
ウクライナのニュースが流れるたびに彼女のことを思い出します。
どうか、無事でいてください。




